ミゼールの矛盾
私はタオルを返すという名目で、ミゼールに近づいた。
「インデクス様に頼まれて、このタオルを洗濯しておきました。ずいぶん大人っぽい刺繍ですわね。今後の手芸の参考にさせていただきます」
ミゼールは無言でタオルを受け取った。
「この独特な刺繍は見覚えがありますわ。名のある作者の作品でしょうか?」
「学園の刺繍の展示で見たような……。どなたが作ったのでしょうか」
ミゼールは重々しくつぶやいた。
「……姉だ」
「学園にいるお姉さまと言うと、トレセッテ様の作品でしょうか? ここまでの名手だとは存じませんでしたわ」
ミゼール自身ではなく、家族がした刺繍だったのだろうか。彼女が左利きか、作風が似ているか確かめねば。
「いや、僕には姉が他にもいる。アリュエットお姉さまだ」
アリュエットとは年が離れているから、私とは面識がない。だが、ミゼールのプロフィールは先日に確認したばかりだ。ミゼールには、姉が四人いる。長女のマイティは、国内の上位貴族に嫁いでいる。次女のトラポラも同様に嫁いでいたが、夫を亡くして寡婦になっている。三女のアリュエットは、遠い外国の王族に嫁いでいる。四女のトレセッテは未婚でまだ学園にいて、私たちの上級生をしている。アリュエットが刺繍の作者かどうかは明らかである。
「確かアリュエット様は七年前に、外国にお嫁に行ったのですよね」
「嫁ぐ前に刺繍してくれたのだ。アリュエットお姉さまは刺繍の名手だからな」
「当時のミゼール様は七、八歳でしょうか。そんな小さな子供にこんな色っぽい刺繍を?」
「……お姉さまのタオルを頂いた」
「それにしては、ミゼール様のイニシャルが入っているようですが……」
「お前はさっきから何なんだよ。人の持ち物にいちゃもんつけて。不愉快だ」
明らかにミゼールは嘘をついている。あのタオルの刺繍はミゼール自身が行ったのに、それをミゼールは隠しているのだ。私がやるべき事は、その嘘がメイフォロー殺人事件と関係があるか明らかにすることだ。
「ミゼール様、言っていることが先ほどから矛盾してばかりですよ。このタオルは、ミゼール様が縫ったのですよね」
「男の僕が刺繍なんてするわけないだろ」
私は無視して、メイフォローのハンカチを並べる。ミゼールは目を見開いて、そのハンカチを凝視した。
「このハンカチは、メイフォロー様が落としたものです。このハンカチも同じ作者が作っていると思っています」
「それがどうした? 僕には関係ない話だ」
「いいえ、関係ないことはありません。その作者がミゼール様ですから」
「男の僕が刺繍なんてするわけないだろ」
「作者は左利きの方です。タオルもハンカチも、チェーンステッチやアウトラインステッチは、左から右へと流れています」
「左利きの者なんて、僕以外でもいっぱいいるだろう」
「プロでも学生でも、刺繍の時は右利きに徹底的に矯正させられます。ですから、学園で刺繍を必修科目で習う女子生徒やプロの手芸家は、ステッチは必ず右から左に流れるのです。男性も剣闘のときは利き腕を直されるでしょう?」
「正式に習っていなくても、刺繍できるものがいる」
「左利きの召使なんて数が多くないから、問い合わせましょうか。ハンド公爵家でもハート侯爵家でも該当がなければ、ミゼール様が刺繍したということになります」
「なぜ、そこまで刺繍の作者に拘るんだ?」
私は自分にかけられた容疑を述べた。今は保釈された仮の自由の身。私が真の意味で自由になるには、真犯人が必要だ。
「わかった。降参だ。実家には問い合わせないでくれ。刺繡したのは僕だ。それでいいだろう?」
「なんで悪役令嬢の刺繍をやってあげたのですか」
「頼まれたからだよ。彼女は細かいことは苦手なのだ。そのくせ見栄っ張りで、そのことを秘密にしている」
「脅されているのでは?」
「ば、馬鹿言うなよ。僕は男だ。女なんかに虐められるものか」
「公爵令嬢のメイフォロー様ならありえるかと。メイフォロー様は人の弱みに付け込むのが得意なので・・・・・・」
「だったら何だよ? 仮定の話として聞いてやろう」
「脅迫されるのが嫌になったので、ミゼール様がメイフォロー様の暗殺を企てたのではないかと。魔法はお得意でしたよね」
「バカバカしい妄想だ。そもそも僕は脅迫されていないのだ」
「ミゼール様は妄想と言いますが、それを妄想だという裏付けはできません。治安官に事情を詳しく話せば、悪役令嬢殺人事件の正式な捜査がミゼール様にも及ぶでしょう。そのときに明らかにされた真実は記録として残ってしまいますよ」
「お前も僕を脅迫するのか? 何が狙いだ」
「私は保釈されましたが、完全に容疑は晴れていません。身の潔白を証明するためには、真実をつまびらかにしなくてはならないのです」
「僕はメイフォローを殺していない。それは本当だ。信じてくれ」
「詳しい事情を伺っても?」