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第10話:意図せぬ山道  作者: 吉野貴博
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上中下の下


 さて、私も今までにいろんなところに行き、ざまざまな灯台、さまざまな崖、さまざまな山など行ったのだが、共通する要素に「よく風の通る場所」てのがある。びゅうびゅうというか、があごうというか、風の音というのはどこに行っても変わるものではなく、蝉の合唱とともに歩いていて退屈しない要素の筆頭になるのだが、虫の声は季節によって変わるのに対して風の音はいつでもどこでも変わるものではない。せいぜいの強弱くらいである。

 その私が、風の音の中に変な音を聞いた。

 ごうごうという音の中に金属がこすれるような音が聞こえたのだが、長さは三瞬といったところだろうか、聞こえた一瞬、こちらに来た一瞬、そしてその次の一瞬。

 最初に聞こえたとき、知覚できただけで、変だとは思わなかった。音を知覚しただけで、変だと思う間もなかったのだ。次の瞬間、こっちに来たことは聞こえたが、やはり何も思うでもなかったし、何かをする判断も起こらなかった。

 なので少年の肩に手を伸ばし、少年を引き留めたのは私の意思ではなかった。何故そんなことをしたのか自分でもわからない。

 しかし私の身体は手を伸ばし、少年の肩を掴んで引き留め、少年が反射的にこちらを向いたまさに次の瞬間、


 少年の服の、お腹のところがはじけた。


 凄い音がして、少年はまた反射的に自分のお腹を見て、すべすべのお腹を見て固まって数秒間、その間私の頭には「鎌鼬」という言葉が浮かぶ。

 それからどれくらい時間が経ったか、秒の単位だと思うが、少年が言った。

「もう家に帰らないと。母様に怒られてしまう」

 後ろで三人が少年を心配する声を出し、走って来て、少年の無事を確かめる。病院に連れて行くかどうするかを確認し合うのだが、当の少年は私たち大人に何の反応もせず、それ以上何も言わず、平地に駆けだして森の中に入って行ってしまった。私のことも見ようともしない。

 三人は目で少年を追うがそれ以上は動かない。そして私に

「何があったんですか?何か気がつきましたか?」と聞いてくる。

「変な音が聞こえたとは思いました」とだけ答える。

 何故少年を引き留めたのか、自分でも解らない。解らないことは言わないほうがいいだろう。

「大きな音は聞こえましたが、その前ですか?」と三人で「お前、聞こえたか?」と確認し合ったりしているが、三人とも不思議そうな表情なので、風の異音のほうは気がつかなかったのだろう。

「聞いたことがない硬質な音で…」と言いかけて、そこでICレコーダーを思い出し、録音を止め、問題の箇所を再生してみる。

 ICレコーダーに内蔵されているスピーカーでは心許ないのでイヤホンを端子に差し込み、数分前の凄い音を目安に合わせてみると、やはり一秒にも満たない短い時間に異音が聞こえる。

 聞こえるカウンターと操作方法を教え、男に渡したが、解らないみたいだ。

 次いでもう一人の男と女性がイヤホンを片方ずつ耳に入れて聞いてみると、女性の方が聞こえたようで、

「このICレコーダー、任意提出をお願いします」との結論になった。

 断れるわけもなく了承すると、私の今夜の宿を聞いて手帳に書き、三人とも車に乗り込んで私たちが来た方向に走っていった。なるほど、少年の身元はもう確認済みだっけ。


 にしても一人取り残され、いったいなんだんだよ、と思いつつも、奇妙な事件って鎌鼬のことか?と解らない。母様という人がどんな人なのか、森の中にすっと入っていくとか、そもそもあの子の名前はなんていうんだろうとか、何もわからず歩いていた三時間弱。

 とにかく今解っているのは、東崎の灯台にはこの道に従って歩き、あと数十分で着くことである。

 昆虫館に行き、東崎灯台に行き、その後は北回りで宿に向かうか南回りで宿に向かうか、先のことも考えないといけないのだ。

 溜息を一つついて歩き出す。


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