005 クリスマスに予定がある同居人と
~クリスマスに予定がある同居人と~
同居人の島波さんには、クリスマスに予約があるそうです。
それを知らされたのはひと月も前のことでした。
だから家にいて欲しいのだとそう依頼をされました。
……私に予定を作れるたった一人にそう願われた以上、私に断る理由はありませんでした。
もしもそこで、嫌だと―――あなたが私以外と共に過ごすなど認めないと、そう言えたのなら……いえ。考えても詮無きことでしょう。
かつての嫉妬しいだった私も今は大人になって……なってしまって、彼女が私の人生とは違うものを生きているのだとそう理解できるようになりました。そう納得できるように、なりました。
だから私はこの聖夜にひとりきり。
まるでいつも通りの平日であるかのように―――内心では決してそうと思えないまま、普段よりも寒々しさを感じながらも過ごしていました。
今頃彼女は、私の知らない誰かと愛を育んでいるのでしょうか。
私にその気配を全く見せることのなかった彼女を思うと、胸が痛みます。
結局は信頼されていなかったと、そういうことなのでしょう、きっと。
こうして同居しているのも、ただ都合がよかったからというだけで。
同棲だ、などと内心浮かれてしまったのは、私だけだったのでしょう。
「ふふ……滑稽ですね」
本当に―――くだらない。
この目を腐らせるこんな感情など、切り取ってしまえとそう思うのに。
それなのに、どうして私はいつまでも、彼女のことを思っているのでしょう―――
「―――ただいま帰りましたー!」
「ッ……!」
突然聞こえてくる聞こえるはずのない声。
彼女が家を出てからまだ一時間と経過していません。
忘れ物、にしては遅すぎます。
では、なぜ……?
「ただいま先輩、ってうわっ! びっくりした! もぉー、電気消してなにしてるんですか。ってまさか逆サプライズっていうやつですか? ぐぬぬ、一本取られました」
「……恋人さんとは、どうしたのですか」
「はい? なんのことです???」
電気をつけた彼女は、首を傾げながらテーブルに箱を置きます。
白くて、なにかキレイな装飾をされた箱―――まるで、ケーキ屋さんの箱のような……?
「し、島波さんには、今日、予約があるのでは?」
「はいっ。なにせめちゃくちゃ有名なケーキ屋さんですからねー。一か月前でもギリギリだったみたいで」
「けーき……?」
なにかが噛み合っていないと、そう直感します。
確か島波さんは、予約があると……だからクリスマスには家で過ごすと私に……
「……もしかして、先輩、なにか勘違いしていました?」
「だ、って、島波さん、は、ほかの、」
「他なんて、いません」
目を伏せた彼女は、ゆっくりと私に近づいてきます。
そっと頬に触れる手つきは優しくて。
つい、勘違いを、してしまいそうに―――
「ずっと……勝手に、伝わっているんだって、そう思ってました。だから私を受け入れてくれたんだって……でも、やっぱりちゃんと言葉にしないと、いけないですよね」
彼女の言葉が、私に勘違いさせようとしてきます。
それとも、これは……勘違いでは、ないのでしょうか……?
「好きです、先輩。ずっと、ずっと。―――あなたのそばにいたいから、私はこうして、一緒に住ませて欲しいと、そう願ったんです。だから今日だって、あなたと過ごすこの時間だけは、ずっとずっと―――一か月なんかよりもっと前から、ずっと、予定になっていたんです」
彼女の言葉が、私を包みます。
勘違いだと思っていたそれを、彼女が、言葉で形にしてくれる―――それはどこまでも、幸福なことで。
だから。
「ふぐぅ」
「わっ」
先輩として恥ずかしいと、そう思うくらいに。
私は、それはもう無様に涙しました。
こんな姿を見せたら幻滅されてしまうかもしれないとそう思っても、止まりません、止まりません。
「―――先輩って、いろんな姿を見せてくれるようになりましたよね」
彼女が私の涙をぬぐいます。
そっと顔を持ち上げられて、無様なこの顔を、見られてしまいます。
ぼやけてよく見えない彼女の顔が、笑っているように、見えました。
「もっと、私の知らないあなたをたくさん見せてください」
そうして彼女は―――
ああ。
こんな悪い子の私が、こんなにも素敵なプレゼントを貰ってしまって、いいのでしょうか。
ですが今はただ、このいとおしい人の初めて見る姿を、この目に―――