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とある冒険者は海を渡った大陸で元職場の御曹司と再会した。




 祖国で政変が起こった。


 立太子直前の第一王子が、後ろ盾でもあった婚約者を公衆の面前で罵倒と共に一方的に婚約破棄を告げた、とか。

 異世界から召喚された聖女()様が王位継承権を持った男子全員骨抜きにしてしまった、とか。

 第一王子が実は第一王女だった、とか。

 辺境伯家の御令嬢が実は真聖女であり王家打倒を宣言した、とか。


 噂話には尾ひれがつくものだが、海一つ隔てた大陸に届く話ともなると冒険者ギルド経由でも相当ひどい内容に化けているようだ。

 

「いや、聖女って誰? 俺そんなのに騙されたことになってんの?」

「知りませんがな」


 祖国から遠く離れたアポロジア大陸中南部。

 迷宮都市ミノスが閉じた迷宮への入り口ならば、自分がいる街ブリストンは【真なる巨人の国】の門前町である。身長百メートルを越え、先史文明の遺産を使いこなす、高度な文明を誇る世界への扉がこの街にある。


 迷宮とは違う意味で浪漫の結晶といえる。ミノスで悠々と隠居生活を送っているであろうリーダー達を驚かせ焦らせようと準備を進めていたら、話題の中心人物に再会した。

 具体的に言うと、祖国の第一王子。

 脱走癖と暴走癖とブラコンとシスコンとロリコンを拗らせつつも貴公子の仮面で本性を隠し通していた当時美少年現美青年は、まるで他人事のように祖国の噂を聞いては笑い転げている。祖国で王侯貴族の小間使いをやらされていた頃は、こいつの尻拭いが仕事の三割を占めていたような気がする。


「魔法学舎出版部の貴族新聞によると、真実の愛に目覚めた殿下は公爵長女との婚約破棄を学院卒業式の場で一方的に通告し異世界聖女プリティー☆マリリンとの婚約を宣言したそうですが」


 冒険者ギルドに掲示されている壁新聞の記事を思い出しながら伝えると、ピンクブロンドの髪の貴公子は、驢馬に金玉噛まれたコボルド族の子供みたいな顔で固まった。


「え。俺、公爵家長女と婚約してたの?」

「当事者ァ!」


 冒険者ギルド前のオープンカフェは一般にも開放されている。

 というか嗅覚敏感な獣人の多いブリストンの街の場合、建物の中で飲み食いするのはヒューマンやドワーフが主である。酒の匂いまでは耐えられるが、香草や肉の焼ける匂いが充満すると我慢できないらしい。


「でもさ、公爵家の長女と婚約したら王位継がなきゃ拙いだろ」

「既定路線だったのでは。少なくとも統治者としての資質が疑われたことは無かったはずですが」


 そう。

 こうして目の前で翠葡萄酒の炭酸割をジョッキで飲んでいる男は、よほどのことが無ければ立太子確実と目されてきた。本人は「平和な時代であれば俺よりも異母弟の方が為政者としての素質がある。乱世に生まれなんだ俺に王者たる格はない」などと戯言を繰り返し、奇行乱行のふりして国内外の問題を幼いながらも次々と解決してきた傑物である。


「しかし、政変。俺、王家廃嫡でいいのなら今すぐ冒険者登録するんだけど。あと結婚」

「少しは大使館に確認とるくらいの愛国心持ちましょうよ殿下」

「やだよー。迷宮都市で発掘された先史文明の多脚重機を譲渡してもらうって建前で国を出られたのに」

「なんで別大陸来てるんですか」

「迷宮都市だとすぐに連れ戻されるからに決まってるだろ」


 これである。

 着用している暗灰色の革鎧は、迷宮都市特産の岳鯨革を用いた甲冑だろう。しかも甲冑の造りこみから見て、作成した工房は自分も知ってる実力確かな職人が所属している所だ。


「それに、迷宮都市ミノスは大騒ぎだった訳よ。竜族の姫君が襲撃しかけて『婿殿はどこじゃ』の一点張り。そこに自動人形っぽい女の子が『マスターをどこに隠しましたか、黙秘は許しません』って言いながら乱入して。これ幸いと俺は別大陸まで逃げて今に至る。イエーイ」

「イエーイじゃありませんがな」


 乾杯のポーズで第一王子がジョッキを掲げたら、周りの席にいた獣人達が同じように杯やグラスを掲げる。畜生このノリ。自分ではまだこんなフレンドリーな付き合いができないのに、第一王子はすんなりと。すんなりとっ!


「それでまあ、()()なら多脚重機は無理でも近い物が手に入るんじゃねって皮算用もあったのは認める。貴様と再会できたのは望外の喜びではあるがな」

「確かに『向こう』は先史文明の技術が数多く残っていましたからね。奇天烈な場所でしたよ」


 イエーイと再びジョッキを掲げる第一王子。乾杯の音頭も其処彼処で。

 大陸を渡ってきたのはしばらく前だが、幾つかの名所を巡ったらしく、この街に到着したのは一昨日だとか。

 祖国でもたびたび城下に脱走していたが、世界半周の長旅をこの人は予想外に楽しまれている。武器も防具も手入れは行き届いているが幾多の激戦を経てきたのか、その中で退けた死線も一つや二つではあるまい。


「殿下はそれを求められますか」

「廃嫡か政変かは知らぬがな。それを口実に国を出たのだから、果たすのはけじめというものよ」


 ああ、これはおおよその見当ついている顔で。

 すとん、と腑に落ちた。

 平和な時代であれば異母弟こそが王になるべきだと、それはもう口癖のように。正妃側妃の仲が特別悪くもない。そして兄弟仲は抜群で、第二王子殿下の資質を誰よりも高く評価されていたのが、この方なのだ。


「それにしても公爵家かあ」

「公爵家っすね」


 唸る第一王子。


「旅の同行者がな、公爵家から派遣された奴なんだわ。ほら、貴様と一緒に小間使いやってたアーデルハイト。地味眼鏡の」

「当時一緒に小間使いやってた地味眼鏡って何人かいますよ」

「隠れ巨乳の方」

「あー」


 言われて思い出し手を叩いていたら、第一王子がそれっぽい地味眼鏡で巨乳の侍女さんに後頭部を叩かれていた。果物や生野菜を買い込んだであろう頒布鞄での強打である。ついでに乳も揺れていた。


「誰が、地味眼鏡、ですか。殿下っ、それと、隠れ巨乳!でっ!私と認識されるのは、屈辱、で!ありますっ!」


 ばいんばいんぼよよんと揺らしながら第一王子が幸せそうに殴打されている。

 周りの獣人達も視線が上上下下左右左右とせわしなく動いて、パートナーらしき女性達に腰の入った一撃を喰らって突っ伏している。

 眼福、眼福。ついでにもげろ。


「昼間から酒など、土地柄と言えど殿下は羽目を外しすぎです。アルコールに強くないのですから、ほら、酔い覚ましにハーブティーを用意したので飲んでください」


 そう言って侍女さんが用意したグラスの中身を、第一王子は疑いもせず飲み干して――幸せそうに突っ伏した。一瞬で寝息まで立ててやがる。

 あまりの早業に自分だけじゃなくて周囲の野郎共も指一本動かせずにいる。


「……だから言ったじゃないですか、殿下。お酒に弱いの自覚してるのに、旧い御友人と再会できて羽目を外してしまったんですね」

「いや、今飲ませたの()()って」

「酔い潰れた殿下の看護はお任せください。それと多脚重機の手配をお願いしますね、トロイア騎士爵子息殿」

「イエスマム!」


 慣れた手つきで酔い潰れた第一王子を最寄りの連れ込み宿へと運んでいく侍女さん。

 公爵家から派遣された、幼い頃から第一王子の身の回りの世話をしていたアーデルハイト様。王子より少しばかり年上ではあるが、絶賛適齢期の女性である。王子王女の世話に追われていなければ社交界の華となり、周辺国も含めて貴公子たちが放っておかなかったであろう才女でもある。

 それがまあ、この王子の御世話という理由だけで、旅の同行者に? ないない。執事じゃなくて侍女を連れて行ったという時点で王室スキャンダルだよ。いや執事の場合でも別の意味で貴族女子は大騒ぎするだろうけど。

 これ王室や公爵家が事実上認めた関係だよね。

 祖国の政変云々は、それ関係か。第二王子らもときどき「兄上たちがクッソじれったいのでクーデター起こしてでもあの二人を密室に長期間閉じ込めたいです」なんて手紙を送ってきてたし。

 周囲の獣人達も侍女さんの慣れた手つきを全く疑ってない。

 嗅覚がヒューマンより遥かに優れている獣人達なら、あの二人の体臭が単純接触程度では成し得ないレベルで入り混じってる事に気付いているだろう。常習犯だろうね。週に何度か。いや日に何度か。

 侍女さんの腰のキレが王宮時代とは段違いだ。

 おそらくアーデルハイト様のアーデルハイト様がアーデルでハイトなんだろう、王子も王の息子が立った立ったオウジが勃ったで大変結構。祖国に帰る大義名分は自分が用意しておくので、旅の同行者が自然増加して両家説得が困難になる前に、第一王子を存分に分からせておいてくださいねアーデルハイト公爵令嬢殿下。





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[良い点] また幸せの青い薬盛られてる‥
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