閉廷
最終回になります。今まで読んでくれた方、ありがとうございました。
励みになりました。
初心者故に拙い部分が多々あったことをお詫び申し上げます。
シャフルが証人席に入ると、傍聴席の女性がどよめいた。
「証人、宣誓をして氏名を明らかにしてください」
「私は何も見ていないし、聞いていないと思うのだが……。まあいい。宣誓しよう。良心に従って真実を述べ、何事も隠さず、偽りを述べないことを誓う。シャフル・ダイアモンド」
「大丈夫です。証人はそこにいるだけで、証明することが出来ます」
リボークは王子の手を掴み、唐突にシャフル・リボークに顔を近づけた。
「王子、あなたは美しい顔ですね。あなたの瞳を見ているとフィナボッチ数列の完璧さを思い起こします……」
そこで、甲高い女性の「やめて」という声がした。誰の声かは耳では分からないが、尋常でない様子をさせている物にちがいない。それは、キティだった。様子が激変していた。穏やかなのっぺり顔から一転し、眉間にしわが寄り目力が増している。顔色は真っ赤になり、ぷるぷると震えている。キティの手のひらには魔力が集まっている。
「リボーク、これ以上近づかないで。言うことを聞かないなら、実力行使します」
キティの怒りをどこ吹く風とリボークは煙に巻いた。
「キティ嬢、あなたは何をするというのか」
「空中の原子よ、集まり核分裂を起こせ。その中で渦巻く陽子と中性子の力をここに集めん。爆発しろ、魔法アトミック――」
魔法光が発せられ、魔法が放たれる――その緊迫した瞬間に、リボークはシャフル王子のイラストが描かれた団扇を取り出した。ピリついた雰囲気に似つかわぬ、ゆさゆさと団扇をゆらすリボークの動きに衆視が集まった。リボークはキティに団扇を向けて、言い放つ。
「いま、魔法で私を攻撃したら、このシャフル王子のイラストが消し飛びますよ。それでいいのですか?」
キティは膝をついて、うなだれた。
「それはダメ……。たとえ、似姿でも王子を攻撃することなんて、私にはできない」
傍聴席はシーンとなった。キティは魔法が使える。そして、躊躇いがなく魔法をぶっ放せる人格であることが印象付けられた。それは、傍聴人だけではない。検事、裁判官といった審議に関わる人間にも、同じ印象を強く与えることになった。裁判の趨勢は決したと言っても良い。
「キティ、君は小中あおいですね?」
キティの正体は私にゲームを貸した同級生、小中あおいだった。彼女も転移したとのこと。ゲームを私に貸すことで、ソリティア殺害を企て、私に罪をなすりつけたのだ。侍女キティとしても、同級生の小中あおいとしてもも、シャフル・ダイアモンド推しだった彼女は、王子愛を私たちに熱く語っていたものだった。
キティはリボークに向いて、にへらと笑った。
「ええと、リボークさん、何で私が小中あおいだと思ったのですか?」
「ええ、転生しないと分からないことを貴方は知っていましたからね。それに鈍臭いところも、コミュ障が入っているところも、小中あおいを彷彿とさせました」
「あなたは何者ですか? 只のシステム管理者ではなく、私のことをよく知っている人? 本名を知っているということは、ネットの知り合いではないのだよね」
「私はエース・リボーク、凄腕弁護人と名乗りたいところですが、その実態は貴方の同級生。坂善りんですよ」
「なんで坂善さんがいるのよ? 私は呼んでいないよ」
「このゲームのシステム管理者に呼ばれました。ゲームに『バグ』(あなた)が出たから、退治してほしいと」
このとき、裁判官の木槌が鳴った。ゴンゴン!と大きな音が富士戦に響いた。
「弁護人、裁判と関係のないやり取りをしないように」
リボークは裁判官に向き合った。
「裁判官、キティは自分の犯行を認めました。これで、ヒマリ嬢が無罪であることが証明できました」
こうして、裁判で私の無罪は確定したのであった。
裁判の後日になってのだが、リボークの正体はクラスメイトの坂善りんだった。彼女は私よりも早くゲームをクリアしていて、先にこの世界にやって来たらしい。
ところで、全くの私事が気になっている。今の私はリボークと婚約しているのだが、この茶番をいつまで続ければよいのだろうか。今のリボークは男だけど、もとは女のクラスメイトだった。そういう人、しかも坂善のような変人と恋人ごっこをするのは精神的にキツいものがある。一刻も早く婚約破棄をしなくては。
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後日譚
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後日にキティの裁判が行われ、キティは有罪になった。死刑である。
刑の執行に立ち会うために、町のはずれにある刑場に赴いた。私が到着した時には、メイフォローの近親者と私の知人が数人いた。
キティは目隠しをされて、看守に先導されて従容と登場した。この結末しかなかったのか? 私はキティの主人として、何もすることが出来なかったが、もっと出来ることはあったのではないか。自問自答しながら刑の時間になった。キティが台に向かって歩かされる。足取りはひどくゆっくりしている。キティは祈りをささげるポーズととったあとに、呆気なく吊るされた。冗談みたいで現実感のない光景だった。キティと私の身体が発光した。そして、気が付くとゲームをしていた自室に戻っていたのだ。
私はゲームの中での事をくよくよとしていた。現実の小中がどうなっているのか、調べることができない。小中の連絡先を知らない。家もどこにあるのか分からない。私の知り合いで小中の連絡先を知っていそうなのは、学校の先生だけだ。冬休みに学校の先生に連絡を取るのは憚られた。あるいは、坂善りんなら何か知っているかもしれないと思ったが、噂によると坂善はスマートフォンを持っていないらしい。
キティだった小中みたいにゲームの世界で死んでしまったら、こちらの世界ではどうなってしまうのか。植物人間になったり、心臓発作とかで死んでしまったりするのだろうか。私は家の電話が鳴るたびにビクビクするようになった。学校の先生が小中の訃報を伝えるような気がして。
ゲームの世界で小中を死なせずにもっと上手く立ち回れなかったか。自分が死刑になるのは嫌だったし……とグルグルと答えのない問答で一日が終わっていく。お年玉をもらっても欲しかったものを買いに行く気力もでず、友達と遊びに行く約束もキャンセルした。
年が明け、三学期になった。小中の机の上に花が飾られていたら嫌だなと思いながら、教室を伺った。
小中はいつも通り何食わぬ顔で登校して、自席で薄い本を読んでいた。小中ってゲームの中でキティ・ジョーカーだったのだよね。あちらの世界では死刑になっていたけど、現実では何事もなかったようだ。小中は私を見ると、『不思議の国のアリス』に出てくるチシャ猫のようにニヤリと笑った。
「青山さん、二次元は楽しいでしょう?」
私は憎たらしい顔つきの小中を殴った。手のひらはグーだ。私の冬休みを返せ、小中! 少し遅れて坂善りんもやってきた。
「りん、最初から騙したわね。あんたがリボークだって教えてよ」
「システム管理者に止められていたのだよ。私は彼らの台本に従っただけだ」
何でも秘書のせいにする政治家みたいな口調の坂善に腹が立った。
「りん、あんたは数唱でもしていればよいのよ。それをあんなに頑張っちゃって」
坂善りんは私の頭を撫でた。長身だからこそ様になるポーズだ。
「青山君、ゲームクリアおめでとう。君の探偵ごっこはヘッポコだったが、なかなか面白かったよ」
坂善りんをひっぱたこうとしたが、躱されてしまった。
「じゃじゃ馬な婚約者だな」
「あんたなんか、婚約解消よ!」
そこで、小中がやって来た。
「キターーーーーー。婚約破棄!」
坂善りんが引き気味で質問を下。
「何でそんなに喜んでいるのですか」
「お約束でしょう? 婚約破棄は!」
私はそんなことよりも気になったことがある。
「ところで、メイフォローはどうなったの? 死んだままなの?」
「こっちの世界で彼女に相応しい姿で転移してきたと思うんだけど、青山さんは知らない?」
「心当たりがないなぁ。現代日本で、あんなフリフリのカッコで縦ロールなんてしていたら、目立つと思うけど」
「小動物とか、別の姿で来ているのかも。メイフォローはカルマが高そうだから、ネズミとか虫の姿をしていることはあり得るよ。ゲームしている途中で、見かけなかった?」
そういえば、新築の我が家に、招かざる客がきていたよね。Gで始まる害虫を丸めた雑誌でつぶしたのだっけ。
「ただの虫だと思って、私は潰しちゃったよ」
「悪役令嬢を殺した犯人は、やっぱり青山さんだったんだ」
読んでいただき、ありがとうございました。
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