フラグ
メイフォロー殺人事件の調査は白紙に戻ってしまった。
真犯人は私が転移したゲーム『フラッシュ!』の攻略キャラのうち誰かであると仮定していた。それが間違いと言うのだろうか。最初の容疑者は四人。そのうち二人が潔白だと判明した。まだ二人が残っている。
まずは、王子シャフル・ダイアモンド。彼は王子だけあって多忙だ。本来ならば、気軽に会える人ではない。学園の授業に出席することは少ないし、出席したとしてもすぐに帰ってしまう。一時期は私と頻繁にエンカウントしたものだったが、この頃は遭遇することもなくなった。
キティは王子のファンだった。私と二人きりの時にキティは、王子の素敵な場所を長々と語っている。私は適当な相槌を打って流して聞いていなかったが。そんなキティに連れて行ってもらって、王子ご愛用の店や出没スポットを回ったが、王子に出会うことがなかった。
悪役令嬢メイフォローがいなくなった影響だ。彼と遭遇したのは、メイフォローから陥れられてピンチの場面だった。メイフォロー亡き今、フラグが立てられない。
代わりにメイフォローの取り巻きに虐められようと目だって見たが、ボス亡き後には奴らは大人しくなってしまった。殺人容疑の私に嫌味一つ言わないところを見ると、うかつに刺激することで私がキレて殺されかねないと思っているのかもしれない。
誰かに王子の前で虐める振りをしてもらおうにも、そんな伝手はないし、そんなことをさせては可愛そうだ。生徒も教師も爵位を持つ学園の中では、男爵令嬢は底辺の階級である。王子の顰蹙を買うような演技をするような頼み事などできない。また、したとしても見返りを用意できない。
一方、シングルトン・クローバーとは遭遇の仕方すら分からない。ゲームでは隠し攻略キャラで、彼を攻略したことはなかった。こんなことなら、攻略サイトをもっとチェックするのだった。私は裁判までの貴重な数日をシャフル王子とシングルトンを捜すことに全力を尽くしたが、無駄に終わった。二人が怪しいことは、治安官エース・リボークに伝えてはいる。私のダメ探偵ぶりは証明されているので、軽くあしらわれてしまった。それでも、リボークは「シングルトンと王子を調査してやる」と約束してくれた。
さらに数日は裁判までの期日が迫り、焦りながら学園をうろうろした。最初は目を皿のようにして事件につながる証拠が残っていないか探したが、何も見つけることはできなかった。そのうち、諦めの境地で学園をうろうろし、へたり込むことも増えてしまった。そういうとき、私の意識は内省の海に沈む。
私に何か悪いことがあったのだろうか。こちらの世界に来て一秒もたたないうちに事件は起こってしまった。事件を避けることも、容疑を躱すことも不可能だった。こちらに来て数少ない知人について考える。死んでしまったメイフォロー・ハンド公爵令嬢、父マーク・ワイルドカード男爵、父の腹心の部下ビッド・ジョーカー、私の侍女キティ、治安官エース・リボーク。推定無罪のインデクス・スペード辺境伯令息とミゼール・ハート侯爵令息。私が容疑者として目しているシャフル・ダイアモンド王子とシングルトン・クローバー。この中に真犯人はいるのだろうか。
私は新聞を見て、ため息をついた。
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王都新聞
○日午後に、ハンド侯爵家メイフォロー嬢が殺害されるという事件が発生しました。王都学園の同級生であるワイルドカード男爵家令嬢ヒマリ嬢に手持ちの工具で撲殺された模様です。
容疑者のワイルドカード男爵令嬢ヒマリは容疑を否認しています。
治安官は他に真犯人が存在するか調べていましたが、その決定的な証拠は見つかりませんでした。全てはヒマリ嬢の自作自演で、真犯人はヒマリ嬢の可能性があります。
本件の審議は明日、王立裁判所で行われます。
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世論は私の味方ではない。新聞を見ると、私は犯人扱いだ。けれども、私は自分が犯人でないことを確信している。しばらく内省していたことで、事件について整理できた。その中で私しか知りえない事実があり、そこに真犯人があると判明した。あとは、裁判で証明するだけだ。
裁判の前日になった。首尾を報告するように実家から呼び出しを受けた。父親にこそっと話したら怒声が響き渡った。
「その証拠だけは持ち出すな。我が家の恥だ。そんな証明をするくらいなら、お前が処刑されたほうがマシだ。その手で来るなら、我が家からは弁護人を出さないぞ。思い直すか」
私は弁護人なしで裁判に赴かなくてはならなくなった。これで勝てるのか。
孤立無援を覚悟したところに、思わぬ申し出を受けた。最後の事情聴取にと治安官エース・リボークに呼ばれたときだ。
「弁護士がいないとは。これで、君が有罪になる確率が増えたな」
「いいえ、私は自分が無罪であると確信し、それを証明する情報を集めました」
「だが、弁護人がいない」
「これから街を回ってなんとかしますよ」
「そんな君に朗報を伝えよう」
「私は『学園』を卒業した後に、大学で法律を学んだんだ」
「それのどこが朗報なんですの」
「君の持っている証拠を開示したまえ」
「嫌ですわ。裁判が不利になりそうですもの」
「君の持っている証拠が裁判で勝てる力があるなら、私が弁護してやる」
「貴方が無料で引き受けるわけはないですよね。見返りは何ですか」
「ワイルドカード男爵家の家督。私は男爵家の出とはいえ、三男でね。家督を継ぐ権利がないのだ。入り婿できるような先が出来たら、宮仕えも辞められる」
うわぁ、政略結婚の申し出が来た。
「家督は父の一存で決まります。私には何とも……」
「君は一人娘だ。君の婿になれば、私は自動的に家督を継ぐ権利が手に入る。しかも、今回の裁判の状況次第では、君の父親を隠居に追い込むことも可能なのではないか」
リボークは捜査で何か掴んだようだ。
「治安官が弁護人をしてはいけないでしょう?」
「大丈夫だ、退職するから」
これは私が人生で最初にされたプロポーズだった。最悪だ。せっかくの美味しいシチュエーションが台無しではないか。だが、受けざるを得ない。
数日後、父が血まみれで、しかも全裸で倒れているのが発見された。腹部にナイフが刺さっていた。
父は売春宿を経営していた。働く売春婦は、「慈善事業」で運営している孤児院から供給される。孤児院から斡旋される就職先は売春宿なのだ。十二、三歳の少女に対して「技術者」になれるように、父は「技能実習」を行う。その「指導」は実習生にとっておぞましいもので、父は憎悪を一身に受けていたらしい。
指導中に技能実習生から刺殺されたのではないかということだ。死に方がかなりアレなので、父は心不全で亡くなったことにした。それが、父、技能実習生、私達家族の全てにとって名誉が守られるということになった。
父は裁判をするうえで、最も厄介な障害だった。家督相続も私の手中にある。最も得をしたのは……。父も誰かに殺されたのだろうか。