司法取引
尋問用の応接室に私は座らされた。日本のテレビで見たようなパイプ椅子に簡易的な机だけという無機質な会議室ではない。私が男爵令嬢という貴族階級の末端にいるせいか、清潔で居心地の良い部屋につれられた。部屋には花が生けられ、壁には静物画が飾られている。部屋の中央にあるふかふかのソファーに座ることを許された。
待っていると、私をこの拘置所に連行した男が目の前に現れた。たしか、エース・リボークという名前だった。
「私が今回の事件を担当します」
リボーク家は有名な野心家だ。少し前までは、騎士爵といわれる最下層の貴族だった。今は私と同じ男爵家である。戦争で成り上がり、賄賂も辞さないという悪評がある。彼自身が次期男爵や男爵と名乗っていないことからすると、次男か三男なのだ。官僚は爵位の継げない貴族の子弟がなるものだから。
「あなたは検事ですの? 警察ですの?」
「私は治安官です。警察とは何か分からりませんが、街の治安を守る衛兵の管理も私の仕事です。君を拘束したのも街の治安を維持する仕事だったからです。裁判の検事は別の部署の者が担当します。私は君を監督し、裁判がつつがなく終わるように見届けます」
治安官は看守みたいな役割だろうか。衛兵の管理と言うからには、警察みたいな仕事も兼務しているのだろう。現に私をここまで連行したのはリボークだ。
リボークは早口で事のあらましをまとめた。
「君はハンド公爵家令嬢を撲殺した事件の、最重要参考人と言うことになっています。とはいえ、実質は殺人犯の容疑者と等しいということを認識してください」
ん? 殺人犯? 傷害ではなく?
「メイフォロー様は亡くなったのでしょうか」
「その通りです」
メイフォローが倒れている時にきちんとした処置ができたら、彼女の命を助けることが可能だったのかもしれない。残念だった。保健体育で救命蘇生の実習をした時は、実際に使うことになるとは思いもしなかった。不真面目に授業を受けたわけではないが、今この状況に陥ると真剣さが足りなかったと反省せざるを得ない。
「君はメイフォロー嬢の死体に馬乗りになっていましたね」
「馬乗りではないでしょう? 横にこうしていましたわ」
「私には馬乗りに見えましたが……」
「記憶違いですわ。私はメイフォロー様を蘇生しようとして、こうして横にいましたもの。そのときに、絵を描きましょうか」
実際に私は蘇生の方法を、身振りを交えて言うと、リボークは手を挙げて遮った。
「目撃者から証言を取って確認しましょう。メイフォロー嬢を撲殺したと思しき鈍器にはくっきりと君の指型と一致する血痕がありました。最重要参考人と言ってはいるが、君は容疑者です。裁判には被告として出廷してもらうことになります」
「待って下さい。私は真犯人ではありませんの、信じて下さい。お願いしますわ」
「何ら証拠もなしに、容疑者を信じられる治安官も検事もいません」
「リボーク様も男爵家なら、魔術を学園で習ったでしょう。教科書には魅了魔法について書いてありますわ。魅了の魔法をかけられた者は発光すると。逮捕されたときに、私は光っていたのをリボーク様はご覧になったのではなくて? 目撃者もたくさんいたのでご確認ください。私は嵌められたのですわ」
「貴族の犯罪者の中には、自分で自分に魔法をかけて、魅了魔法を掛かったふりをする者もいます。だから、君の言うことは、証拠がない限り通りません」
「いま思い出しましたが、年明けのころに我が家では泥棒に入られました。その中に、私の部屋にあった臍の緒も盗まれました。我が家で探偵を雇い、調査資料を提出しましたが、そちらからの返信は『受領した』以外ありません。この時に出した資料は十分な証拠ですよね」
「泥棒に入られたかのように装い、犯罪に使う者もいます。それだけの情報では、あなたの潔白を晴らすにはいささか足りません」
「資料をご覧になってくださいませ。その犯罪を行ったのは、メイフォロー様のご実家ハンド公爵家であることを証明していますわ」
リボークは中座してファイルをもって、戻って来た。
「確かにそうですね。誰ですか、この資料を受領したのは?」
リボークのひきつった顔の口元を見ると「私が処理したのですか」というような動きをしていた。
「だとしても、君が犯人だという方が話が早いのですよ。これから捜査するとなると、大変です」
「こちらにとっては冤罪で処罰されるなど堪ったものではございせんわ。裁判で全てを明らかにしたら、貴方の失点になるのではなくて? よく調べもせずに、見切りで事件をしたということで。真犯人を挙げた方が、貴方の出世にはプラスでしょうに」
「何が言いたいのですか」
「私を保釈してください。その代わり、貴方の捜査には協力しましょう。学生でしか出来ない調査もあるでしょうから。損はさせませんわ」
損をさせない自信なんてない。だけど、最大限努力するからという念を込めて、眼に力を込めた。
「考えさせてください。その前に、と。世の中には保釈金というものがあるのを、世間知らずの令嬢はご存じでしょうか」
ここで氷のように無表情だったリボークの表情が崩れた。カビが生えそうな湿度を感じさせる嫌らしい笑いをした。これは賄賂を要求しているのだ。
「父に話をさせて下さいませ。仲介料も色を付けますわ」
リボークは目を細めて口角をあげた。
「ヒマリ嬢、なかなか分かっているではないですか」
人生で初めて、ブックマークされました。有難うございます。励みになりました。