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 壇上を見下ろす形で半円を形作る座席の列がある。

 左右の壁面には四階層からなる特別席があり、案内された時にはもういくつかの人影が見て取れた。

 赤い垂れ幕を左右に引いた壇上は一際強烈な照明が当てられており、薄暗い客席の雰囲気なども合わせて、まるでオペラ劇場のようだとキマリは思った。


「シア様、こちらへどうぞ」


 素早く後方の席を確保したキマリが着席を促す。

 シアは帽子を脱いで膝上に置き、浅く腰掛けて息をつく。途端、腰元に強めの感触がきて姿勢がまっすぐになった。


「足は揃えて斜めに」

「うん」

「私はすぐ後ろにおりますので、何かあったらお呼び下さい」

 シアの姿勢を正した後で、音もなくキマリが離れて行った。

 キマリがそうであるように、従者を連れた者は少なくない。エリティアの黒服たちのような者までもが同席出来る筈もなく、入学生以外は例外なく後ろで待機させられている。後ろの席を選んだのも、キマリがシアの傍に居られるようにという考えだった。

 早くも徒党を組んだ少女たちが楽しげに小声で談笑する声が聞こえる。

 元よりエリティアをはじめ、優れた家柄を持つ者が学院生には多いのだ。


 しばらくして客席の照明が落とされる。

 壇上の奥から姿を現したのは、これまた古めかしい、オペラ歌手のような格好をした男だった。


「はじめまして、新入生の諸君。私の名は、ハーヴェイ=ブルトニウム」


 空気の振動を増幅した、拡声魔法による声、ではなかった。

 深い響きを称えた、壇上から放たれる男の地声だ。式典会場の後方まで満たされた響きには荒々しさや強張った様子はなく、とても伸びやかで美しいとさえ称せるものだ。


「そしてようこそ、魔道の粋、クラインレスト学院へ」


 いつしか人の声は彼のものだけとなっていた。


「さる二年前、とある布告が発せられたことは諸君の記憶にも新しいだろう。この世を統べる塔の魔女、七つあるとされる、その一つで魔女の死期が迫っているという内容だ」


 300年前に世界を掌握した魔女の中には、不老不死として現代に生きる伝説となっている者も居るが、全てがそうではなかった。

 人としての寿命を保ったまま死に行く者は、死期の到来を悟った時、塔の管理権を与える次代の魔女を選定することになっている。


「死に行く魔女に成り代わり、次代の塔の管理者となるには、魔女協会の定める各種称号と、名と対になる指輪を手にしていなければならない。当学院にもソレはある。


 卓越した感応能力を持つ者に与えられる、『空衣』(スカイクラッド)

 最も強い現実侵食力を持つ者に与えられる、『神無』(カミナ)


 諸君らの中にも、これを求める者は居るだろう。

 他にも当院では複数の称号授与資格を所持しているが、選定の儀式が始まるまでに、現時点より取得可能な称号としてはこのくらいだろう。その点において、当院はきわめて高い価値を持っていると言える。


 第一に、当院の入学資格は基礎課程を修めている者で、年齢が二十歳を越えない者であれば良い。

 第二に、先だって挙げた二つに関して言えば世界でも数少ない重複が認められる称号である為、銘有る者を押しのける必要が無い。あくまで一学年に一人という縛りは存在するがね。

 本来は若く才有る者の未来を後押しする意味で与えられる称号だが、共に選定の儀式への参加資格も有している。


 全く以って、歳若い諸君らにとっては都合の良い、狙いどころの称号という訳だ。

 中には一年目で称号を獲得し、後は退学なり休学して儀式へ参加しようなどと考えている者も居るだろう」


 冗談めかした口ぶりに、笑いが漏れる。


 彼の言う事は、おそらく幾らかの新入生が考えていることだ。

 他の競争率の高い空位の称号を狙うよりも、年代が絞られ、先代を追い落とす必要もない称号というのは、儀式開始までの時間を考えれば世界に数えるほどしかない。


 ダン――踏み鳴らされた壇上に、騒がしくなり始めていた席列が静まり返る。


 壇上、男は苛立たしさ隠す様子もなく、言って捨てる。



「|思い上がるなよ、小娘ども《’’’’’’’ ’’’’》」



 ざわめきは瞬く間に広がる。

 気の強い者は腰を浮かせ、あるいはその顔を忘れるものかと睨み付けた。

 泰然と眺めている者も、次に何を言うつもりなんだと待ち構えている。


 キマリは、ただ静かに座って壇上を眺めるシアを見ていた。


「称号とは、当代における比類なき才能の証明である。選定の儀式に合わせて取得しておこう、などという程度の気持ちで得られるものではない。また、並の天才などこの学院の歴史には履いて捨てるほど居る。諸君らの中に並ではない才覚の持ち主がいることを私は期待しない。学院とは才能の発掘所ではないのだよ。諸君は未熟で、己の実力を見誤った愚物である。故に入学が認められた事実をここに示しておこう。我々も暇ではない。教える必要の無い者には相応の場を用意した」


 よいか、と差し出した手のひらが示す。


「我々は諸君らが十年後、二十年後に良かったなどと言い合える思い出を作るためには居ない。


 我々は来る二年後に開催される選定の儀式、ヴァルプルギスの夜で通用する偉大な魔女を生み出す為にここに居る。


 当院で過ごす二年、心して学びたまえ」


 それで話は終わったらしい。

 礼もせず、終了の宣言もなく背を向けたハーヴェイは、壇上の奥へと去っていく。


 左右の壁面にある貴賓席から拍手がして、新入生は取り残されたまま呆然としている。

 一方的な侮辱にいきり立つ者も居たが、既に相手は姿を消していた。


「それでは新入生の皆さんはー、受付で渡された札に従って担当教師の元へ集まってくださーい」


 後方の扉が開け放たれ、眩しい陽の光が会場へ注がれた。

 そこに立つ桃色髪の女へ一目やり、キマリはシアへ寄っていく。


「おつかれさまです、シア様」

「話聞いてただけだよ?」


 少しは怒りを示してくれても良かったのだが、困った事にキマリの主人は極めていつも通りなままだった。


 発奮させる為の安い挑発、というだけではないのだろう。


 彼は侮り、煽り、見下す発言をしていたが、結局は育て上げると宣言していたのだ。

 あれで一番苦境に立たされたのは生徒ではなく、教師たちなのだろう。

 どれほどの人物が見に来ていたのかは分からないが、これで誰一人として称号を与えられなかった場合、クラインレスト学院の名声は地に堕ちる。


 ハーヴェイ=ブルトニウム。


 聞いていた通りの苛烈な男だったが、周囲が幼稚な陰口を叩いているのはお門違いだ。

 彼は八年前にも開催されたヴァルプルギスの夜で選ばれた、最も新しい魔女を直接指導していたのだから。


「ちょっとっ! アンタたちのクラスどこよっ」


「さあシア様、参りましょう」

「うん」


「待ちなさいよキマリ! ちょっとっ……ほんとに無視して行っちゃうの? ねえ待って、待ってよっ、私はフィーゲルだからっ、ねえっ」


 残念ながら金髪ツインテールとは最低一年の付き合いになるらしい。

 少しだけ口元を緩ませたキマリを見上げつつ、シアは後ろで騒がしいのをそのままに会場を出た。





各種称号の授与資格は魔女協会によって与えられる。

授与資格は国や学院のような組織が保有する事もあれば、個人が有する場合もある。



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