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やがて小さなてのひらは  作者: あわき尊継


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10


 「それではっ、僭越ながら私、シア様の使い魔ことキマリが始まりの音頭を取らせていただきますっ」


 降りしきる日光の元、立ち並ぶお歴々を前にキマリは立っていた。


 シアは勿論の事、

 三つ編み栗色髪のフィレット家ご令嬢、

 巻き巻き赤毛のアン家ご令嬢、

 黒髪ロングのノーア家ご令嬢、


 そして、今日も今日とて黒服を付き従えたクラインロッテ家のご令嬢、


「第一回魔道選考会の落選残念会――」


 ずーんとかつて無いほどにへたり込んだ金髪ツインテールに、キマリは頬が熱くなっていくのを抑えられず微笑んでいた。



「がんばれエリティア様っ、次はきっと上手くいきますよ会を始めまーすっ!」



 会場は学術都市ウインスライトより飛行船で半時程度、天下に轟くクラインロッテ家が所有する砂漠のオアシス、その別荘だ。

 全力で泳ぐには少々物足りないが、深さのある池と、周辺の自然を残しつつも快適に過ごせるよう整えられた水辺。

 三階建ての白いお屋敷と裏手に見えるのは小型用の飛行船発着場。

 行きにも使った、古風な木造帆船を模した飛行船は今、三家ご令嬢のわがままを聞いて噂の大判焼きを買いに向かっている。


 日差しはあまり強く感じない。

 上空をすっぽり覆う半球状のガラス天井が、紫外線を遮断してくれる魔術を帯びた装具の一種だからだ。

 完全ではないものの、日焼け止めを塗っておけば肌が焼ける心配は極端に低くなる。


 それでも砂漠の日差しは強く、気温は半球内でも暑いままだ。

 けれど、空調の効いた場所では一肌脱ぐ意味も無い。


「惜しくも『神無』の称号を逃したエリティア様でしたが、今回はノークフィリアのご令嬢が一枚上手でしたねっ」


 当日は不参加ではあったものの、鍛錬するシアを置いてキマリは選考会を見学していた。

 魔女として直接感応して推し量ることは出来ないけれど、件の天才少女とエリティアの実力は伯仲していたと思う。


「今回の審査員筆頭はかつて巧みな水流操作にて芸術とも呼ばれる水像を作り上げたお方。魔女である以上は、本人に適した属性であった方が感応による評価は無意識的にあがるというもの……だというのにぃ…………どうして風の演舞などなさったのですか?????」


 青のビキニに美しい肌と身体のラインをこれでもかと曝け出したキマリが、普段の三割増しで艶やかな表情を浮かべて詰め寄った。


「ぐぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぅぅぅぅぅぅぅぅっっっっ!!!!!」

「うふふ、うふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふ」


 延々地面と睨めっこしていたエリティアも、間近に来たキマリに硬く硬く歯を食いしばるが、白金の髪を結い上げた使い魔はただただ愉しそうに笑う。


「キマリ様、輝いていますわぁ」

「えぇ……残念ですけど、あの方を本当に悦ばせることが出来るのは、エリティア様ですのね……」

「素敵っ、素敵ですのっ」


「ぷかー、ぷかー」


 共に水着姿な三家のご令嬢たちが盛り上がる中、早くもシアは池へ飛び込んでぷかぷか浮いていた。

 輪っか状の浮き袋を両脇に挟み込み、砂地の水底を蹴って深みへ進んでいく。


「こ、今回は肩慣らしよっ! 特別準備した訳じゃないし、私だって本当は初回から出たくなんてなかったのよっ!」


 なんとか立ち上がったエリティアは、腰に手を当てて胸を反らす。

 黄と白に染められた水着に包まれた、控えめな胸が僅かに……揺れなかった。

 復活した本体から力を得たのかツインテールにも心なしか張りが出ているように思える。


「ご高名な方ともなれば、戦略的に動くことも卑怯と取られてしまう……有名なのも考え物ですね」


「大体あのちびっ子がズルいのよっ! 審査員全員と知り合いだなんてズルよズルっ!」


「ノークフィリア家はウインスライトに本拠地を持ちますから、仕方ない所もありそうです」


「というかアンタは参加もしてないのになんでそんな詳しく知ってるのよ!?」


「情報収集もぶっつけ本番では不安がありますので、予行練習ですよ。それにほら、私は魔女協会に何かと顔が利きますから、誰か様のおかげで」


「うっ、言いふらしちゃったのは悪かったわよ……」


 おかげさまで何かと魔女協会に呼び出され、断るだけでも一苦労なキマリの文句をエリティアは跳ね除けられない。

 挙句に最初の呼び出しでは呪術者に襲われるなどという事件にも遭遇しているのだ、事情を知るだけにこの事実は重かった。


「そんな顔をしないで下さい。幸いにももう怪我は治っていますし、情報源として有効利用させていただいております」

「うぅ……」

「気分転換ですよ。その為にここへ来たんです。ほらっ、シア様が一人で泳いでいますよ、一緒に参りましょう?」


 手を取って池へ向かう二人を、三家の令嬢は早くも木陰でお茶会を始めつつ眺めていた。

 運動を野蛮などとは称さないが、共に紅茶を満たしたカップ以上に重たいものを持った事のない三人に、水の中で泳ぎ回るというのは想像し難かった。


 手前で手を離したキマリが綺麗に飛び込んだ後ろで、もたもたと水を掻き分けていくエリティア。

 飛び込みで波立ったのを、浮き袋に捕まって揺られるシアが足をバタつかせて泳ぎ始めた。


「ふふっ」


 逃げるように泳ぐシアだったが、一度深くまで潜り、強く水底を蹴ったキマリが下から正面へ回り込む。


「っはあ!」


 目元を拭い、濡れた前髪をかき上げた。

「捕まえましたっ」

「うーん」

 シアの浮き袋に捕まって微笑みかける。

 あっさり目論見の外れたシアは、頬に掛かったままのキマリの髪を指先で払う。


 笑い合う二人の後ろで力尽きて沈んでいく金髪ツインテールは、実の所選考会で結構消耗していて、実はまだあんまり回復しきっていなかったのである。

 意地っ張りで努力家少女エリティアが救助されるまで、もうしばらく掛かるのである。


    ※   ※   ※


 昼食は黒服提供によるバーベキューとフルーツ盛り合わせだった。

 折角の臨場感たっぷりな焼きつつ食べる遊びも含めた食事だったのだが、焼きに混じったのはキマリだけ。

 身長の問題からシアも一度踏み台を使ってそれとなく見学しただけで、水辺に用意されたシートの上でお嬢様方はちまちまとおいしい野菜とお肉と果物を頂いていた。


 ただ、外での食事、クラスメイトとの小旅行、目の前で加工されていく普段見ることの無い料理の現場を眺めながらと、それなりに楽しめたらしい。

 普段のお茶会では見せないようなはしゃぎぶりもあった。


 お菓子先生、とシアとエリティアから呼ばれる黒服が陣頭指揮を執り、慰労無く過ごせる優雅な時間は、忙しい学業の日々を忘れるにはちょうどいい。


 撤収されていく機材や机を後ろに、お嬢様たちはアン家ご令嬢提案の柔軟体操に入っていた。


「さあぁ、ゆぅっくりと息を吐きながらぁ、身体をぉ優しく伸ばしてあげてくださぁい」


 巻き巻き赤毛のお嬢様が一人前へ出て、水着姿で大きく足を開き、正面へ向けて両手を伸ばして身体を伸ばす。

 日頃から行っているだけあって柔らかく、やはり伸ばしたときの姿勢がしなやかで美しい。

「んっ、んっ……っはぁ! 慣れない内はぁ、背中を押してもらってくださぁい。押す人は優しくゆぅっくり、押し過ぎないように気をつけましょうねぇ」

 はーい、と素直な返事が重なる。


 フィレット家ご令嬢とエリティア、

 ノーア家ご令嬢とキマリの組み合わせで互いの補助をし合う。


 残念ながらシアは食事の途中で眠ってしまったので木陰で侍女に見てもらっている。

 キマリとしては起こして運動に参加してもらおうとしたのだが、愛らしく丸くなる姿にお嬢様方の強い要望を受け、なぜか彼女が参加する事に。


「私でよろしかったのですか?」

 立場としては従者に過ぎないキマリだ。

 特別に許可した着付けや洗いの下女以外には肌を見られるのも嫌がる人というのは存在する。

 水着姿を晒している時点である程度は平気なのだろうとは思うのだが、多少の遠慮はあった。


「ん……んっ…………はい…………もっと、もっと強くっ…………していただけますか……?」


 長い黒髪を柔軟体操に合わせて結い上げたノーア家ご令嬢の、なんとも瑞々しく白い肌へ、キマリは遠慮がちに手を当てて背中を押していく。


「はぁぁぁんっ……!」

「えっ? あ、すみませんっ!?」

「いえっ、もっとですっ…………もっと強くして、ください…………!」

「ええぇぇぇ…………?」


 絶対痛い所まで押してしまっている。そうは思うが、何故かとても嬉しそうにされるのでつい力が入る。


 身体の柔らかさはしなやかな肉付きの支えとも言うし、美しさを求める気持ちは分かるので、出来る限り協力しようとは思う。

 ただ交代して押される側に回った時、柔軟でよほど温まったのかやけに熱い吐息を漏らしていた。

 更に、ほっそりとした指先がつつ――とキマリの背中を撫で、


「っっ……! ああいけませんっ……申し訳ありませんキマリ様。わたくし、触れられるのは良かったのですが、自分から触れるだなんて恥ずかしくて…………」


 両手で顔を覆い、耳まで真っ赤にして蹲ってしまった。


「それでは二回分、私が補助を致しますね。私は後でやりますから、どうかお気になさらず」

「そ、それでは……遠慮なく……。あ、あの、大丈夫ですので……どうか強く、っ激しく、痛めつけるようにお願いします……っ」

「いえ……流石に痛みが出るほどには……」


 ともあれちょっと悪乗りしてみて気分が乗ってしまったキマリは最終的に、後ろから身を寄せ、耳元に唇を寄せ始めていた。

 眼差しは柔らかいのに、宿る光は異様に強い。


「もう少しいけるでしょう……? ほら、押しますよ? はぁい」

「んんんっ……! はいっ、いけますっ……お願いしますっ。んっ、痛っ、ああっ、駄目これ以上は……」

「はぁ……この程度で駄目なのですか? それならもう後はご自分で……」

「申し訳ありませんっ……違うのです…………どうかわたくしを、もっとっ……」

「もっと…………なんですか? ちゃんと言えたら考えてさしあげます」

「~~~~っ、駄目です……わたくしそんなはしたないこと言えません……っ」


 などというやり取りを繰り広げていたのだが、


「ちょぉぉおおおっと何やってるの二人はあああ!!」


 ずっと隣で顔を真っ赤にしながら耐えていたエリティアがとうとう爆発した。

 今やもう首から下まで染める勢いで赤くなった彼女は、仁王立ちでキマリを指差した。


「アンタっ! 私と組む事! 私の友だちを変な道に落とすんじゃないわよっ!」


 つまり柔軟体操が終わる時まで、これまで以上に楽しそうなキマリの、絶妙なまでに限界を見極めた柔軟補助によってエリティアは悶絶することになるのであった。





物語開始時点で全てのキャラクターはドノーマルです。

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