短編小説 こんな話を聞いた「私は何故、あの人と結婚したのだろう」
短編小説 こんな話を聞いた「私は、何故あの人と結婚したのだろう」
「山下部長、」
「山下部長、」
「山下部長、」
会社では、私がいなければ仕事が回らない。
大変だが、やりがいはある。
インベストメントもマネージメントも私の采配で動く。
全て順調、
私のおかげ…
毎日、クタクタになり自宅に帰る。
「疲れた、」
化粧を落とす気にもなれない。
テーブル、
書き置きだ。
「晩ご飯、レンジで温めて食べて下さい」
また、シチュー。
美味しくもない。
私が帰ってくる前に夫は就寝している。
しばらく会話さえしていない。
何なんだろう、夫婦って、
夫、家族、同居人…
忙しい私に代わり、何でもやってくれる夫。
家事、掃除、洗濯…
私には、都合の良い夫。
子供は、優秀に育ちアメリカに住んでいる。
私に似て…
ある日、夜遅く自宅に帰ると、
書き置きがしてあった。
また、「レンジで…」か、
よく見ると、
離婚届が添えてあった。
「私のわがままです。ごめんなさい。離婚して下さい」
何だって、
別れる?
夫とは、収入も倍以上だし、このマンションも私が買った。愛車のアウディも私の名義だ。
何不自由ない生活、よそより裕福な生活、
美人な妻、
何が不満だ、
もっと贅沢したいのか、
呆れた男だ!
こっちから別れてやる、捨ててやる、
いらない。もともと、会話も無かったし…
別れた方が清々する。
よかった…
…しかし、そんな素振りは全く無かった。
私が嫌いになった?
そんな訳ない、あれだけ懇願して結婚したのに…
タンスを開けてみる。
野球のグローブとボールが出て来た。
きれいに手入れされてある。
そう言えば、あの人、野球が好きだったなぁ、
子供が小さい頃、よくキャッチボールしていたなぁ、
「野球選手にするんだ」って言ってた。
「学童野球に入れる」と言った時も、
私は、「勉強に差し支える」と言って断ったが、夫は譲らなかった。
「頼むから3年生まで、」と…
結局、学童野球には入らなかった。
彼は、珍しくガッカリしてた。
でも、うちの子は、成績も良く大学は首席で卒業し、留学して、アメリカの大企業に就職して…
私のやったことは、間違って無い、正しい…
…帰って来ないなぁ、あの子、
グローブをつけてみる。
大きい、
あの人、こんなの使っていたんだ。
私の手には、ゆるゆるだ。
初めてのデートも野球場だったなぁ。
ルールを知らない私に、夢中で教えてくれたなぁ、
「ふふっ、」笑み。
半分くらいしか覚えられなかったけど、
いつからかな、あの人が野球の話をしなくなったの、
野球も見なくなった。
私は悪くない。間違ってない、
でも…
…さみしい
どこ行ったのかな、
私は、
何故、あの人と結婚したのだろう、