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私は殺人犯?

 旅行ガイドブックで見るヨーロッパの庭園のような、美麗な庭園が見える。黄色や白の淡い色合いを持つ薔薇の花が整然と植えられていて、刈り込まれた木々が緑の造形をなしている。その光景と対照的に、真っ赤で悲惨で不都合な現実が目の前ある。


 頭や顔から血を流した金髪の誰かが倒れていた。姿形からすると、自分と同じくらいの年の女の子だろう。


 私の手はなぜか淡く光り、この場に不釣り合いな血塗られたトンカチが握られていた。先ほどまで私が握りしめていたのは古い雑誌で、潰していたのはゴキだったのにおかしい。自宅ではなく、外国の庭園のような場所にいるのも解せない。


 目の前の被害者、手にした工具からすると、目の前の女の子を害したのは私であるかのような状況だ。私がやったのではないから! 私が潰したのはゴキだから! 何が何やら分からない。分からないながらも、緊急事態にすることは分かる。助けを呼ぶのだ。


「人が倒れている! 誰か助けて!」


 誰もいない。それなら、私が倒れている人の応急処置をすべきだろう。


 まずは止血だろうか? 足元に落ちているハンカチを拾って、女の子の顔をぬぐった。赤い血が目鼻立ちを覆っていて、女の子が知っている顔なのかも分からない。彼女は豪華なドレスを着ていて、まるで結婚式場にいる招待客みたいだ。服の生地はおそらくシルク。化繊にはない滑らかな肌触りがする。イベントか何かでこんな格好をしているのかもしれない。普段着ならともかく、服装からもこの子が誰か分からない。倒れている女の子の正体が分かれば、私にも少しは状況が分かる可能性もある。


 落ちていたハンカチは緻密な刺繡がされていた。女神のように神々しい女性の裸体と、持ち主のイニシャルであろうMHという飾り文字。私自身が手芸部で刺繍が好きだから分かることがある。それは、この刺繍は恐ろしく手が込んでいるということだ。数十種類の糸を使い影と光が鮮烈に表現され、ハンカチの縁も丁寧にステッチされていた。だが、刺繍に違和感があった。ああ、そうか私が刺繍するなら右からステッチするのだけど、この人は逆からステッチをしているのだ。ハンカチで血をぬぐうと、当然ながらハンカチが赤く染まった。


 ハンカチで軽く拭いただけで、女の子の顔が露わになった。血は止まっているみたいだ。その顔は見たことがあった。同じ高校だったり同じバイトだったりと言うような、リアルの知り合いではない。日本のテレビの中にいた有名人でもない。生粋の日本人にはない深い彫りのある顔立ちに、特徴的な縦ロールとくるんとした長いまつげは恐らく……。小中が貸してくれたゲーム『フラッシュ!』での登場人物、メイフォロー・ハンドだった。


 メイフォロー・ハンドは、ゲームの中でのライバル役だった。いわゆる悪役令嬢という役回りだ。漫画で悪役令嬢が出てくることは多いが、ゲームでは悪役令嬢は滅多にない存在らしい(ソースは小中)。公爵令嬢という高い地位と攻撃的な性格で、主人公を邪魔する役目を担う。主人公にゴミをかけたり犬をけしかけたりと、えげつない虐めをしていた。取り巻きを使った陰湿な嫌がらせも多々あった。ゴロツキを雇って主人公の実家で強盗を働いたことさえあった。盗られたものは、居間や客間に会った金目のものと、私の部屋からなぜか臍の緒。警察に当たる治安官に被害届を出したが、公爵家はお咎めがなかった。


 そんな陰湿なメイフォローは、ゲームの攻略に無くてはならないキャラだ。彼女が起こす騒動がきっかけで主人公は攻略キャラに出会い、関係を育むことに繋がるのだ。主人公の危機を救う攻略キャラに小中はキュンとするらしい。


 こういう攻略に関係するイベントはフラグと言われ、必要なフラグが立っていないとキャラの攻略は出来ない。どんなに仲良くなっても必要なフラグが足りなければ、エンディングで告白されないのだ。因みに、ゲームで誰も攻略できないでエンディングを迎えるのは、バッドエンドと言われる。その場合の多くは、主人公はメイフォローによって追放されたり、殺されたりするとのことだ。


 その悪役令嬢メイフォローが私の目の前で頭から血を流しているのだ。私は狼狽していたが、何とか声を発することが出来た。


「メイフォロー? あなたはメイフォロー・ハンドなの?」


 返事はない。そもそも彼女に意識はない。彼女の口元に手を当ててみたところ、呼吸は止まっている。胸に耳を当ててみたが、心臓が動いていないかもしれない。鼓動を感じなかった。すぐにでも心臓マッサージと人工呼吸をすべきだろう。体育でやっただけだから、自信はない。でも、他に人がいなければ私がやるしかない。メイフォローの口を開けて気道を見ると、喉に血がたまったりしている様子はない。


 私はメイフォローに心臓マッサージを試みようとしている、まさにその時に人が複数やって来た。結婚式にお呼ばれされたようなドレスの女の子が私を指さした。


「あれは、ワイルドカード男爵令嬢のヒマリじゃない? 倒れているのは公爵令嬢のメイフォロー様でなくて?」


 セミフォーマルの格好をした男の子たちも私を見て、眉をひそめた。


「授業中に光ったと思って来てみれば、何てことだ!?」

「あれって授業で習った禁術の魔法光だと思ったんだが……」


 私は群衆に呼び掛けた。


「誰か、彼女に救命蘇生を! 貴方たちの中で彼女を助けられる人はいる? いたら教えて」


 しかしながら、応じてくれるものはいなかった。


 ゲームの中で見知った顔もいれば、知らない顔もいた。声をはり上げる私を見て、一様に怯えていた。メイフォローを殴り倒した危険な犯罪者だと思っているのだ。最初は学生だけだったが、やがて明らかな大人――制服を着た厳めしい男達がやって来た。


「ワイルドカード男爵令嬢のヒマリだな? 事情を聴きたいから来てくれ」


 それはゲームの主人公の名前だよね? 私が主人公になってしまったということだろうか。


「貴方はどこのどなたですか?」


 男たちの中で最もえらそうな男が前に出た。


「治安官のエース・リボークだ。君を傷害事件の重要参考人として署まで連行する」




 私は鍵のかかった部屋に幽閉された。鉄格子に囲われた不衛生な牢獄ではない。下級貴族用の居心地の良い部屋である。とはいえ、鍵がかかっていて外に出られず、窓もない。聴取などされず、何時間もこの部屋で一人放置されている状態だ。孤独でいる間に、私の頭は冷えた。そして、ゲームの知識や主人公の経験や知識、お嬢様言葉から魔法の使い方までが私の頭に入っていた。その状態は、スマホのアプリがダウンロードされたかのようだった。


 それで分かったことは、私はゲームの主人公であるワイルドカード男爵家の令嬢ヒマリになっていたのだ。男爵家は爵位のある貴族階級で言えば、一番の下っ端である。学校での立場は強くはない。だからこそ、ゲームでは玉の輿に乗るようなエンディングが用意されている。一番の上流階級が王家と公爵家。それから、侯爵、伯爵までが上位貴族である。子爵と男爵は下位貴族。ここまでの子弟が、私がいる学院に入れる。貴族としての最下層の騎士爵や、貴族階級ではない平民階級は学院には入れない。


 時間が経って、治安官から所持品検査が済んだ私物も返却された。


「取り調べまで時間がもう少し必要です。学生なのだから学業に精を出しては?」とのことだ。リボークは自著『リボーク・ベクトル論』を貸与してくれた。数学の著作らしい。


 返却された物の中には、学校で使う教科書やメイフォロー嬢の顔を拭ったハンカチもあった。こんな証拠を返してもらうことに違和感を覚える。だけど、刺繍を見てみたいという好奇心を抑えられず、血のりを洗って落とした。このハンカチは、おそらくメイフォローが落としたものだ。メイフォローの実家であるハンド公爵家の意匠と、MHというイニシャルがある。


 高価な書籍が取られないで良かった。男爵家は庶民と比べると裕福ではあるが、一冊に付き庶民の家が建つほどの金額の書籍を、気軽に買いなおせるほどの余裕はない。返却された教科書の中に『応用魔導書』というのがあって、パラパラとめくってみる。その中に、禁断の魔法という章があった。


「他人の心や身体を操る魔法は禁術である。国家によって固く禁止され、使用者は身分や状況の例外なく死刑に処せられる。臍の緒や血液を魔法媒体として秘伝の魔法をかけると、魅了の術が成立する。魔術が成立するときは、術をかけられた者が発光する。この光を魔法光と呼ぶ。結婚の儀式でお互いの臍の緒を交換するのは、『あなたに全てを捧げる』『あなたになら操られても良い』という信頼の証を起源としている」


 私がこの世界で意識を持った時、私自身が光っていて眩しかった。私自身が操られていたと考えるのが自然だ。私は誰かに嵌められたのだ。


 ゲームをプレイした所感からすると、メイフォローの存在は攻略に邪魔ではない。彼女を殺すメリットはゲームの主人公にはないのだ。メイフォローは、攻略対象と仲良くなるような数々のイベントを提供する。彼女が起こすイベントはフラグの温床なのである。


 私を嵌めたのは誰だろう? 禁術を使ったとすれば、真犯人は魔法が使えるということは明らかだ。『応用魔導書』を見ると、この世界では貴族しか魔法を使えない、ということになっている。実際は平民でも魔法を使える人は少ないながらいる。例えば、貴族の落胤だったり没落貴族崩れだったりすれば、可能性がある。貴族の母数が少ないから、希少らしいけど。


 真犯人は、私とメイフォローに関わる人間である可能性が高い。私とメイフォローの接点は、お互いに学園の生徒だという事実だけではない。異性のキャラを“落とす”のにお互いが傷害であるということだ。私とメイフォローを繋ぐ線の上にいるのは、ターゲットの攻略キャラ達だ。


 彼らを整理してみよう。


 まず、メインルートの攻略対象は、シャフル・ダイアモンドだ。メイフォローの婚約者でもあり、エンカウントから一貫して主人公(すなわち、今の私)に好意を抱いていた。ゲーム内では、メイフォローにはうんざりという顔をしていた。動機は、その辺にあるのではないだろうか。


 次の攻略対象は、インデクス・スペード。ゲームでは攻略中のキャラで、まだルート攻略は完了していなかった。将軍の息子で実家は辺境伯。運動系のパラメータを上げると、エンカウントする。


 第三の攻略対象は、ミゼール・ハート。侯爵家令息。たしか、メイフォローの幼馴染。私には攻略目標にしたことすらなく、彼について多くは知らない。宰相の息子で、芸術か学業のパラメータを上げるとエンカウントする。


 最後の攻略対象は、シングルトン・クローバー。隠しキャラだそうだ。ゲームではエンカウントすらしたことがなかった。イベントで街を歩くとエンカウントすると、攻略サイトで見たことがある。


 この四人のうち、誰かが犯人なのだろうか?


++++++

 王都新聞 号外

 ○日午後に、ハンド公爵家メイフォロー嬢が殺害されるという事件が発生しました。王都学園の同級生であるワイルドカード男爵家令嬢ヒマリ嬢に手持ちの工具で撲殺された模様です。

目撃者の証言によりますと、メイフォロー嬢の頭部は完全に陥没しており、血まみれになっていたということです。

 治安官は現在、鑑識含め犯人の聞き込みを行っています。

 また、詳しい情報が入りましたら随時報道いたします。

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