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008 大スキなセンパイと

~大スキなセンパイと~


ときどき、まだ、ユメに見る。

だれかの手、だれかの指、だれかのベロ、だれかの感触、だれかの言葉、だれかの、だれかの、だれかの―――センパイじゃないひとの、熱。


みうの身体を通りすぎていった、だれかやだれかやだれかやだれか。

センパイにあげたかったたくさんのものを奪っていっただれか。


顔も思い出せない。

声も思い出せない。


それでもいたという事実は変わらなくて。

それでも、みうの身体に触れられたという事実は変わらなくて。


こんなみうがセンパイのそばにいるべきじゃないって、そう、思って。


なんども繰り返し別れを切り出すのに、センパイは、いつもいつも、ゼッタイに別れようとはしなくて。

だからみうは、今も、まだのうのうとセンパイのとなりに心を置いている。


―――だけど、それも今日で終わりかもしれない。


ゆるやかに落ちていく水とゴミの結晶を舌先に乗せる。

簡単に溶けたそれはもう唾液との区別もつかなくて。

吐き捨てれば地面で踏み汚された白もごっちゃになって。


なんて汚いんだろう。


「だーれだっ」

「ぅわお! ッス!」


突然目を覆われる。

こんなおちゃめなことをするのはセンパイだけだろう。

驚くのは一瞬だけ、すぐに胸を満たすくすぐったい感触に頬が緩んで。


「もぉー、なにやってんッスかみっちゃん」

「人違いだよ!?」

「じょーだんッスよせんぱぁい♪」


振り向けば楽しげに笑うセンパイと、みうもきっとおんなじような顔で笑えている。

不思議だ。

鏡を相手に練習しても絶対にできないのに、センパイを見ているととても簡単になる。


「さて、じゃあいこっか。待たせちゃってごめんね」

「みうもイマ来たところッス! あいまのデートっぽかったッス!?」

「ふふ。うん。めちゃくちゃデートだったね」

「やー、センパイのコイビトもいたについてきたッスね~♪」


手をつないでくれたら、ウデをからめて抱きしめる。

そうしないと、今すぐにでもみうから遠くに行ってしまいそうで不安だ。

触れ合っていないと、センパイの熱を忘れてしまいそうで―――不安だ。


「んでんでー、きょーはどこ連れてってくれるッス? やっぱホテルッスか!? なにせセーヤッスもんね!?」

「んー。まだヒミツかな」

「焦らすッスねー!そーゆーのもみうスキッスよ……♡」


にやにやと笑って見せれば、センパイは苦笑する。

もぅ、だなんて困ったみたいにつぶやくその様子に、みうの直感はぴぴぴと来てしまう。


センパイは、きっと。


この特別な日に。


みうを、求めてくれるのだろうと。


そう―――分かる。


センパイに求められるのはモチロンうれしい。

スキなヒトとほかの誰よりも近づけるのはきっと幸せで。


でも。


やっぱり今日、みうはフられるんだろうな。

だからそれまでの一日を、めいっぱい、楽しみたい。


「……えへへ。トクベツな日にしよーッス、センパイ♡」

「うん。いっぱい楽しませちゃうから覚悟しといてよ」


センパイの熱がほっぺに触る。

それだけのことがもう、みうにとってはシアワセで、トクベツで。


そしてそれからの、とっても長い最後の日は―――とっても短い、最後の日は。


あっという間に、幕を下ろして。


イルミネーションの明かりがあっても、顔もあまり見えないくらいの夜の中。

センパイが改まってみうと向かい合う。

とっても緊張して、なんとなく熱を持ったような視線。


センパイに向けられると、どうしてこんなに心地いいんだろう。


たぶんきっと、熱源が違うから。

センパイのこれは、みうの肌を焼かないで、じっくりと優しく、優しく、温めてくれる。


そしてセンパイは、言った。


「今日は、楽しかったよ」

「みうも、たのしかったッス」

「それなら……うん。よかった」


心の底から安堵したみたいに笑って。

センパイはそして、みうの手にくちづける。


「駅まで送るよ」

「え」

「家は、たしか駅からすぐだったよね」

「そ、ッスけど」


てっきり、センパイにこれからどこか……それこそホテルとか、センパイのおうちとか、そういう場所に誘われるものだと思っていた。

それなのにセンパイは、これで終わりにしようと、そう言って。


みうの戸惑いに気が付いたセンパイははにかんで笑う。


「私そんな分かりやすい? 変にがっついたりとかしてないつもりだったんだけど……」

「あ、や、みうがそーゆーの分かるってだけッス。ぜんぜんそーゆーのなく優しくしてもらったッス」

「だったらよかった」

「で、でもだったら、なんで……」


なんで誘わないのか、なんて。


そんな問いかけはなんだかひどく下劣な気がして口をつぐむ。

センパイはふ、と私の瞳を見据えて、静かな表情で、そっと頬に触れる。


冷たくて、熱い、指先。


この手に触れられたのならきっと。


とても心地いいのだろう。


「―――みうちゃんがしたくないことなんて、しても嬉しくないから」

「……」


したくないこと。

センパイと?

それは違うと、声を大にして言いたかった。

センパイとしたい。

全部したい。


だけど、でも、そうしたら、きっと―――


「いつか。いつかみうちゃんが、大丈夫だってなるまで。それまで私は、みうちゃんにめいっぱい大好きって伝えるから」

「え、あ……」


センパイが、勘違いなんかしていないんだって、そう伝わる。

みうの気持ちを、怖いくらいに、センパイは見抜いている。


「ちが、うんッス、みう、みうは、」

「疑ってない。怒ってない。不満もない。悲しんでない。―――告白した時にはもう、あなたと一生一緒にいるつもりだったから。まだ付き合って1年も経ってないんだよ? なんだってできるんだよ、これから」


センパイの言葉はあまりにも優しすぎて。

罪悪感が胸を締め付けて。

やっぱりみうじゃない人がいいって、そう思って。


それなのに。


「みうちゃんとしたいこと、言っとくけど数年やそこらで全部できると思わないでよ? っていうか、そんなに言うならこれから付き合ってもらっちゃおっかな」


センパイがみうの手を引く。


センパイの手。

センパイの顔。

センパイの声。


ぜんぶぜんぶ、センパイが、みうにくれる。


忘れることなんてできないくらい、めいっぱい。


「今日は徹夜でカラオケねっ。言っとくけど今夜は寝かさないぜっ」


冗談めかして笑う本気のセンパイに。

みうもきっと、おんなじみたいに……ああ、ううん。ウソだ。

おんなじなんて、できない。


いまきっと、みうは、センパイよりもっとずっとぼろぼろで、汚くて、そんな顔しかできてない。


それなのにどうして、こんなにも楽しくて、心地よくて、幸せで―――


「せんぱい、だいすきッス……」

「えぇー。知ってた。なにを隠そう私もみうちゃんのこと大好きだからね」

「えへへ……うれしいッス……えへへ」




きっと今日から、ずっとセンパイを夢に見る。

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