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とある冒険者は迷宮攻略に参加した。




 ミノス大迷宮深層第九十七層。

 それが冒険者チーム「アルゴナウタイ(アルゴ船の乗組員)」の最深到達記録だ。探索チーム六名に対してバックアップとベースキャンプ要員四十五名で構成されたそれは、長期間の迷宮探査を行う上での手本となり、その探索手法は彼らが持ち帰った財宝や魔物素材よりも遥かに価値のあるものと冒険者ギルドが認めるほどだった。

 通常の迷宮探査は、持ち込める食糧の都合上どうしても往復で一週間程度が限界とされる。しかしアルゴナウタイは実に一年半もの期間、迷宮を探索し続けたのである。


「迷宮はまだ続いていたよ」


 生還した探索チームのリーダーは、その言葉と共に現役を退いた。当時の到達記録を実に三十五層も更新した上での生還であり、その偉業に異を唱える者はいなかった。


 自分はアルゴナウタイのベースキャンプ要員として活動した。

 迷宮探索に明確な資格はないが、登録して日の浅い若造を不安視するのは外野だけではない。それでも三十層を越える頃には文句を言われることもなくなっていたし、廃棄されていた前文明期のガラクタをかき集めて多脚重機を三輌ほど組み立てた頃には、外部の声も静かになっていた。

 

「そういうところやぞ、君」

亡父(チッチ)の得意技ですけぇ」


 貴族になる前、アマチュアの遺跡探索家だった父は先史文明の機械部品を発掘しては怪しげな重機を組み立てるのが得意だった。

 亡父(死んでない)が名誉貴族位を押し付けたのも、先史文明の部品のみで人造巨兵を組み立ててしまったからだ。そんな亡父(絶賛行方不明中)のとばっちりで七歳から十五歳までの貴重な時間を王侯貴族の子女子弟に振り回されてきた(なお数少ない休暇中には父親の遺跡探査に巻き込まれた)自分は、わざわざ立場を危うくするような真似などしない。


 組み立てた多脚重機は三輌。

 ひとつは冒険者ギルドに寄贈。

 ひとつは領主家に献上。

 残る一つは冒険者チーム「アルゴナウタイ」の共有資産として登録させていただいた。

 以上、結審。

 自分、無罪!

 発掘品とは別の意味で騒がしい事態となったが、笑顔と共に迷宮探索の特別チームは解散となった。難癖付けて迷宮の宝物を巻き上げようとした一部の貴族やギルド役員らは、多脚重機の寄贈献上によって物理的に口を封じさせて貰った。自分は悪くない。




 リーダー達は迷宮都市に居を構えるようだ。

 故郷に飾ろうにも掲げた錦が大きすぎて、地元貴族が戦々恐々としているらしい。祖国も多脚重機ひとつ納めれば土地付き永代爵位を授けようなんて怪文書が幾つも飛び込んでくるほどで。


「最後の博打に勝ちすぎた」

「九十七層とか正気の沙汰じゃないよね」

「まーな」


 他のメンバーも似たようなものだ。

 アルゴナウタイに所属したというだけで、たとえサポート要員でも迷宮五十階層以下から生還したということ。しかも詳細な地図と魔物分布記録付である。チーム解散式の宴会場はそのまま国家を巻き込んだ大スカウト合戦場に姿を変え、それを隠れ蓑に自分とリーダー達は離脱した。領主家としても引退表明済みの攻略チームよりも今後現役を続ける連中の方が有用と判断したのだろうし、それは間違っていない。


 だから彼らは深く考えなかったのかもしれない。

 リーダーが余力を残して帰還を選んだ理由。


「訪問先、最終確認すっぞ」

「あいあい。竜種の里、魔女の島、樹霊の街。ひとまず三か所」


 迷宮都市の外を目指しながら、自分らはいつものように歩く。リーダー達は少しオシャレな普段着で、自分は旅装束。収納技能を生かした運び屋業なのは冒険者ギルドでも知られている。登録二年未満で迷宮探索以外の仕事を知らない未熟者とも思われている。


「秘境、魔境に別天地かい。海向こうの大陸に渡る算段は」

「臨機応変に」


 実質ノープランである。

 竜種の里は、亡き父関係で一方的に恨みを買った相手(姫様)から逃れれば、ワンチャン無事に帰還できる。

 魔女の島は、豊穣神殿に出身者がいたので冒険者ギルド納品課主任の使用済みワイシャツで裏取引を済ませてある。

 樹霊の街は別大陸にある。先史文明の遺構が復活したという噂もあるので、油断はできない。


 蛋白石(オパール)に置換された仔竜の完全骨格。


 迷宮第九十七層で彼らを待っていたのは、骨も鱗も虹色の宝石と化した仔竜の姿。最初それを彫像と勘違いしたのも無理のない話で、現物を回収した自分もそれを芸術品と見做した。

 しかもこの蛋白石竜、生きている可能性がある。

 ヒトを襲わず、むしろ友好的であり、邪悪さはない。収納技能で隠すこともできるが、油断していると背嚢(ザック)の中身と入れ替わって外界(といっても迷宮中上層部だったが)見物に興じたりもする。

 この存在を知っているのはアタックチーム、つまり初期メンバーと運搬役である自分のみ。迷宮都市の冒険者ギルドや領主家はまだ信頼できるが、そこから情報が外に漏れれば動き出すのは国家どころの話ではない。


「多脚重機と宝物の幾つかで、可能な限り話題を引っ張っておく。その間に最寄りの一か所に逃げ込んでくれ」


 リーダーの言葉に頷く。

 出ていく自分も残るリーダー達も、危険度は変わらない。先史文明の部品で組み立てた多脚重機もまた普通ならば国家間を揺るがすような厄物である。気の早い木っ端役人などは蹴散らせたが、難物が動き出すのはこれからだろう。


「それでは、行ってきます」


 冒険者の道に誘ってくれた恩人達に別れを告げ、自分は姿を消した。冒険者ギルドでの昇格審査前に行動したので、自分の等級は新人より少しマシな程度である。

 雑魚も雑魚。

 とてもではないが単独では護衛任務も任せられない、という評価のまま。昇格審査が終わればどうなるかは不明だが、今の低評価のままの方が国境を怪しまれずに突破できると自分たちは考えた。



 アルゴナウタイの探索行は迷宮都市内外でも話題になっている。

 有望な人材の勧誘、彼らが持ち帰った宝物の取得、未知の魔物素材の購入。それから彼らが実際に迷宮探査で大活躍させてしまった、先史文明の重機。

 得られずとも見ただけでも価値がある。

 そう考えて迷宮都市を目指す中堅以上の冒険者や商人達が、入国審査のために列をなしている。逆に都市を出ていくのは、周辺農村からの依頼で動く若手の冒険者達。作物を荒らす害獣駆除は、迷宮都市周辺でも決してなくなることのない恒常的な依頼だ。

 はー、これこれ。

 駆けだし冒険者ってこういうもんですよ。

 出入り口付近の屋台で買った、無発酵の平たいパンに炙った腸詰と甘藍泡漬(ザワークラウト)を挟んだ軽食の半分を口に放り込む。残りはいつの間にか手元から消えていた。背嚢の奥でごそごそもぐもぐうまーと咀嚼音が聞こえているから、そういうことだろう。

 追って来る者はいない。

 アルゴナウタイの名前は知っていても、構成員で名と顔が知られているのは攻略チームばかり。たまにバックアップのメンバーの名前が、すれ違う冒険者達の口から聞こえてくる。彼らも実力を高く評価されていた、今回の長期にわたる探索行でそれは盤石なものになったに違いない。次代を代表する冒険者なのだ、彼らは。ギルドと領主家の奢りで宴会を始めているであろう元仲間達の栄達を確信しつつ、自分は街道を進む足に力を入れた。

 自分の冒険は、まさにこれからなのだから。





読んでくれてありがとうございます。

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[一言] 樹霊の街…何処かの薬剤師のいる街かしら?
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