13
夕焼けの中、キマリはソファに腰掛けていた。
バルコニーへのガラス戸は開けたまま、カーテンは端で綺麗に纏められていて、部屋の中が真っ赤に染まって見えた。
ゾクリとして息を呑む。
けれど、声を掛けようとする間に陽は落ち、部屋の中が一気に暗くなる。
怯むな、そう思って息を吸うと、少しだけ落ち着いた。
陽が落ちたとはいえまだ少しは明るさがある。
手探りでスイッチを入れ、照明をつけると、キマリはソファに腰掛け舟を漕いでいるようだった。
ひざ掛けがあるとはいえ、あまりにも無防――
「――ぴっ!?」
どころの話ではなかった。
なんと彼女は寝巻きの前を全開にしたまま(その下には何も無く!)、家の扉を開け放って寝入っているのだ。
「ちょっ、ちょっとぉ!? アンタ本当にどうしたの!?」
もう断絶していることさえ忘れて駆け寄ると、エリティアは自分の制服を脱ぎ、キマリに掛けた。
肘までの長さしかないインバネスコートでは不安で、とりあえずこの家にある着る物で、配置の分かっているエプロンを取りに台所へ走り、彼女にしては手早く回収を終えると飛びつくようにキマリに掛けた。
「はあああああぁぁぁぁぁぁぁ………………」
盛大なため息をつき、寝息を立てるキマリの足元でぺたりと座り込んだエリティアは、彼女の膝へ額をつけるようにして寄りかかった。
寝巻きの柔らかい生地の感触があり、人肌を挟んで骨の感触がする。
なんとなく思い出すのは、彼女の膝小僧がとても綺麗だった事だ。
「……ばーか、ばかばーか」
「……人の家へ押し入っておきながら馬鹿はないでしょう」
「っっっ!?」
驚いて見上げると、再会してからの彼女にしては力ない、けれど固さのある瞳がエリティアを見ていた。
ぱくぱくと餌を待つ魚のように口をあけっぱなしにし、対しキマリも言う事が定まらないのか、口を引き結んだままただ視線が交わる。
先に動いたのは、つつく言葉を持っていたエリティアの方で、
「ア、アンタが扉開けっ放しして寝てるからじゃないっ」
「…………扉?」
「玄関よ! 窓も全開っ、扉も開けっ放しっ、あげくに服まっ……で………………その…………~~っ、いいいいから前閉じなさいよっアンタ!」
「………………とりあえず制服のコートを後ろ前に着たままエプロンつけていたのが自分じゃないことに少しほっとしました」
「ほかに思いつかなかったんだから仕方ないでしょっ」
「はいはい」
手早くエプロンを取り、コートを綺麗に畳んでエリティアへ返してくる。
受け取るその時、あいたままの前が風を受けて大きく肌が晒されて真っ赤になってしまうのだが、
「っ!?」
彼女にしては驚くべき速さで、前を閉じようとするキマリの手を掴み、広げようとする。
不意打ちだったからか、あまりの行動に顔を赤くして抵抗するも、エリティアの勢いは止めようも無く、
「っ、な、なにをするんですかエリティア様!?」
「ちょっと見せなさい!」
「~~~~!? あ、あの私そういうのはちょっとっ、あのっ、今下着もつけてないのであんまり引っ張らないで下さいいぃぃぃ!」
ちょうどその時、言われていた通り少しの間を置いて家へやってきた黒服が、無言で下がっていって扉を閉めた。
「いいからっ、それどころじゃないのっ! ちゃんと確認しないといけないじゃないのっ!」
「な、にを、確認っ、するんですかぁっ!」
普段なら上手く避けられてしまっていたかもしれない。
けれど、病気というのは本当だったらしく、キマリの弱々しい抵抗を押し切ってエリティアはソファに組み伏せた。
なぜか顔を真っ赤にしている彼女に構わず、肌蹴た服をめくり上げ、顔を近づけて覗き込む。
思うように抵抗も出来なかったキマリが首を縮め、身を抱いて強く目を瞑る。
「っ……!」
「やっぱり…………」
キマリの首元に『ソレ』はあった。
美しい肌の上にはっきりと刻まれた、黒ずんだ痣のようなもの。
馬乗りになったまま手を離した隙に、視線から逃げるようにして前を合わせたキマリが、未だ朱の残る顔で睨んでくるが、もうそれに反応している余裕はなかった。
「誰かッッ! いいからすぐに来てッッ!!」
キマリが驚くほどの大声で叫んだ。
入ってきたのは黒服に変わって二人の侍女で、部屋の中の状況に最初は困惑していた彼女たちだったが、
「今すぐこの家の周辺を徹底的に調べ上げて! それと人を呼んで守らせるのっ! いや……キマリを家に連れてった方がいいのかしら……。うん、とりあえず貴女たち、この子を着替えさせて頂戴。この際だからライナも本家からこっちに呼んでおいてっ! それと……ええと…………だれかこういうの相談できる人!」
「あの……エリティア様……?」
エリティアの様子が急変し、身体の上からも退いたことでキマリが事情を聞きたそうにしてくる。
だから、エリティアはスカートから手鏡を取り出し、彼女に渡して、自分の首筋を示す。
やはり体調が悪いらしく、察しの悪いキマリがおずおずと鏡でそこを確認する。
「…………魔女の口付け」
「アンタ、また例の呪術師に襲われたのよっ! もう許さないんだから……! おじいちゃんに頼み込んででも兵隊送り込んで炙り出してやるんだからっ!」
※ ※ ※
結局、呪術師は見付からなかった。
全身が赤で統一された、あまりにも目立つ筈の人間が、どうやって今日まで見付からずにいたのかさえ分からない。
この通報を受けて、ウインスライトでは全域に警戒態勢が敷かれることになり、流石に塔のお膝元へ大人数を派遣することは出来なかったらしいクラインロッテ家は、家門の精鋭とも呼べる弟子たちを屋敷に配置、警邏隊に協力する形で捜査へ乗り出した。
しかし、この日から都市の各所で時折襲撃事件が発生するようになり、犯人は警戒網を霧のように潜り抜けて逃げ果せ続けた。
被害者の多くは称号獲得を目指す魔女、あるいはその関係者。
何者かが手引きをしている。
分かっていて尚も、呪術師の消息は掴めなかった。




