てがみ
桃は手紙を書くのが大好き。
おじいちゃんやおばあちゃん、いとこのお姉ちゃんにまで手紙を送ります。
クリスマスになればクリスマスカードも送ります。
桃は病気がちでした。
布団の中で読む絵本は味気ないもの。
だからどもだちがくれた手紙が大好きなのです。
今は隣の家の理子ちゃんと手紙のやりとりをしています。
理子ちゃんはとっても頭の良い子。
難しい漢字をいっぱい知っています。
桃は時々読めなくて、お母さんに文字を教わります。
そのたびに、理子ちゃんは頭が良いなあと思うのです。
「ねえ、お母さん。私も理子ちゃんみたいに頭が良くなれる?」
今日も難しい漢字を使ってくる理子ちゃんの手紙を読みながら言います。
「桃も賢い子だから、きっと、大丈夫よ」
そう言ってお母さんは『柿はかきと読む』と教えてくれました。
理子ちゃんは本が大好き。
桃が読む絵本ではなく、小学生が読む難しい本を読みます。
理子ちゃんは怪盗ルパンが面白いと言っていました。
でも桃には分かりません。
だけど理子ちゃんが、楽しそうに本の話を聞くのは大好きです。
「理子ちゃんは何で本が好きなの?」
ある日、桃は理子ちゃんに訪ねてみました。
桃の隣で本を読む理子ちゃんは、顔を上げないまま言いました。
「知らない世界に行けるから」
その意味は分かりませんでしたが、理子ちゃんが不機嫌になったのは分かりました。
桃はそのまま無言になり、ページをめくる音だけがします。
「あのね、桃ちゃん」
「なあに? 理子ちゃん」
「私のパパとママね、仲が悪いの。だから知らない世界へ行くのが好き」
突然の告白でした。
理子ちゃんは昔から自分の家族の話をしません。
理子ちゃんのお母さんに会ったことはありますが、どこか冷たい感じでした。
それが理子ちゃんが『家族の話をしない』ことかも知れません。
「桃ちゃんはお母さんが好き?」
「とっても大好き」
「桃ちゃんは幸せ者だね」
パラとページをめくりながら、理子ちゃんが言います。
「私のお母さんは、勉強が出来ないとダメな子だって言うの」
「うん」
「だから本を読んで、その話から逃げている」
文字を目で追いかけながら、理子ちゃんは言います。
「お父さんは自由に成長させるのが良いって言ってる」
「うん」
「だからお母さんとお父さん、仲が悪いの」
本の世界に逃げるのは、そのためなんだ。
理子ちゃんは寂しそうに、本を閉じました。
「来月、引っ越しするんだ。りこんするんだって」
「りこん?」
「他人になるってこと。私はお母さんの所についていく」
だから、もう会えない。
理子ちゃんは、本をしまいながら言いました。
もう会えない。
つまり遠くに行く。
戻っては来ない。
そう答えにたどりついて、桃は理子ちゃんに怒鳴ります。
「離れたくない!」
理子ちゃんは少し驚いた顔をしました。
しかしすぐに元の表情に戻ると、桃に言いました。
「それが『りこん』なんだよ。桃ちゃんは大好きだけど離れなきゃいけない」
「じゃあ、お父さんの所に行けば良いじゃない!」
「お父さんは新しい家族が出来るんだって。だからいられない」
理子ちゃんは悲しそうな顔をしながら言いました。
理子ちゃんも桃と離れたくないようです。
理子ちゃんにも桃にも、どうすることもできません。
ただ離れ離れになるしか無いのです。
「……ねぇ、理子ちゃん。お手紙書こうよ」
「手紙?」
「理子ちゃんが新しいおうちについたら、手紙を書くの。今みたいに」
「今は手渡しだけど、今度は切手が必要になるよ?」
「私はお母さんをせっとくする! 理子ちゃんもやってみて!」
「……うん」
理子ちゃんは頷きました。
引っ越し当日。
桃はいっしょうけんめいに書いた手紙を胸に抱きしめ、理子ちゃんを待ちます。
理子ちゃんは、家から大きなカバンを持って出て来ました。
桃は駆け寄ると、理子ちゃんに手紙を渡しました。
「はい、お手紙」
「ありがとう。……はい、私からのお手紙」
そこには知らない住所が書かれた『桃ちゃんへ』という手紙がありました。
桃は手紙を受け取ると、理子ちゃんに『りこちゃんへ』という手紙を渡します。
理子ちゃんは大切に受け取ると、カバンの中へしまいます。
「返事まっているからね!」
「分かった。手紙はバスの中で読むね」
理子ちゃんは頷くと、カバンを抱え直しました。
「じゃあ、もう行くね」
「うん! また手紙書いてね!」
ばいばい。
桃と理子ちゃんは手を振り合いました。
そして理子ちゃんは、理子ちゃんのお母さんと一緒にバスへ乗って行きました。
後日。
理子ちゃんから、手紙が届きました。
新しいおうちは海が見える、キレイな場所だと書かれていました。
写真も入っていて、理子ちゃんが嬉しそうに笑っています。
お母さんが写真をとってくれたのでしょう。
手紙の内容は『毎日勉強している』と書かれていました。
前よりも手紙の漢字が多くなり、ますます桃には読めなくなりました。
お母さんに読み聞かせてもらいながら、いつか私も漢字で手紙を書きたいと思います。
その時には、理子ちゃんの手紙はもっともっと難しくなっているでしょう。
でも大丈夫。
桃も小学生の読む本を読むようになりました。
難しい漢字も覚え始めています。
いつか理子ちゃんに追いつく。
それが桃の目標です。




