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やがて小さなてのひらは  作者: あわき尊継


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 「さぁー、一年生最後のホームルームも終わりですよー。新学期ではまたクラス替えがありますけど、何かあったらセンセイが相談に乗りますから、気軽に職員室へ遊びに来てくださいねー。おみやげがあるとセンセイはとてもよろこびますよー?」


 相変わらずな物言いを残して、思っていたより呆気無く桃色教師は去っていった。

 教室の中には開放されたような、居場所を失ったような、なんともいえない空気だけが残り、それぞれが近くに居るクラスメイトと顔を合わせて困ったように笑う。


「それじゃあっ、今から予定の空いてる人は一緒に遊びに行くわよっ!」


 こんな時、淀んだ空気を華やかせるのはいつだって彼女だ。


 少しだけ黄色の濃い金髪を左右で纏めてツインテールにした、クラスのムードメーカー。


「馬車の用意はしてあるし、それぞれ所用を済ませたら校門前に集合ねっ」


 エリティア=クラインロッテは後ろで待機していた黒服を促し、参加を希望するクラスメイトの荷物を預かり、馬車までを案内していく。まだ少し校内で用事のある者や決めかねている者には一人ひとりエリティアが声を掛け、後からでも参加を待っている旨を伝えていた。


 静かに教室を出たキマリとシアは、賑わう校舎内から出て校門へ向かった。


「ちょ、ちょっとぉ!? シーアーっ、キマリー! 待って待ってよぉっ!?」


「淑女が走るのははしたないですよ、エリティア様」

「ゆれない」


 追いかけてきた金髪ツインテールに相変わらずな対応をする二人だったが、エリティアは鼻息を荒くして肩をつかんでくる。


「どうして行っちゃうの!? 一緒に遊ぼうよっ、このクラスで遊ぶの、今日で最後になるかもしれないんだよ?」


「予定の空いている方と言われましたので。私たちはこれから用事がありますので、辞退させていただくつもりです」


「え? どこいくの……? あの、私も行っちゃ……だめ?」


「主催者自ら私用で参加しないというのは流石に駄目でしょう……」


「うぅ……こんな日に何の用事があるっていうのよ……」

「魔女協会。とうろくするの」

「ぁ……」


 言われ、エリティアは虚を突かれたように二人を見た。


 シアはいつも通りだったが、彼女と手を繋ぐキマリは少しだけ複雑そうな表情をしている。


「まあ……もののついでですので、姉さんとも改めて会ってきます」

「ホント!?」

「エリィ、うれしそう」

「だ、だってぇ……サラサさん、ずっと気にしてたんだもん……。よかったぁ……、そういうことなら、うん、仕方ない、よね。でも、もし時間があったら後からでも来てよねっ。サラサさんと一緒だって構わないんだからっ」


 本当に連れて行ったら大騒ぎになりそうだが、姉の性格を考えれば話を知ればあらゆる手を尽くして参加しようとするに違いない。


 キマリは絡めた指先をきゅっと握り、エリティアと向き合う。


「来年のクラスがどうなるかはわかりませんが、エリティア様とは今後も競い合う関係となりました。改めて、よろしくお願いします」

「がんばろーね、エリィ」


 手を振るシアの左手には指輪がある。

 エリティアはそれを嬉しそうに見詰め、笑みをこぼした。


「もう何度も言ったけど、『真銀』(ミスリル)の称号獲得、おめでとう、シア」


 称号の授与資格を保有するハーヴェイ自らに、新たな魔道の道標となるとまで言わしめたシアの実演には、各学年の生徒へ与えられる学生向けの称号『空衣』『神無』すら飛び越えて、キマリの姉サラサが塔の魔女となって以来ずっと空席だった『真銀』の称号が与えられた。

 この世には存在しない、幻想の中でのみ言い伝えられる奇跡の金属の名は、無限の可能性を示す。

 実在しないものに穢れはなく、空想はあらゆる夢を実現する。

 そういう意味を篭められた称号だ。


 これにも当然ヴァルプルギスの夜への参加資格がある。


 どころか、指輪の力も当然のことながら、今やシアの名は世界中に轟き、次なる塔の魔女の筆頭候補として広まりつつある。

 前回のヴァルプルギスの夜で選ばれた魔女が保有していた称号なのだから、当然といえば当然だ。


 発表からしばらく、後援者への対応や様々な折衝でキマリは寝る間もないほど大変な日々を送っていた。


 今後の選定での情報戦も見据えて平然と嘘をばら撒き、対立が予想される候補者の関係者が探りに来たときなどは笑顔で相手の意識に枝をつけて、挙句にシア本人には誰一人会わせることなく姿を秘匿したりと、それはもう素晴らしい活躍ぶりだった。


「エリィもおめでとう」

「う、うん……っ。私も頑張らないとねっ」


 シアに言われ、照れた様子のエリティアの指にも、また別の指輪がはまっている。


「…………あのどさくさに紛れて『神無』をかっさらうだなんて、エリティア様も豪胆になられて……」


「ちょっとぉ!? 実力よ実力っ! 正真正銘私の実演がノークフィリアを上回ったのっ!」


 そうなのだ。


 シアの実演で騒然となった選考会だったが、彼女をはじめまだ何人かの実演が残っていた。

 その何人かに入っていたエリティアは、これもまた見事な実演をしてみせ、ちゃっかり『神無』の称号を獲得したのだ。


「ふふぅーん。どっかのだれかさんが作ったパズルを解くのが思いのほか効果あったみたいなのよねぇ。あのセンセイがくれた課題も最後まで解けるようになったし、アンタがぼけ老人みたいになってる間も、新しい課題貰って頑張ってたんだからっ!」


 ほれほれ、とばかりに指輪を見せてくるが、キマリの目は冷ややかだった。


「所詮『真銀』に比べれば二枚落ち、いえ、百枚落ちの称号じゃないですか。既に勝敗は決してますので、無駄な事はせずに軍門に下ってみてはいかがです?」


 いつもの調子で挑発すると、エリティアは表情を硬くして黙り込む。

 ここ最近、この手の話題を自ら振っておきながら毎度こうなる。

 クラインロッテ家も魔道の名門だ。こうして資格を得たのならと、一族を挙げて後援するつもりだろう。


 彼女には多くの恩もあり、多くの迷惑もかけ、そして、キマリにとっては――


「ふ、ふふっん!」


「変な笑いですね」


「アンタ本性見せてから更に容赦なくなったわよね!?」


「ふふふっ」


 ごく普通にこぼれた笑みを見て、またエリティアは表情を硬くする。


 やはり、あれだけの事をした以上、彼女の中にもしこりとして残っているのだろう。

 これからはお互いに立場もある。そのやさしさに甘えるのは、きっとするべきでないことだ。


 馴れ合いもほどほどに。

 キマリが頃合いだと思って切り上げようとした時だ。


「キマリっ、あ、シアっ! ……えと……二人とも!」


 エリティアが胸の前でぐっと両手を握り、頬を赤らめて大声をあげた。

 まるで愛の告白でもされそうな表情だったが、馴れ合いもほどほどにと考えた後だったので、キマリはあえておちょくりはしなかった。


 彼女は何度か深呼吸をして息を整えると、真っ直ぐこちらを見詰めてきて言う。


「私をっ、クラインロッテ家を、アンタたちの後――」



「シアさーんっ、キマリさーんっ!」



 頭上から声が掛かる。

 なんだと仰ぎ見れば、二階の窓に足を掛けたシャルロッテがふわりと飛び出し、木の枝を踏んで降りてきた。


「みずいろ」


 みずいろか。

 角度的に深い位置に目のあるシアの呟きをキマリは聞く。一応、話の途中だったのでエリティアの様子を伺うのだが、彼女はまるで全力疾走でウインスライトを一周してきたみたいに全ての気力を使い果たしていた。


 指に『空衣』の称号保持者を表す指輪をつけたシャルロッテは、飛び降りたときに乱れた髪を直しもせず、子犬がじゃれるみたいに駆け寄ってきて二人の手を取る。

 にこー、とシアへ笑いかけ、キマリへはすっかり憧れじみた感情を滲ませている。


「教室に居なかったから捜したよっ。あのねっ、お話したい事があるの。聞いてもらっていい、かな?」


「うん」

「まあ、先約ももう力尽きてますし」


 言われ、エリティアに気付いたらしいシャルロッテが心配そうにする。

 けれど気にするなとキマリが示すと彼女は素直に頷き、改めて二人へ向き直った。


 ややして、ちょっと慌てたように髪と裾を直す。

 うん、と納得し、こちらを見た彼女は太陽みたいな明るい笑顔を浮かべた。



「私を、シアさんの後援者にしてくださいっ!」



 見た相手まで幸せにしてくれそうな笑顔だった。

 本当に、彼女は明るくなった。いや、本来の姿を取り戻したと言うべきだろうか。

 今や獲得困難とされた『空衣』の称号すら保有し、またこの巨大都市を丸ごと飲み込むほどの感応規模を誇る彼女もまた、有力な候補者として名があがっている。


 キマリが眩しそうに見ていると、手を引かれた。シアだ。

 目を向けると、許しを求めるような顔があり、しかし、キマリは首を振った。


「私はもう、貴女のものです。シア様の思うままに、その道を全力で拓きましょう」

「……うん、わかった」


 以前のように、キマリが何もかもを決めてシアにやらせることはもうしない。

 塔の魔女を目指すのも、シアが望んでいるからだ。

 力が必要とあれば考えを示すことはするが、判断の全ては奏主たるシアに。

 彼女はもうそれが出来る。


 なにより、キマリは今やシアが愛おしくて仕方なかった。


 自分の何もかもを知り、受け入れて、愛してくれる人。

 その存在が塔への執着も過去の苦しみも、全て押し流してくれた。


「いいよ。シャル、私の力になって」

「はいっ」


 残った手を彼女と繋ぎ、二人の間でシアは嬉しそうに笑う。


「はぁっ、可愛いシア様っ」


 そんな訳でちょっと我慢出来なくなった。


「だぁい好きっ、私の奏主っ、シア様っ、シア様っ、ほっぺにキスしていいですか? しちゃいますねぇーっ」


 ちゅっ、と頬を染めてシアにキスしたキマリは、もう心から幸せそうに、また恥ずかしそうにくねくねと身を捩る。

 そんなキマリをシアはいつも通りの目で見て頭を撫でる。

 砂地に膝をつくことさえ躊躇無く、主人の手を受け入れたキマリを少し離れた位置からエリティアが見ている。


「……………………ほんと、どうしてこんなんなっちゃったのよ」


 ツインテールがしょんぼりとうな垂れて、選考会以来からの変貌振りを嘆く。

 彼女が再び気力を取り戻すことをあれほど望んでいたエリティアだが、出てきたものがあまりにも衝撃的過ぎて何も言えなくなっているのだった。


 死に物狂いで搾り出そうとした言葉は最早シャルロッテに持っていかれて何も出てこない。

 後ろで黒服がハンカチで自分の目元を拭いているのだが、どうしたものやらである。


「うふふふふふふ…………きぃちゃったっ」

「ひぃやぁあ!?」


 背後に立った不気味すぎる声にエリティアはひっくり返った。


「みどり」


 すぐさまスカートを直し、立ち上がったものの、詰め寄ってきた真っ赤な髪の女に彼女は涙目になる。


「ごめんなさい、お待たせし過ぎましたね」

 赤さ控えめなドレス姿の女に、キマリは慣れた様子で応じる。

「うふふ、いいのよ。若い子たちの青春なんだもんっ、もっと眺めていたかったくらいだけど、つい、おばさんも混ざりたくなっちゃったのっ」

「アネモネさん、まだまだお若いですよね。たしか前に二十後半だとか」

「あらあらあら、そんな皆さんに比べればもう歳よぉ」

 言いつつ嬉しそうなのでお互いにっこり笑う。

 笑顔、平和、幸せっ。


「どどどどっ、どういうことよキマリ!? あいつって呪術師でしょ!?」

「アネモネさんが襲ったのは私だけですし、あの件本当は通報すらしてませんから、彼女には何の罪もありませんよ?」

「…………ごめんなさい、おばさん調子に乗っちゃったわね……ごめんなさい」

「あぁ、もう、折角明るかったのにエリティア様が変なこと言うから落ち込んじゃったじゃないですか」

「えええ!? 私が悪いの? え? だってだってあの人――」


「エリィ、酷いこと言わない。アネモネは傷付きやすいの」

「エリティアさん、あまり人を傷付けるようなことは……私も経験がありますから、どうか……」


「深刻!? というかアンタたちなんで馴染んでるのよっ」


 なにせ最近シャルロッテは普通に家へ遊びに来ていて、よく晩御飯も一緒に食べている。

 後援の話も昨日今日の事ではないのだ。


「アネモネさんとは、私が呪術を掛けたことと、アネモネさんが錯乱して私を襲ったこととでお互い恨みっこなしとなりました。ついでに、行き場も無いそうなので身元を引き受けさせていただいたんです。貴重な貴重な呪術師ですよ、魔女に対するジョーカーですよ、ふふっ、私が手放す訳ないじゃないですか」


 すっかり黒い影を纏うようになったキマリが笑顔で言う。

 恨みっこなしというが、キマリの受けた被害とアネモネの受けた被害が期間も考えれば絶対につり合いが取れていない。


「というか、結局その人はなんで呪術なんて学んで、このウインスライトに来た訳……? やっぱりどこかの差し金だったりするの……」


「アネモネさんは過去、とても辛いことがあったんです。下らない男に騙され孕み、親元を離れてまで産んだ子が今度は攫われてしまったんです。今は十二かそこらだという話なんですけど、生きているかも分からない娘さんを捜して、ずっとずっと旅をしていて……」

「た、大変なのね……」

 とても鎮痛そうに言われるが、いや実際に凄まじい事実でもあったのだが、あっさり言うキマリにどうにも気持ちが追いつかないエリティアだった。

「今はこのウインスライトに騙した男が居るかもしれないと知って捜しているんですけど、生憎と足取りは途切れてしまっているんです……」


 ところで当人はシアに捕まっていて、ドレスを興味深そうに眺める彼女を見てアネモネは困ったように笑っている。

「なにいろ?」

「うふふふふ、あ・か・よ」

「うん」

「あ、あのシアさん、何を聞いて……?」

 みずいろは分かっているのか居ないのか。ちょっとだけ顔を赤くしているので分かっていそうではあったが、とりあえずシアは納得していた。


 こうして眺めていると、確かに危険はなさそうだとエリティアは納得したようで、ようやく気を抜いて肩を落とす。

「そういうことなら、ウチも協力…………は、ごめん、ちょっと難しいか。前の騒動じゃ、結局ウチの使用人が独断で行ったって話で収まってるんだけど、非が確かにある分、ウインスライト相手にはしばらく強い顔出来ないの……」

「彼女に遺恨無く協力してもらうのに私も調査していますが、やはりもうこの地を離れているようですね」

「そっか。でも、誘拐犯は娘さんが居るかもだけど、騙した男の方は……その、捕まえて償わせるのよね?」

 十二年も前の話だ。立証するのも難しいだろうが、何か考えがあるのだろうか。

「あぁ、別に償いなんて求めないと思いますよ。アネモネさんはきっと見つけ出したら――」

 と、エリティアの耳元に女の吐息が掛かる。

 いつの間にか背後に回っていたアネモネが、熱く湿った吐息に混ぜて言う。ふわりと真っ赤な髪が夜叉のように広がって、


「見付けたらぁ……コ・ロ・ス」


「ひぃやぁあ!?」

 再びひっくり返ることは避けたエリティアだったが、怯えるあまりシアとシャルロッテの背後に隠れてツインテールをびーんと伸ばしていた。


「なっ、なんでさっきから私の後ろに立つのよっ!? びびびっくりするでしょお!?」


「うふふふふふふふ……ごめぇんっ。最近皆さん慣れてしまって、全然怖がってくれないのよぉ」

「うぅ、最初の頃は私が標的だったから、エリティアさんに移って助かりました……」

「危ない夜道を護衛してあげただけなのにぃ……」

「今はもう平気だよっ。いきなり暗闇から浮かび上がってきても、振り返ったら真っ赤な髪が波打ってても、急に姿を消したと思ったら足元の死角とか近くの壁とか天井に張り付いたり、曲がり角から顔だけ出してても、最近じゃ驚かなくなってきたからっ。いつもありがとね、アネモネさん」

「全然大丈夫じゃないわよおおおおお!?」

「うふふふふふ……待って待ってぇ~」


 黒服の周りでバターになるまで追いかけっこをする二人を置いて、キマリは改めてシアの手を取る。

 シアも嬉しそうにして、二人で見詰めあいながら指を絡めた。シアの手が小さいから、全てを絡めるのではなく、半分くらいになってしまうのだが、その感触もまたキマリにとっては幸せだった。


「それで」

「はいっ」

「エリィは仲間に入れなくてよかったの?」

 シアの目が黒服の辺りをくるくる追っていた。

 元より誘いを掛ける予定だったのだ。

 最終選考があった後、彼女からかつて伝えられなかった言葉だと、そしてあの長期休みの合宿で言い損ねていた、塔の魔女を目指した理由を聞かされた。

 キマリの道を自分が示す。

 そんなことを考えて、今や『神無』の称号を得るほどにまで成長しているエリティアを、キマリもとても嬉しく思う。

 色々事情はあるかもしれないが、彼女の同意さえ取れてしまえば、元よりキマリの後援をしていたクラインロッテ家を取り込むことも出来るだろうという目算がある。

「うーん」

「さっき言おうとしてたこと、ほんとうは分かってるよね」

「バレてますか」

「キマリはエリィがだいすきだよね」

「一番はシア様です!」

「……うん」

「照れるシア様も大好きですっ」

「うん」

「ふふふふぅ」

「んーっ」

「ところで、もうこの場のほとんどの方の色は分かりましたが、私のも知りたいのですか?」


 問えば、じっと見詰めてくる目がある。

 キマリはすっと身を寄せ、シアの耳元で囁く。


「ナ・イ・ショ・ですっ。でも、シアさまがどうしても見たいと仰るのなら、えぇ、私はシア様のものですから、そこの物陰で強引にされたらきっと抵抗なんて出来ませんっ、きゃーっ」


「ちょっとぉ!? シアを怪しい道に誘ってるんじゃないわよ!? 大体なんでシアはやたらと他人の下着の色気にしてるのよっ、キマリっ、アンタ変なこと吹き込んでるんじゃないでしょうねえ!」


「ちがいますよーぅ。第一、変なこととはなんですか? 私とシア様は主従、心と心で繋がった、世界で一番お互いを大切に想っている関係なんですよ?」


「なんか後ろが否定の補強に思えないんだけどっ。シア本当に大丈夫なの? 何かあったらいつでも逃げてきていいからね?」


 心配そうに言うエリティアだったが、シアは少し照れた様子で、口を尖らせて言うのだ。


「…………ないしょだもん」

「キマリぃ!?」

 ぎゃーっ、と背中に真っ赤な髪の女を背負いつつ吼えるエリティアから、キマリは一目散に逃げ出した。

 先に駆けていたシアと手を繋ぎ、共に視線を合わせると、声に出して笑い出した。


「あっははははははははははははははは!!」

「ふふっ、あはははははははははははっ!!」


「待ちなさいよアンタらぁあああああああああああ!!」


    ※   ※   ※


 校庭を駆ける三人と背中にしがみ付く一人を遠巻きに眺め、シャルロッテはふと歩み寄る姿に気付く。


「騒がしいかったのでな」

 ハーヴェイは少し気まずそうにしていたが、シアに称号を与えたのは他でもない彼だ。

 シャルロッテは笑みを濃くして、その光景を眺める。

「楽しそう」

「あぁ……それはいいのだが……んんっ、その、あの二人は、どうなのだ」

 どうやらしばらく前から会話を聞いていたらしい。いや、あれだけ騒いでいたのだから、聞こえてしまったが正しいか。


 シャルロッテはちらりと父親代わりの人を見て、照れたように頬をかく。


「その……別に変な話じゃなくって……」


 本当に、キマリはシアを大切に想い、シアもまたキマリを大切に想っている。

 共に過ごす時間が増えるほどに、ちょっと妬けてしまうくらいに、二人の繋がりを知る。

 けれどそれだけだ。

 多少濃いめの触れ合いはあっても、ふしだらなことはしていない。


 ただ言いづらいのも確かで、シャルロッテはついハーヴェイの目を気にしてしまい、我が事のように照れる。


「シアさんに…………そろそろ、下着の上下を揃える時期かなって……そういう話があるの……」


 耳まで顔が熱くなる。

 それでもちゃんと教えなければ、今後共に後援者となってくれるハーヴェイが無理に二人を引き剥がしかねない。


 シアは今まで下しか身に着けていなかったのだ。

 そろそろ上をと、先日三人でお店へ言ったのだが、どれを買えばいいのか悩んでしまい、まだ、なのだ。


「んん、んっ、そ……そうか」


 共に気まずい空気を味わいつつ、しかし大人の余裕なのか、ハーヴェイは重ねた。


「その事実を、彼女にも教えてやればいいのではないか」

「あはは」


 追いかけっこを続ける三人と背中の一人を見る。

 早くも息切れをするエリティアを見ると、シアもキマリもそれとなく速度を落として様子を伺い、再び走り出すとまた楽しそうに笑って駆けるのだ。

 結局アネモネが背を押す形となり、エリティアは叫ぶのも辛そうにしつつ、けれど義憤に駆られているのか、一生懸命に二人を捕まえようとする。


「それは――あの二人がエリティアさんのことも大好きだからじゃないかな」


 強い風が駆け抜けていった。

 この眩しい光景を目に焼き付けるように、シャルロッテは眺めていた。


 一人、すぐ近くを顔を俯かせて通り抜けていく生徒に、ちらりと目をやって。


「……あの子は」


 ちくりとしたのも少しだけ。

 一歩踏み出し、シャルロッテも彼女たちを追いかけ始めた。


 今は前へ進もう。


「待ちっ、待ちなっ、さいよ……っ、キマリィィィイイイ!」


「エリィ、もうちょっと」

「さあっ、あと一息ですよっ」


「おちょくってんじゃないわよぉ!」

「うふふふふふ、若いってス・テ・キっ」


「私もっ、私も混ぜてぇーっ!」


「追いかけっこじゃないのよっ!?」


 楽しげな声は空に溶け、塔を登った。

 神の座へ至る、この途方も無い道は、まだ始まったばかりである。


 天を貫く砂漠の塔は、静かに、この世界に佇んでいた。





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