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ダイアモンドの王子

 シャフル王子とはエンカウントしていた。その時のことを思い出す。乙女ゲームでよくあることだが、悪役令嬢メイフォロー・ハンドに言いがかりをつけられたときのこと。


 貴族階級の爵位では、公爵、侯爵、伯爵、子爵、男爵という順で身分が高い。このように貴族階級において、男爵は身分が決して高い方ではない。けれども、それは爵位を持つ貴族と言う範囲に限ってのことだ。貴族階級でも下に騎士爵と呼ばれる人々がいる。平民階級からは「ご領主様」、「お貴族様」と敬われる上流階級だ。男爵といえども、セレブとして領内や街中ではちやほやされる。


 ところが、学園では爵位持ちしか入学できない。男爵が一気に最下層になる。学園には平民はおろか騎士爵にはいない。その結果として、男爵の令息令嬢は上位貴族に良いように利用される。故に、学園は私達のような下位貴族には居心地が悪い。上位貴族に恭順を示せないような下位貴族の子女を、親は学園に通わせない。学園に通った方が縁談や出世には良いのだけれども、学園で失敗したらその子の一生が終わるばかりではなく、その子の属する家紋に傷がつく。

 その結果として、学園には男爵令嬢は少ない。特別な庇護者がいる例外を除くと、入学式から下位貴族は同じ身分どうしで固まって目立たないように行動する。

 出る杭は打たれることを承知して、ゲームの中で私も慎ましやかに生活していたのに、ある事件が起こってしまった。


 その事件とは、ゲームシナリオの強制イベントだ。避けようもなかった。クラスでお茶の時間に中庭にいたときだ。耳障りなブーンという羽音で振り返ると、蜂がいた。私の目の前にぶんぶんと飛び回る蜂を追い払ったら、その蜂はあろうことかメイフォローの鼻の上にとまった。しかも、メイフォローの顔の真ん中に針をさして逃げていった。


 メイフォローは怒りと恥辱をどこに向けようか迷っていたが、私を目にとめると一直線にやって来た。そして肩に熱を感じた。熱いお茶をぶちまけられたのだ。


「あんたのせいで、楽しいお茶会が台無しよ」


 この椿事にクラス中がシーンとした。教師も公爵令嬢のメイフォローには何も言うことが出来ない。こういう時に下位貴族にできることは一つだけだ。それは、頭を垂れ謝ること。ゲームでは他の選択肢もコンソールに表示されるが、選択するとバッドエンドになってしまう。

「申し訳ございません。私の気が回らなかったばかりに、メイフォロー様にご不快な思いをさせてしまいました」


 こうしてメイフォローの荒れ狂う怒りの暴風雨が過ぎるのを待つ。なかなか怒りはひかなかった。私は延々と続く罵声を受け止めた。


 そこに王子シャフル・ダイアモンドが止めに入った。


「もうやめないか。彼女も反省している」


 それでも、メイフォローの怒りは解れない。むしろ、怒りの炎に油を注いでしまった。


「シャフル様、この生意気な女に罰を。婚約者たる私のために」


 シャフルはうんざりしたようにメイフォローを見た。


「もう十分だ。いい加減にしなさい、メイフォロー。ワイルドカード男爵令嬢のヒマリだったな、君は。お茶をかけられたところが火傷になっているかもしれない。治療するついでに、服を着替えてきなさい」


「シャフル様、私よりこの女の肩を持つというのですか?」


 私は退出してメイフォローとシャフルの会話の続きは聞けなかった。


 が、確かなことが二つある。一つはシャフルとの間にささやかな縁ができた。この縁はゲームで言うところの「フラグ」である。


 そして、もう一つは望ましくないことに、メイフォローに目を付けられたのだ。事あるごとにメイフォローから言いがかりをつけられたり、嫌がらせをされたりした。物品を隠されたり壊されたりするなんて序の口。犬をけしかけられたり、暴漢に実家を襲撃させ、盗んだり壊したりさせた。こうしたメイフォローの悪巧みはシャフルに隠れて行うが、メイフォローは詰めが甘い。私は正しい選択をして切り抜けることが出来た。全ての陰謀はシャフルの知るところになり、危ういところでシャフルは止めに入った。その度にシャフルはメイフォローにうんざりして、その反動から私への好感度が上がってしまう。


 気が付けば、シャフルは私にご執心だった。乙女ゲームの世界だと、エンディングに一直線だ。


 ここまでの経緯を紐解けば、シャフルがメイフォローを殺す動機はある。動機は婚約者のメイフォローが邪魔だったからだ。目障りな婚約者を消せば、私に大っぴらに接近することが出来る。同年代の男の子がこんな冷酷な計画を実行できるのかは疑問だが。


 私はシャフルに近づき、彼がメイフォロー殺害に関わっているか探りを入れてみた。


「婚約者のメイフォロー様がお亡くなりになって、お悔やみを申し上げます」


 シャフルの顔を伺ってみたが、そこには何の表情もなかった。敢えて言えば、老成したような、少し疲れたような表情だろうか。


「お悔やみ痛み入る」


 彼の態度は固かった。私に対しては、いつも砕けた態度になり、普段の鉄面皮も緩むのに。


「シャフル王子は、メイフォロー様から差し入れをされていらっしゃいましたね。そうしたお品は、ハンド公爵に返却なさるのですか」


「どうしてそんなこと聞くのだ」


「私も偶然メイフォロー様のハンカチを持っているのです。汚れていたのを拾って洗濯したのですが、どうしてよいか分からなくて」


「好きにすればよい。ハンド公爵にしてみれば、ハンカチを一枚返してもらったとしても、特に何も思うまい」


 その後もシャフルと雑談を続けた。シャフルは婚約者が死んだにしては淡々とし過ぎていた。この違和感は、メイフォロー殺害と関わっているのだろうか。 


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