インデクスの弁明
俺は「弟妹はいない」とお前に言っていたよな。それは嘘だ。嘘をついた理由は、メイフォローが死んだこととは関係ない。我が家の問題だ。細かく話すから、分かってくれ。本当にお前にもメイフォローにも関係ない。
妹は少し前に心の病に掛かっていた。それには原因がある。
父上は政敵が多い。軍と官僚の軋轢や、軍内部の権力争いとかいろいろあるらしい。そんな政敵の一人が屋敷に暗殺者を放った時があった。幼い妹は運悪く家にいてな、その時に暗殺者に遭ったのだ。妹は目の前で乳母を殺された。生まれてからずっと自分の面倒を見てくれた乳母が、自分を庇って酷い死に方をしたことにショックを受けた。幸いにも賊は家人によって退治され、妹には外傷が全くなかった。けれども、心には消し難い傷が残った。物心ついたばかりの妹には残酷すぎる光景だったのだ。妹はそれ以降、少し様子がおかしくなった。寝ている間に歩いたり、何もないところで叫ぶようになったりするようになったんだ。起きたら歩き回っていたことなんて覚えていないのだけど、スペード辺境伯家の淑女がして良い行動ではない。貴族でない庶民の娘だって、とって良い行動ではない。健康な者ならありえない、心の病がなせる業だ。
家族が心の病だと、家の名誉や将来に差し支える。だから、父上は妹を修道院に押し込め、存在を秘匿することにした。俺は最初は反対した。だが、妹は修道院で祈りの日々を過ごすうちに、心の病が治ったようだ。寝ている時に歩くことはなくなり、叫ぶことなく落ち着いていられるようになった。
昔に戻ったように妹は元気そうだったから、「家に帰って来い」と俺は行ったんだよ。でも、妹は信仰に目覚めてしまって「ここに残る」と言ってきかないんだ。父上が無理やり家に帰すように手配したら、妹はまた寝ている時に徘徊するようになってしまった。それからずっと妹は修道院で暮らしている。
俺がこそこそと外に出たのは、妹の存在を隠すためだ。家の名誉に良くないと言われたのもあるし、修道院にいて静養しているのをそっとしておきたい。政敵に狙われる恐れもあるしな。
友であるヒマリに嘘をついたのは後ろめたいが、事情は分かってくれよ。メイフォローの死とは関係なかっただろう? それなら、ここは退いてくれ。そして、俺達のことを誰にもしゃべらないでくれ。
「キティの言ったとおりね。でも……」
え、俺の話が疑わしいって? ヒマリはずいぶんと疑い深いんだな。本当のことが本当だと証明するのは骨だ。どうしよう。
困っていると、ヒマリに付いてきた侍女が口添えをした。
「私もその話を聞いたことがあります。インデクス様には隠された妹様がいらっしゃると。その方は心の病で修道院にいて、本と甘いものが好きだとか」
「そうね、インデクス様が事情を話す前に、その子が妹であるとキティは言っていたわね」
え、何で妹のことを知っているのか。我が家で秘匿している事実だぞ。
「えぇと、召使のうわさ話ですよ」
誰だよ、そんな秘密を喋った召使は? きっちりと落とし前をつけないとならない。
「それ以上は勘弁してください。貴族の家に仕えている召使同士の横のつながりがあるのです。そこで助け合ったり、多少の融通をして仕事をしやすくしたりするのですから」
そんなもんか。だが、このキティって女は他家の侍女だから、無理には聞き出せないな。
さて、俺には誰がメイフォローを殺したのかは分からない。関わりもない。ともあれ、これでも上位貴族だし、主だった貴族の子弟で同年代のことなら、かなりの事を知っている。お前の助けになるかもしれない。
俺の秘密を守ってくれるなら、お前に協力してやろう。最近になって様子がおかしくなった奴も知っている。奴がメイフォロー殺人事件と関係があるかは分からない。そいつは学園に入るまではメイフォローを恐れていたのに、急に怖がらなくなった。何かあったんだと思う。宰相の息子ミゼール・ハートだ。