スペードの一人息子
インデクス・スペードは、今を時めくスペード将軍の一人息子である。選択している科目は武系科目。得意の科目も武系科目である。均整の取れたしなやかさをもった長身で、将来が楽しみな武人とされている。
攻略対象の中では、スペードを最も好ましく思っていた。三次元推しのYUくんに似ているから。容姿がYUくんを彷彿とさせることではなく、アクティブで少し調子に乗りやすいところに同世代男子のリアルを感じやすい。
インデクスは街中で燃え盛る民家をとおりすがったときに、果敢に中の住人を救出した功で叙勲されている。これは、軍隊に入ったら他の者よりも出世競争で一歩先んじている事を意味している。高貴な家柄と溢れんばかりの才能と気さくな人柄、さらに骨身を惜しまぬ努力家の有望株だ。
私は彼とはエンカウント済みだった。彼はお目当ての攻略対象だけあって特別なイベントも複数こなしていた。親密度は高い。ある晩遅くにインデクスとばったり出くわした。インデクスは帯剣して武人としての正装をしていた。どこか遠くに行く旅支度もしている。
「こんばんは。こんな時間に何処へ行くの?」
インデクスはギョッとしていた。こんな深夜にバッタリと遭うとは思わないよね。
「お、お前こそ何でこんな時間に……」
「私は気になることがあって、調べものです。インデクス様はご実家にご用かと思いました」
インデクスの実家、スペード辺境伯領は北方の国境の要である。
「あんなつまらねぇ田舎には帰らねぇよ」
「男の子とは、そういうものなのですね」
「ああ。実家には口やかましい両親はいるが、俺には面倒を見なきゃいけない弟妹はいないんでね。学園で仲間とワイワイやっている方がずっと楽しい。両親が老いぼれるまでは好きにさせてもらっている」
「その割に、夜中に一人で出かけているのではなくて?」
「時々お忍びで街に抜け出すんだよ。偶にはジャンキーな飯が食いたい」
「酒場に正装していくの? それこそ従者の服を借りたほうが、お忍びとして相応しいでしょうに」
そういうと、インデクスは気まずそうな顔をした。
「聞くなよな、そんなこと。向こうにゃ好きな女がいるんだ。バシっとした格好をして、カッコいいところを見せたいだろ? じゃあな。俺は行くぜ」
寮の自室に戻ると、キティにお茶を入れてもらった。今日はカモミール。安眠のハーブティーだ。
「キティ、インデクス様の様子なんだか怪しくなかった? 最初に声をかけた時は大袈裟なくらいビックリしていたし、夜中に内緒に抜け出すというのに正装だった。最後に言いつくろっていたけど。態度と言っていることが、ちぐはぐな感じがする」
インデクスは、特に力を入れている攻略対象だ。自慢ではないが、私に淡い好意を持っていた。少なくとも、ゲームでは攻略対象として順調にフラグを立てていた自信がある。私はゲーム主人公としてなりきって、攻略キャラに好ましい性格に偽装している。ゲームの世界に転生してから、容姿にも恵まれている。インデクスの好きな女性とまでいかなくても、気になる女は私である自信がある。それだけのフラグを立てて来た。そんな私に「向こうにゃ好きな女がいるんだ」と言うだろうか。真実ではない可能性は高い。何のために? 嫉妬させるためではない。おそらく、そこにインデクスの秘密がある。
キティの返答は戸惑いがあった。
「言われてみれば、という感じです。お嬢様は、自意識過剰ではないでしょうか」
「インデクス様が嘘をついているとしたら、そこにメイフォロー殺人事件の謎を紐解く鍵があるのかもしれないわ」
キティは思い詰めている私を心配しているようだった。
「インデクス様も年頃の男の子ですわ。秘密の一つや二つありましょう。今は全てが疑わしく思えましょうけれども、そんなに気を張り詰めては身体がもちませんよ」
キティの助言とカモミール茶を飲んだにも関わらず、私の心はもやもやしていた。考えれば考えるほど、インデクスが何かを隠しているのではないかと様々な推測をしてしまう。心を安らげるというカモミールの成分もそんな夜には功を生さず、なかなか眠れない。寝返りを打ちながら名案を思いついた。
翌朝、名案をキティに話すと、渋い顔をされた。
「お嬢様、それを人はストーカーと呼ぶのです」
「失礼な。私は自分の無実を晴らそうとしているだけなのに。そんなこというなら、キティには対案があるというの?」
「残念ながら、私には何も思いつきません。幸いにも我が国にはストーカーを規制する法律はありませんので、お好きになされば宜しいかと。ただし、インデクス様に露見したら、お嬢様への好意は吹き飛んでしまうでしょうけど。今までインデクス様と育まれてきた暖かな関係も台無しです」
「友情よりも恋愛よりも、私にかけられた濡れ衣を晴らすことを優先するわ。私だけではなく、家族や貴方たち召使いの将来がかかっているのだから」
私の名案というのは、インデクスが抜け出すときに後を付ける、彼が学園から抜け出せば、学園の外でも尾行する。というシンプルな作戦だ。作戦通り、インデクスの動向を毎晩チェックしてみた。そして、抜け出すときに後を付けることにする。
「お嬢様、学則を今一度読んで下さいませ」
キティの言葉で学院の規則を復唱する。
一、学生の本文を忘れず、自己研鑽に励むこと
一、身分をわきまえ、節度を持って人と接すること
一、学園職員の指示に従うこと。職員の指示に納得できない場合は、学長に申し出ること
一、時間を順守し、規則正しい生活を送ること
門限より遅い時間の外出は、国家の要請と生徒の家長からの請求にのみ許可される
一、国法を順守すること
一、以上の学則を違反した者は、退学に処する
私は、四番目の学則で目を止めた。
「門限以降の外出が禁止されているわね」
「国家と家長の許可があれば、外出しても大丈夫みたいですが……。インデクス様は本当に抜け出たのでしょうか? 違反者は退学です。それではリスクが大きすぎます。この学校を卒業しないと、軍隊での要職には就けません」
「そうよね。インデクスは軍人を志望していたわ。規則違反で罰則の記録があれば、軍隊に入る時に差し支えるわよね」
キティは無言でうなずいた。
「きっとこっそり領を抜け出たというのからして、嘘ね。秘密を感じるわ。公にできない理由で外に出ているけど、その理由を知っている家族か学園かが許可を出している」
「私たちに許可はおりないので、尾行は諦めては?」
「諦めるなんて、ありえないわ。だってそこに秘密があるのだもの。こういう時に司法取引を利用すべきよ。治安官に連絡して、夜中に取り調べと言うことで呼び出してもらいましょう。たとえ退学になっても、死刑になるかかが掛かっている私には関係ないわ」
「お嬢様、それはフラグです。そういうこと言っていると本当に退学になってしまいますよ。
数日待つと、インデクスが網にかかった。インデクスの実家スペード辺境伯家の馬車が学園の脇に止めてあった。私はこの日のために、尾行で使う地味な馬車を用意しておいた。嫌がるキティを引き連れて、尾行を開始だ。
スペード辺境伯家の馬車は、夜の道をしずしずと進んでいった。彼の馬車は目立つ白塗りの馬車だったので、私たちの馬車はかなりの間隔を空けて追跡することが出来た。対して、私たちの馬車は黒塗りである。インデクスに気づかれるリスクは少ない。
インデクスは、スペード辺境伯の領地に着く前に停車した。そこは小さな女子修道院の前だった。私の読みは正しい。やはりインデクスは嘘をついていたのだ。彼は「酒場に行く」という話だったが。まさか、「好きな女」がこの修道院にいるというのだろうか。メイフォローを殺害しその罪を私に擦り付けた罪の意識から、懺悔でもするのだろう。一体どんな罪の告白をするのだろうか。後悔の涙を流していたりするのかもしれない。私は想像を逞しくして、インデックスが修道院の中に入るのを待った。
インデクスが修道院に入ったのを見届けたあと、尾行しているのが分からないように少し時間を空けて、私たちは音を立てないように修道院の中に入った。
「私たちが行っているのは、不法侵入ですかね?」と、キティは不安そうだ。
「修道院は三百六十五日、二十四時間ずっと信徒に開かれた場所よ。何か言われたら、祈りに来たと言いましょう」
「お嬢様は存外、嘘をつくのが得意だったのですね」
告解室の場所はすぐに分かった。でも、懺悔している人はいなかった。告解が終わったのだろうか? 彼の犯したであろう罪の大きさや重さを考えると、短時間で懺悔が終わるとは思えない。今日はこの修道院で宿泊でもするというのか? 女子修道院を男性のインデクスが宿にできるとは考え難い。
インデクスを探すために、私たちは修道院を歩いた。祈祷室や懺悔室や休憩室にはいない。迷子の振りをして入居者の房を捜した。念のため、キティにはぐったりとした演技をしてもらう。私は病人のキティを介抱して、休ませたいんですよという体だ。
「お嬢様がこんな非常識なことをするなんて、信じられません」とキティは嘆いていた。ごめんね、キティ。演技をさせて。私が偽物のお嬢様で。
誰かに見とがめられるのではないかとビクビクして彷徨っていると、ある一室で男の声がした。シスターの私室のようだ。女子修道院に男の職員はいない。その部屋にいる男性は、インデクスに違いない。思い切って、部屋をノックしてみる。
「あら、どなたかしら」
年端もいかぬ少女の声がした。ギーっという耳障りな音と共に、扉が開いた。目の前には可愛らしい女の子だ。私の予想は外れていたのだろうか。少女の奥には、見知った顔があった。
こっそりとキティが耳打ちした。
「確か、インデクス様には隠された妹様がいらっしゃったのです」
インデクスは私たちに気づいた。
「お前は! ヒマリ、なぜここに? 何の真似だ?」
インデクスは我が身を抱きしめるように、腕を組んだ。私のことをストーカー扱いしているのかもしれない。悲しいことに、その懸念は的外れではない。私が尾行される側だったら、気持ち悪く感じるだろう。殺人と無関係であれば、だが。
私は事のあらましを述べた。自分が殺人事件の実行犯に仕立てられ、完全には容疑が晴れていないこと。真犯人を探さなければ、家族と自分自身の将来がない事。
「私の命や家族の将来がかかっているのです。協力して下さい」
「お前が釈放されたのは、そういうわけだったのか。もちろん助けたいが、俺は本当に何も知らないんだ」
「でも、あなたは真実を隠していました。街に行くと言っていましたが、実際に来たのは人里離れたこの修道院です。貴方の抱えている秘密にメイフォロー様殺人事件解決の糸口があるのではと…… 」
「詳しい事情は言えないけど、本当に俺は関係ないんだ。隠していたのは、事件とは全く」
その時、部屋の主である少女が口を開いた。「お兄様?」とインデクスに向かって「お兄様」と呼びかけた。でも、尾行する前にインデクスとの話では、「実家には口やかましい両親はいるが、俺には面倒を見なきゃいけない弟妹はいないんでね。学園で仲間とワイワイやっている方がずっと楽しい」と言っていた。インデクスの話に矛盾がある。
「説明させてくれ」
インデクスの話は次のようなものだった。