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やがて小さなてのひらは  作者: あわき尊継


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 繁華街にはワクワクするものが一杯だった。

 いろんな食器を扱ったお店や、大型の食材店、日用品を集めた雑貨屋、子どもの遊び道具を扱う玩具屋に簡単な薬などを扱った薬局。

 人ごみを一人で歩いた事の無かったエリティアは度々人にぶつかりつつ、何度もごめんなさいと叫びながら、結局は見かねたシアよりも小さな少年少女たちに連れられてようやく現場にたどり着いた。


「ここが犯行現場ねっ!」


 左右どちらも女の子と手を繋いでいるのでポーズは取れなかったが、心意気だけは名探偵のまま言い放つ。


 ばんざーい、と女の子たちが手をあげるので、合わせて持ち上げる。ちょっと楽しかった。


「へへん、俺たちを頼るなんて、姉ちゃんも分かってるね」


 何故か小粋な口調で鼻先を親指で払う少年は、得意気に犯行現場となったカフェテラスを手で示す。


「何を隠そうっ、俺たちはあの日悪い奴がちびっこいのに襲い掛かるのを見てたんだからなっ!」

「みてたーっ」

「うんうんっ、近くでカードゲームしてたのっ」

「へへんっ。あの時ァ、俺の圧勝だったからなァ」

「いっつも駄菓子屋のおばあちゃんが買い物する人の相手するの待っていいカード探すもんね」

「あそこレア抜き禁止なんだぜー?」

「うっせーよ! こないだ口止めに俺のレアカードやっただろ!?」


 などと話が逸れていくのだが、エリティアは真剣な表情で周辺を確認していった。


 この襲撃事件では、犯行時の流れが極めて細かく判明している。証言がほぼノークフィリア家のものというのが腹立たしくもあるが。


 犯人はまず、このカフェテラスがある広場の反対側で潜伏していたという。

 現場は多くの観光客も居て、ここに来るまでに見た同じようなものの、何故か値段が高く設定された土産品を売るお店があった。

 お団子屋さんがあったので、皆に好きなものを買ってあげて、お店の外に設置された竹のベンチに腰掛けて腹ごなしをする。


「ありがとーっ」

「お姉ちゃん太っ腹ぁ」

「こらっ、女の人に太っ腹なんて言っちゃだめなんだからねっ」

「へへん、中々豪気なことをしやがるぜ。こりゃ俺たちもいいネタあげねえとなっ」


 中々においしいお団子を食べ終えて、渋みのあるお茶をいただきながら改めて広場を眺める。


「確かにここからなら、あのカフェテラスを見張れるわね」


 あのお店にはノークフィリアのご令嬢もよく通っていたという。

 それほど高級店には見えないのだが、もしかしたらとてもおいしいのかも知れない。今日はお団子を食べてしまったので駄目だが、次来るときにはあちらの検証も兼ねて看板にあったランチティーセットを試してみるべきだろうか。


「あそこねー、スタンプ集めるとくまさんグッズもらえるんだよー」

「お前ちまちま集めてたよな」

「うんっ。あとちょっとでぬいぐるみもらえるんだー、えへへ」

「へへん、俺にぁあのぶっさいくなくまの何がいいんだか、さっぱりだねぇ」

「えーかわいいよぉ」

「あの性格キツそうな子がくまのぬいぐるみ欲しさに通うかしら……ううん…………」


 エリティアの中では選考会当日にやたらと噛み付いてきた印象しかないので、彼女がこの少年少女たちのように素直な子とは思いづらい。

 あのぶさかわいいくまは良いと思うけれど、あの子ならもっと凶暴そうなのを好んで集めそうだ。


 ともあれ彼女があそこに通っていたのは確かなようで、それを知っていれば待ち構えて襲撃する事も可能だろう。

 観光客も多く、真っ赤な服装さえ隠せば紛れ込む事は出来る。


 そういえば、この件では全身が真っ赤だったという話は聞かない。

 もし髪まで真っ赤にするべくかつらでも被っていたら、そう繋がりがあったのでもないノークフィリアの人たちに侍女の顔が一発で分かったとも思い辛い。

 聞いたのは、赤い服を内に着ていたと言うだけで、結局襲撃者は護衛に呆気なく追い払われているから、呪術を使った事実もない。


 ただ、赤というイメージから、襲撃者が呪術師であるとされているだけだ。


「………………んー?」


 よくわからなくなる。


 呪術も使わず、全身が真っ赤だったというのでもなく、けれど何故かノークフィリアの令嬢は呪術師であると決めてかかっていた。

 仮に襲撃者が侍女だったとして、呪術師に仕立て上げる意味が分からない。

 それまで起きた罪をクラインロッテ家へ被せようとしたのだろうか。

 けれどあの少女の剣幕は、嘘を言っているようにも思えなかった。コレは、単に勘でしかないのだが。


 まるで、赤というイメージが重なれば、呪術師であることが当たり前みたいに扱われている。


「謎は深まるばかりね……」


 その後も襲撃者が逃げていったという場所を一緒に調べてみたけれど、取り立てて変わったものは見付からなかった。


 ただ、ふと振り返ってみた広場は、とても多くの人で溢れていて、待ち伏せという形式上、とても計画的なものに思えた。

 一方でこんな場所では、あまり長い時間を使えない。

 人の多い場所柄か、繁華街の中には警邏隊の詰め所もあって、何かあればすぐに彼らが駆けつけるだろう。

 だから、初手の奇襲に失敗した襲撃者がすぐさま逃げ出したというのは理に適っているけれど、それを狂人と称される呪術師が行ったとするにはあまりにも不審な点が多い。

 なのに何の疑いも無く呪術師であると、ノークフィリアだけでなく多くの人が言っていた。


 赤。


 赤い女。


 呪術師は、何をしにこの都市へ来たのだろうか。


    ※   ※   ※


 それからも、エリティアは証言のあった現場を幾つも訪れた。

 事件は都市全体へ、驚くほどの頻度で行われている。

 毎日ではない。けれど北で事件が起きた後にすぐ南で事件が起きている場合もあって、飛行船を使ったとしても間に合うようなものではなかった。

 そもそも呪術師は常に追われていた筈で、全身を真っ赤にしているという非常に目立つ格好だ。そんな人間がわざわざ見付かるような危険を冒してでも飛行船に乗るだろうか。乗ったとして、なら何故そこまでして襲撃を行ったのか。


 襲われた人の中には有力な候補者とされる魔女も居れば、なんでもない一般人や名前を聞いたことのある資産家も居る。

 南北に分かれた襲撃事件の被害者は共に年老いた魔導士で、それぞれ別の魔女を後援していた。被害者は未だに治療中とのことで、なんとか居場所の割れた一人に会いに行くと、彼女の治療に携わっていた人は、呪術師に襲われたなんて話も知らず、魔女の口付けを見たこともないと言っていた。


 調べれば調べるほど分からなくなっていく事件に、エリティアは疲れた身体を引きずって屋敷へ戻っていた。


 けれど、途中で異変に気付く。


「…………あぁー……」


 やらかした。


 認識阻害の魔術が切れている。

 この暑い都市を連日駆け回ったせいか、どうにも疲れが溜まっていた。


 ようやく屋敷の前へたどり着いた時、エリティアはもう誤魔化すのを諦めて、立っていた黒服へ素直に声を掛けた。


「ごめんなさい。こっそり抜け出しちゃってたの…………おじいちゃん、怒ってる、かな?」


「エリティア様!?」


 それが、普段連れ歩いていたお菓子先生こと黒服であったことに遅れて気付く。


「ああごめんなさいっ。私だって悪かったと思ってるわよぉ……でもやっぱり気になっちゃって」


 黒服が呆然とこちらを見ている。

 あれ、何か違っただろうかと疑問に思ったのも束の間、黒服は周囲へ目をやり、他の者へ合図して扉を開けさせた。


「とりあえず中へ。外は危険です」

「う、うん……?」


 そうして屋内へ案内される。

 お菓子先生はそれでも緊張を保ったまま、人で固められた客室へエリティアを通す。


「このような所で申し訳ありません」

「ううん。けど、どうしたの? 私が抜け出しちゃって、そんなに怒ったの……?」

「いえ、その件については誰も気付いていませんでした……。今後そのようなことがないようにとお願いするばかりではありますが、まずは状況を説明します」

「うん……」


 なんだかとても嫌な予感がする。


 黒服たちもいつもに比べて過剰なほど警戒しているし、そういう雰囲気を、魔女であるエリティアは無意識下の感応によって感じ取ってしまう。


「いつもエリティア様をお世話していた者の中に、黒髪を短く切りそろえた侍女が居たのを覚えてらっしゃいますか?」

「うん。知ってる。ちっちゃい時から一緒だったし……」



「彼女が今日のお昼前に、エリティア様と同じ学院に通っていた、そして先日『空衣』の仮称号を獲得したシャルロッテ=トリアを襲撃したそうです」



「ぇ………………?」


 何を言っているのかよく分からなかった。

 彼女が、あの侍女が、幼い頃から面倒を見てくれていて、キマリが呪術師に襲われた時にはシアの付き人を任せもした…………そして同時に、ノークフィリアの証言から右腕に印となる傷があって、首元に魔女の口付けを持っていた………………。


 黒服の言葉がぼんやりと頭に入ってくる。


「幸いにも相手は怪我もなく、一緒に居た学院代表のハーヴェイ様によって囚われました。ウチの者が出向き、警邏隊によって確保されている彼女の姿も確認しています。どうやら、彼女が襲撃した事は間違いないようです。問題なのはここからで、どうにも都市で頻発していた呪術師による襲撃が全てクラインロッテ家の自作自演だという噂が都市中へ広がっていて、少し前まで屋敷前には市民団体による大規模なデモが行われていました。その際、エリティア様は自室で普通に過ごされていたものとばかり…………いえ、この際危険から遠ざかっていたと考えましょう。それで、クラインロッテ家の関連会社や別宅へ向けて、投石を行う者が出るなどの状態に陥っています。都市運営議会からも正式に追放の指示が出されようとしているとあって、今ご祖父様が直接出向かれています」


 彼はゆっくりと、エリティアが噛み締める時間を持たせながら話してくれたのだが、どうにも早口で捲くし立てられているようにしか感じられなかった。

 それくらい、信じられないでいる。


 あれだけ不審な理由を見ておきながら、未だにエリティアは彼女を信じていた。

 優しくて、責任感が強くて、頑張り屋の彼女がこんなことをする理由が思い浮かばない。


 しばらくそこでぼんやりしていると、部屋に入ってくる人が居た。


「おじい、ちゃん……」


 白い髭をたっぷり生やした、丸い眼鏡のおじいちゃん。

 いつもエリティアを甘やかしてくれた優しいおじいちゃんは、最初険しい顔をしていたけれど、すぐにやわらかく微笑んで対面に座った。


「屋敷を抜け出してたそうだね」


 いたずらっぽく切り出した最初の話題がそれだった。

 彼は怒るでもなく、どこか得意そうな顔で続ける。


「私も昔は、よく勉強をほったらかしにして逃げ出したもんさ。そうやって外の世界を知っていった。いつも食べてる高級な食事より、外のなんでもない屋台の食べ物がとてもおいしく感じられたよ。エリィは、何か気に入ったものがあったかい?」

「…………おだんご、おいしかった」

「そうか」


 にっこり笑ったおじいちゃんは、しかし、詰まった何かを吐き出すようにそっと息をついた。


 少しだけ、部屋へ入ってきた時に見た険しい顔つきに近付く。


「侍女のことは、もう聞いているね」


 彼はエリティアにというより、近くに控える黒服へ目を向けていた。

 頷く黒服に、改めてエリティアを見る。


「称号の子を、襲ったって……そんなことする子じゃないのに……」


「理由があれば、それが強ければ強いほど、人はどんなことでもしてしまえるんだよ」


 悲しそうな声に、目じりから涙が溢れた。


 理由。


 なんだろう。


 なぜ彼女はシャルロッテを襲ったのだろうか。


「その子の部屋を調べさせた。私物に厳重な鍵を掛けた大きな箱があってね。認識阻害で存在から隠蔽されていたそうだ」


 ふるふると首を振る。

 聞きたくない。そう示したのに、おじいちゃんはまた少し表情を険しくして続ける。


「箱の中には、キマリちゃんの、あぁ今はキマリさんと呼ぶべきかな…………あの子の幼い時からの写真が大量に収められていた。彼女がこの屋敷に居た間に使ったと思われる服や下着や、私物らしきものまで、大量に」


 何故、赤い女はキマリを二度に渡って襲ったのか。

 何故、他の襲撃は路地などの外部で行われていたのに、二度目の襲撃時には部屋の中にまで押し入っていたのか。


 ノークフィリアを襲った時、あえて姿を晒して、その矛先をクラインロッテ家へ向けさせる事で、キマリへ宣戦布告をしていたエリティアの調子を崩させたのだとしたら。

 シャルロッテ=トリアは『空衣』を狙うキマリたちにとって途方も無い障害となっている。彼女さえ居なくなれば、第三回で見せたあの見事な魔女術(ウィッチクラフト)からして、『空衣』の称号をシアが獲得するのは想像に難くない。同時に、自身を雇っているクラインロッテ家が糾弾されれば、邪魔なエリティアも排除できる。


「取調べが公正なものとなるよう計らってきた。少なくとも、都合の良い証言をさせられて無闇にウチが苦しめられる事はないだろう。一応、都市議会とも話をつけて、様々な譲歩は必要となったが、都市から追放される事もない。この件も長期休みが終わるまでには収束させるよう、方々に協力を取り付けてきたから、学院へ通うことに問題はないだろう」


 そんなこと、慰めにもならない。

 記憶から薄れたところで、あの日ノークフィリアが言っていた事の全てが事実だと認めるしかないのだ。

 襲われたもう一人の子も、無事だったからよかったものの、もし怪我をさせていたらと思うと、申し訳なくて何を言えばいいのかも分からない。


 どうすれば償えるのだろうか。そんな事を思って俯いていたエリティアに、やさしいおじいちゃんは言う。


「学院を、離れるかい?」


「…………ぇ?」


「無理をすることはない。学院を離れ、故郷に戻って、屋敷で静かに過ごすのも良いだろう。被害に合った人たちには、当家から十分な補償をし、時間を掛けて謝っていく。それは、本来の雇い主である、おじいちゃんのすることだ。エリィはただ皆を信じて、一緒に過ごしていただけなんだから、悪い事をしたのは侍女と、そんな彼女を見抜けなかったおじいちゃんだ」


 違う、と言いたかったのに、大きくて皺だらけな手で頭を撫でられると、涙がこみ上げてきて喉が震えた。


「でも…………っ、私、塔の、魔女、に……っ……」


「いいんだ。大丈夫だ。少し落ち着いたら、今度はおじいちゃんと一緒に出掛けよう。お父さんやお母さんには怒られちゃいそうだけど、夜更かしにだって付き合ってあげるよ」


 首を振る。

 それしか出来ないけれど、どうしたって頷くなんて出来なかった。


「どうして、そこまでこだわるんだい。塔の魔女にならなくたって、おじいちゃんがエリィの望む事はなんでも叶えてあげるよ? 自分でやりたいのなら、それが出来る方法をゆっくり教えていってあげる。ヴァルプルギスの夜には危険が多い。心配するおじいちゃんやお母さんたちの気持ちも、分かって欲しいな」


 首を振る。


「…………そう、かい。そうか。嫌、か」


「ごめん、なさい……。でも、どうしても、ここで終わるなんていやなの。まだ私、何も伝えられてない。私は――」


「無理だよ。エリィには無理なんだ」


 唐突に、いや、ここに至るまでゆっくりとした変化があって、そうして、成るべくして成ってしまう。


 やさしいおじいちゃん、ではなくなった。


 今目の前に居るのは、やさしさの仮面を外した、クラインロッテ家の当主だった。

 彼は真剣な表情でエリティアを見据え、躊躇いを振り払いつつ、自ら血を流すように、言うのだった。


「エリティア。君は塔の魔女にはなれない。才能がない。フィーリス=ノークフィリアのような、シャルロッテ=トリアのような、圧倒的と言える才能が足りないんだ。確かに学生向けの称号を得るくらいは出来たかもしれないけれど、ヴァルプルギスの夜には成熟した魔女も多く参加する。そこでは、本当に凄惨な陰謀と目を覆いたくなるほどに汚い人の心と向かい合う事になる。今回の件など、ほんの些細な出来事でしかない。君にそれは耐えられない。どこかで命を落とす」


 初めて見る表情に怯えはあったが、それでもまだ首を振る事は出来た。


 すると、彼はまた表情を険しくすると、短剣を手渡すような口調で継いだ。


「この長期休みに入ってから、一度でも真剣に鍛錬をしていた日があるのかい」


 無かった。

 呪術師の捜索と自分に言い張って、完全に鍛錬から逃げ続けていた。

 抜け出さなかった日でさえ、気持ちが乗らず、捜索の疲れを癒すんだとのんびり過ごしていた。


「屋敷を飛び出していたことは、初日から分かっていたんだ。けれど、気分転換になるのならと黙認していた。密かに護衛も付けていた。なのにいつまで経っても始めない。だから私は、もう諦めたものとばかり思っていた。鍛錬もせず、毎日遊びまわっていて、才能もない。なのに君は塔の魔女を目指すと、あの二人に、キマリさんに言えるのかい?」


 止め処なく溢れる涙に、しかしクラインロッテ家の当主は動じない。

 おじいちゃんなら、涙一つ見れば大慌てであやしてくれただろう。


 けれど彼は今、本当に真剣に、エリティアと向かい合っている。


 本来は喜ぶべきものなのに、向かい合う自分はどうしようもなく愚かで甘えた人間なのだ。


「もし、君に才能があるとするなら、とても努力家だったことだ。たった二年でここまで成長するとは誰も思っていなかった。もしかすると、なんて期待する人も居た。けれど、結局はその努力も、見せ付けられた実力や状況を前に続けられなくなった。だめなんだよ。あれはその程度の覚悟で目指せるものじゃない。いや、目指すべきではない」


 わかったかい。

 そう言って、再び彼はやさしさの仮面をつけた。


 いいや、おじいちゃんは心からエリティアのことを想ってくれている。

 だからこそ、才能の無いエリティアを、これ以上傷付ける事がないよう、ここで諦めるよう言ってくれているのだ。


 首も振れなくなった姿を見て、おじいちゃんは悲しそうに、けれどやさしく笑うと、また大きな手で頭を撫でてくれた。


「まだしばらくは騒がしいから、この屋敷の中で大人しくしているんだ。落ち着いたら、一緒に故郷へ戻ろう。皆エリィに優しくしてくれる。お父さんやお母さんも安心するだろう。お姉ちゃんも、エリィに会えないって悲しんでいたんだ。安心させてやりなさい」


 じっと見詰められているのを感じる。

 けれど、やがて彼は手を退けると、黒服へ一つ二つ言い残して部屋を出て行った。


 結局首は振り返せなかった。

 同時に、頷きだって、しなかった。





クラインロッテ家は最古の魔道の流れを汲む一族だが、塔の魔女を輩出した事は一度もない。

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