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 天を貫く塔がある。

 それは、300年もの昔から世界における平和と、調和と、支配の象徴だった。


 300年前に世界を混沌へ落とす大戦争を制したのは、国家でも、英雄でも、神の御使いでもなかった。


 魔女。


 それが世界の支配者で、頂点で、神の名前だった。


 世に七つあるとされる魔女の塔、その一つのお膝元に広大な都市がある。

 地図の上では四方を砂漠に囲まれた巨大なオアシスのようで、塔を中心に爆発的な発展を遂げていた。

 名前をウインスライト。魔道の最高峰、学術都市として始まり、日夜100以上もの飛行船が出入りする大都市だ。


 とりわけ、三つの魔女術(ウィッチクラフト)を専門とする学院は、世界中から王侯貴族までもが入学を望み、数々の歴史的偉人を生み出してきた実績を持つ。


「胸を張り、堂々と進んでください」

「うん」


 黒の三角帽子と、同じく黒に金の刺繍が縫い込まれたインバネスコートを羽織ったシアの少し後ろで、従者として立つキマリが呟く。


 背後で馬車が去っていくのを待ってから、レンガ造りの大門を越え、赤白様々な花の植えられた庭を二人で進んでいく。向かう先には壁面に蔦を這わせた、古めかしい校舎がある。学院を囲う塀と同じく、趣のある赤土の色と、花を模した鉄細工が入り口に飾られていた。

 今日は入学式というのもあって、そこへ更に花が飾られ、黒のローブを纏った魔導士(メイガス)たる教師が立ち並んで新入学生を出迎えていた。


 校舎前の広場に辿りついた時、キマリはすっかり周囲の視線が集まっている事に気付いた。


 大きなツバを持つ三角帽子こそあるが、やはりシアの白髪は目立つ。少し青み掛かって見える彼女の髪は、幼いながらも存在感を放つ顔立ちも相まって非常に人目を引く。


 重ねて、と。


 キマリ自身も、そこらの貴族令嬢では顔を伏せて逃げ出したくなるほどの美貌を持っている。

 シアをして月の光のようだと称された白金の髪に、起伏に富んだ、けれどしなやかな立ち居振る舞いの彼女が従者として並び立っているのだ。学生ではなく、付き人として来ている為に魔女の服装はしていないが、質素ながらもどこか華のある彼女の姿は、だからこそ余計に人目を集めていた。


 胸元へ手をやり、緩めるように風を送り込む姿に、一部で黄色い声があがった。


「熱い?」

「少し……。いえ、私の方が緊張しているのかもしれませんね」

「そう」

「シア様は大丈夫なのですか? お生まれの土地に比べて、ここは気温も高い場所ですし」


 緑化と都市中を流れる水路のおかげで砂漠に比べると遥かに涼しいが、年中雪に閉ざされた地域の生まれであるシアにとっては厳しいはずだ。


「意外と平気」

「そう、ですか」


 意外と順応性は高いらしい。


「日陰行く?」

「いえ」

 と、キマリはどこからともなく日傘を取り出し、シアへ陰を作るようにして差した。

「私、帽子あるよ?」

「帽子ごしにも日差しは入り込みますから、これでいいんです。それよりも、馬車を降りてすぐに差しておくべきでしたね」

「ううん。ありがとう、キマリ」

「はい、お優しいシア様」


 そうして二人は前庭の中央で人々の視線を浴びながら、式の始まる時間まで待っていた。


 騒がしくなったのは、そろそろ時間かとキマリが懐中時計を確認していた時だ。



「キマリッ!?」 



 庭中に響き渡るような叫びが大門の方から放たれた。


 後ろに十人ほどの黒服を従えた少女が、信じられないものを見たかのように大きな瞳を更に見開いて呆然と口内を晒していた。

 キマリよりも少しだけ黄色の濃い金髪。それを左右で束ねたツインテールの少女は、身体つきがキマリより少し小さく、やや起伏には乏しい。丸みのある童顔には化粧気があり、口元には桜色のルージュが艶を添えている。

 彼女は、風に三角帽子を置き去りにし、周囲の目も気にせず詰め寄った。


「キマリ!! アンタっ、今までどこ行ってたのよ!? なんで誰にも何にも言わないでっ、っ! というか、どうしてここに居るの? もしかして――」


「落ち着いてください、エリティア様。声を荒げるなんて淑女らしくありませんよ」


「様……? だ、だってアンタ、私がどれだけ心配したと……っ!? ち、違うから! 心配とかじゃなくて! そんなんじゃなくて! でも、だってぇ……」


「怒るなら最後まで貫いてください、エリティア様」


 勢い良く心配を否定したエリティアだったが、萎んだすぐ裏に弱気な彼女が顔を出す。

 けれど、ツインテールの少女はすぐさま強気な仮面を被りなおすと、淑女にあるまじき荒っぽさでキマリの首へ腕を回し、内緒話をするように強引に屈ませる。多少彼女より身長のあるキマリの首へ腕を届かせる時、ぴょいと飛び跳ねたのが小犬系の彼女らしい。


「大丈夫なんでしょうねっ」


「大丈夫かと問われましても、何のお話なのか……」


「とぼけるんじゃないわよ! だってアンタっ、その……ごにょごにょ、だったし……」


「ごにょごにょと言われても分かりません。そしてエリティア様。落ち着いて私の格好を見てください」


「えっ? う、うん……なんだか、すっごく雰囲気変わったね」


「そんな私によく気付きましたね」


「それはっ! だってキマリだってすぐ分かったし……うん、似合ってるね。格好いい」


 にへら、と少しだけ頬を染めて言うエリティアに、ついキマリはため息が出た。

 シアが相手だったら、この察しの悪さと蕩けた思考に指導を入れている所だ。


「エリティア様――」


「そう!」


 呼びかけに勢い良く立ち上がったエリティアが、不満そうな顔を全開にして指差してくる。


「エリティア様、魔女が他人を指差してはいけませんよ」


「なんで様付けなんてしてるのよっ! アンタだってイイトコのお嬢様でしょうが! 第一、アンタも入学しに来たんでしょう? だったらまた同じ学生としてさっ」


申し訳ありません(’’’’’’’’)


 すく、と立ち上がり、キマリは静かに成り行きを眺めていたシアの元へ下がり、並び立つ。

 長い手指を綺麗に揃えて示すのは、彼女の主人だ。


「この方は――世の北天に座すソラント共和国、霧の竜山より十五の夜を越え、下山なされた我が奏主シア様です。気安く接していただけるエリティア様のご好意は嬉しく思いますが、主人と立場を同じくする方を軽んじる訳にはいきません。どうか、ご容赦を」


 驚きが、ゆっくりと理解の色へ変わっていく。

 言い足りなそうな口を引き結び、視線は、こんな状況でものんびりと、飛んできた蝶へ手を差し出しているシアへ向かう。

 じっと穴が開くほど見つめるエリティアに、彼女は綺麗な翅を興味深そうに眺めて、やっと気付いたように視線を返す。だがエリティアは不満そうな顔を隠しもせず、改めてキマリを睨み付けた。


「奏主って言ったわね」

「はい。シア様は私の奏主です」

「そう……そういうこと」


 滲み出す涙の理由は何か。

 キマリはあくまで静かに佇み彼女の言葉を待つ。


 立場を弁えて。


 そう、従者としての立場を振りかざして……何も言わない。


「ふんっ!」


 頬を流れる涙を払うようにして、エリティアは身を返した。

 現れた時と同じく、他人など意にも返さず、自分の意思だけを理由に思うまま振舞うのだ。

 ただ一度だけ振り返り、強くキマリを睨み付けて言った。


「とりあえず、おめでとうと言っておくわ。けど、自分で言ったんだから、ちゃんと私のことは敬いなさいよねっ! 従者風情が調子に乗ったら許さないんだから!」


「はい、エリティアお嬢様。ご指導ご鞭撻、ありがとうございます」


「っっっじゃあそれだけだから! 勝手にすればいいわよっ、ばかぁ!」


 怒りを叩きつけ、校庭から立ち去ろうとしたエリティアだったが、数歩進んだところで教師たちによる召集の声が掛かる。

 十数秒におよぶ葛藤の時間があり、彼女は、庭の中央に立つキマリとシアの元へ戻ってきて、


「な、なによっ! 文句あんの!?」


「ふふっ。いいえ、ありません…………っっ」


 ようやく見れた旧友の素直な笑みに、どうにも納得のいかないエリティアであった。





魔女の塔はすべてが発見されているのではない。

七つという数は、始まりの魔女の人数と、彼女らが自ら司る塔を持つという伝承から。

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