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乙女ゲーム

 ホームルームの時間に「二次元の推しと三次元の推しの、どちらが魅力的か」という命題について、クラスメイトの小中(こなか)あおいと話していた。小中(こなか)は普段はボソボソと喋る癖に、議論がエスカレートしてくると唾が飛んできそうな勢いで主張する。


「二次元の推しはね、何が良いかっていうとね、まずはビジュアルだよ」


 聞き捨てならない小中のセリフに、私は三次元の世界を代表して反論する。


「三次元だって、ビジュアルでは負けていないって。むしろ勝っているから」


「いいや、現実である以上は絶対にリアルには限界がある。だけど、二次元にはそんな限界が存在しない。シミ一つない肌、数学的に計算されつくされた、美しい均整の取れた身体と顔の造形……。更に素晴らしいことに、加齢による劣化がない。しかもアニメ化されたら、もっとすごいよ。姿かたちや作風に合わせて、最適な声優を選ぶことが出来るんだから」


 小中がこんなに長々と喋るところを初めて見た。トークで二次元の推奨者(いわゆる陰キャ、ごめん小中)に負けるわけにはいかないのだ。私も小中のように熱弁をふるった。


「アイドルでも俳優でも、一緒に年を取るのが良いじゃないの? レギュラーで出ている番組以外でも、出てきて近況が聞けるし。YUくん(私の推し)の妹もテレビにデビューしたというニュースで、私はほっこりしたよ」


 そこに坂善(さかぜん)りんが口を挟んできた。彼女はクラス一の秀才であるばかりか、モデルのような体形でビジュアルだけは人気を博している。普段は無口でミステリアスな雰囲気で近寄りたいが――。


「一次元こそが最強ですよ。人類誕生以来、いいや宇宙でビッグバンが始まる前に美しい心理を刻んでいるのです。数字の美しい羅列以上に、我々の心を打つものはありましょうか? いいえ、そんなものはありません」


 坂善りんのミステリアスの度合がマックスの時は、常人には理解不能な言動をとる。それでスルーされることは多い。私は小中をちらっと見ると、やつは首を振った。意味が分からないらしい。その点だけは小中に同意して、坂善りんを見ないで議論を続けた。


「ねぇ、青山さんはさあ。推しに彼女が出来た、結婚できた、不倫した……。そんなニュースでもほっこりできるの? 推しの相手が気に食わない女でも我慢できるの? 私には無理だな」


 青山というのは私の苗字だ。私のことを下の名前のひまりと呼ばない女子のクラスメイトは少数派である。


「痛いところをつくなぁ。私が推しているYU君はスキャンダルなんて起こさないよ。スキャンダルを含めて、山あり谷ありのイベントがあってこそ人生じゃない? そこにリアルを感じて、親しみが出るんじゃない? 何でもありえる世界だからこそ、同じ時代で生きている奇跡をかみしめられる。彼らは今現在も同じ日本のどこかにいるんだよ。六本木や表参道で遭うかもしれない。少なくとも、見ていたドラマが終わっても、バラエティや別のドラマで再会できる。でも、二次元はそんなことない。アニメが終わったら、そのキャラは再放送されない限り存在しない」


「青山さん、話が長っ。三次元推しとは思えない」


 坂善が謎言語を至近距離でつぶやく。


「目を閉じれば……、目を開けていても、そこかしこに一次元はあります。美しい数列に神を感じませんか? どんなに複雑な式も、右辺と左辺の間のイコールが橋渡ししています。なんて愛に満ち溢れていることでしょう」


 坂善の独白(もしかして私たちに言っているのかな)を無視して小中は私に向き合った。


「私は推しのスキャンダルなんて聞きたくないんだけどな」


「じゃあ、二次創作とかではそういう話はないの? コミケとかで売っている同人誌はどうなのよ? 設定と違う人と付き合ったりするでしょう?」


 小中は拗ねたように呟いた。

「二次創作は偽物だもん。三次元で言うところのフェイクニュースだもん」

 私たちの論争の間も、坂善の一次元愛がBGMのように流れる。

「一次元は結婚も不倫もしません。0と1だけでこの世の全てを表現することが出来るのです。不可逆なこの世界で真善美を刻む唯一の指標なのです」


 小中も坂善も私の友達ではない。たまたま席が近くて同じ班になったというだけの、クラスメイトだ。小中はボサついたショートカットに分厚い眼鏡をかけ、野暮ったい丈のスカートを履いている。言っちゃ悪いがクラスで一番の陰キャ、ひと昔前のオタクという感じのイケていない女子高生だった。文化祭の出し物について話し合っているうちに、先ほどの二次元 vs. 三次元と言う話でヒートアップした。私たちの話は平行線になったので、お互い推しの作品を交換して検証することにした。


 私はドラマのDVDボックスをシーズン3まで小中に貸した。お返しに、小中は『フラッシュ!』という ゲームソフトを私に押し付けた。パッケージには数年前のアイドルグループの男の子たちのような美形が整列している。このゲームを小中は自分で使用する目的のほかに、布教用と保存用まで所有していた。私だけではなく坂善のぶんまで用意していたのだった。

 そして、気持ち悪い笑みを浮かべて布教用のソフトを私に差し出した。

「王子の魅力を堪能してね」




 時は移り終業式、クリスマスになった。珍しく小中(こなか)が話しかけてきた。

 小中は空気のようなクラスメイトだ。クラスのどこかにいるのだが、意識しなければ存在を忘れてしまう。空気の中では窒素や二酸化炭素であって、酸素のような不可欠な位置にはいない。小中は誰かと話すこともなく、自分からアクションを起こさない。小中が自分自身をどう思っているかは私には分からない。小中が友達といるところを見ることもなければ、楽しそうにしているところを見たことがない。私が知っている小中は、自分の席で薄い本を読んでいる小中だけだ。


 そんな小中がわざわざ終業式に私の席にやって来るなんて、何事だろう。「一緒にマック行こう」なんて気軽な用件ではないだろう。

 小中が分からないことを言った。


「まあまあだったかな。チャラチャラしていて食わず嫌いで苦手だったけど、意外と面白いところもあったよ」


 はて、何のこと? 小首をかしげていると小中は気難しそうに眉根を寄せて「青山さんってば、忘れていたでしょ?」と紙袋を差し出した。この紙袋は欧米から輸入した化粧品やファッション用品が売っている、女子御用達のお店だ。


「小中もこういう店に行くんだね。興味ないと思っていたよ」


 小中は酸欠の金魚みたいに口をパクパクさせていた。何か言いたいらしい。友達がいないだけあって、喋り慣れていないみたいだ。


「そういう話ではなくて……。もう、すっかり忘れているんでしょう。これは青山さんが貸してくれたDⅤDだよ。約束でしょ、お互いの推しの作品を見てきちんと判断するって。この様子だと私が貸したゲームをやっていないんじゃない?」

「そんな話した? ごめんごめん。忘れていた。これから貸してくれたゲームするから許して」


 私は手を合わせて頭を下げた。謝る時は少し大げさくらいがちょうどよい。小中とは気軽な間柄ではないのだ。またもや、坂善りんが割り込んできた。

「青山君、ダメじゃないですか。宿題は、きちんとやるのですよ」


 学年で一番の秀才の坂善りんが、テスト前にゲームをしたのだろうか。まさかと思いながら、聞いてみた。

「りんはゲームをクリアしたの?」

「はい、三ルート全てクリアしましたよ。アルゴリズムが新鮮で有意義でした」


 うっ……。ゲームをクリアしても坂善りんは中間テスト学年一位なのか。それだけではなく、坂善はコンピュータソフトの会社で偶にテスターとしてバイトもしているらしい。


「りん、中間試験があったのに、三ルートもクリアしたの!? いつ勉強しているのよ」

 ここで、小中が割り込んできた。ゲームに関することなら、コミュ障が改善されるらしい。 


「坂善さん、間違っている。ルートは四つだよ。正式ルートは三つだけど、隠しルートが一つあるんだ。全ルートを攻略してからゲームを返してね」


 ゲームを貸してくれた小中あおいはゲーム全クリ済みか。


「小中は、全ルートの攻略したの?」

「もちろんだよ。青山さんは、王子からクリアしてね。きゅんとするから」


 冬休みはバイトが多かったものの、約束を無視できず小中が押し付けたゲームをして過ごした。

 ゲームはいわゆる乙女ゲームと言われるジャンルだった。ゲームの主人公が複数のイケメンと仲良くなって告白させる事が目的だ。小中が「王子」と言っていたのは、攻略キャラのことらしい。

 ゲームの世界はヨーロッパ中世()の特徴を備えている。石造りの街に階級化された社会の人々が生活している。だが、中世ヨーロッパそのものではなく、ファンタジーとして親しみやすい剣と魔法の世界――男女共学の学園なんてものがあり、登場するキャラは全て同じ「学園」の生徒で、その「学園」に通っている。主人公は男爵のご令嬢。ゲームで落とす攻略対象のイケメンは、小中が推すのは王子様。他の攻略対象のキャラは全て宰相や将軍と言った要人の子弟だ。




 最初にするのはキャラクターデザインという作業だ。主人公の名前を付け、容姿や誕生日を設定する。私の名前のままに、ヒマリにした。冬休みの初日を使って、最初の攻略対象の王子を落とした。王子は線の細いキザったらしい俺様系だった。傲慢に振る舞うなら、もっと筋肉をつけろ。小中はこんなキャラのどこにきゅんとしたんだろうか。次の攻略対象を将軍の息子に狙いを定める。すかした王子より、こういうワイルドな男子の方が好みだ。筋肉も程よくついている。


 小中がメモしてくれた攻略情報を見ながらゲームを進めていると、いつも見ていた歌番組が始まる時間になった。セーブしてゲームの電源を切ろうとしたところで、乙女の敵であるGから始まる黒いゴキが出た。古く汚れた家出はいざ知らず、我が家のような新築の家であのおぞましい生物が出るってどういうこと? 古い雑誌を丸めて虫を潰そうとしたら、虫も私も光っていた。自分自身の手足が眩しくて目をつぶった。


 目を開けて周囲を見渡すと、私がいる場所は見慣れた部屋ではなかったのだ。


初心者です。ご指導のほどよろしくお願いします。

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