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オモチャとしてのRPG(ものがたり)

『なげやりな破滅』 ~ワゴン売りRPG小話~

作者: MF(ふしじろ もひと)

 もうかなり昔のある日「ふしじろ もひと」ことMFは安いからというだけの理由で怪しげな路店のワゴンで投売りされていた見たこともないRPGを購入。見るからにうさんくさかったので、いつものようにお話の中に顔を出すときの分身たるM某氏をゲームの中に送り込もうとしたのだが……。 ファミコン黎明期を知る著者が自ら体験した往時のゲームの真実に瞠目せよ!(ただし著者に認知症の初期症状が認められる関係上、事実と異なる部分も若干あるかもしれません。あらかじめご注意ください)

「なげやりな破滅」 ~ワゴン売りRPG小話~


                               M某



「ちょっと待てえっ!」

 叫ぶMF氏にちらりと視線を投げかけると、M某氏は駄々っ子を前にした大人みたいなため息をついて答えました。

「なんだ?」

「なんだもなにも、なんでおまえが著者なんだ。書くのは俺で、おまえは話の中ってのが決まりってもんじゃないか!」

「たまには交代したっていいじゃないか。外見は酷似してるって決めたのはおまえだぞ。そもそもおまえの名前もマイミクさんにここへ召喚されたとき、ろくに考えもせずいいかげんに決めただけじゃないか。電脳空間の中ででたらめに作られた名前ってことではいっしょだろ? 違いもへちまもあるもんか。マイミクさん方だってどっちがどっちかわかりゃしないって」

「いやその人様にわかるかどうかって問題じゃなくてだな。この世には守られるべき秩序というものがっ」

「秩序なんて知ったことか。おまえに任せてなんかいられるか。人を散々いままでオモチャにしやがって。あげくの果てに今度はゲーム店の投げ売りワゴンから拾ってきた怪しげなRPGの中に俺を放り込もうって魂胆だろうが、とうとう仏罰が当たったってわけだ。観念するんだな」


 MF氏はなにやら横綱級のびくともしない自信に満ちあふれたM某氏の、控え目にいっても肉付きが良すぎる、つまるところは自分と寸分違わぬ姿をまじまじと見つめました。


「……えらく勝ち誇っているじゃないか。そのくそいまいましい自信のもとはなんだ?」

「取説読んだか?」

「老眼で細かい字なんか読めないってことぐらい知ってるだろうが!」

「だから100円ショップで虫眼鏡を買ったんだろうが。いつも肝心なところで詰めの甘い奴だ。まあ俺も同じだから人のことは言えんが。キャラクターメイキングのページ読んでみろ」


「……キャラクターの名前はひらがな四文字まで。ただし濁点は一文字になりますだぁ? 21世紀の今の世にこんなファミコン黎明期みたいな馬鹿げた話が……」

「なにを甘ったれたことを! 安売りワゴンこそは良識も常識も通用しない真の人外魔境、これぞ浪漫なぞと常々吠えているのはどこの誰だ? とにかくおまえには、端っから選択の余地なんかなかったってわけだ。諦めるんだな」

 M某氏がゲーム機の電源を入れるやいなやMF氏の太った姿は電子の霧へと分解され、電脳空間の中に入れ子状に発生したもう一つの仮想空間へと吸い込まれてゆきました。



--------------------



 かたかたという音に気づいてあたりを見回したえむえふ氏は、めまいに襲われ思わず呻きました。

「……うう、デッサンが、デッサンがぁ……」


 そこは村の道端でした。昔のRPGによくあった王道の展開に一応従ってはいるようでした。けれども足元で遊んでいる子供の姿ときたら! 大きなビー玉らしきもので遊んでいるのですが、丸くなければならないはずのその玉がひどく歪んでいるせいで、滑らかに転がれずに音をたてているのでした。子供のいるえむえふ氏にはなじみの深い、描いた本人は丸のつもりなのに画力と結果が追いついていないことを示すその形を見れば、足元の子供が落書きをむりやり立体化したような姿をしていることになんの不思議もあるはずがありませんでした。ひどい肩こりを感じていたえむえふ氏は、形も歪んでいれば大きさも揃っていない、付いている場所さえずれている自分の手足を見て深々とため息をつきました。


 すると歪んだ建物が両側に建つ道のむこうから、人影がひとつ近づいてきました。着ているものから判断する限り女性のようでしたが、本当はすごい美人なのかもしれないと思ったえむえふ氏が、せめてこれは子供の落書きじゃなくてピカソみたいな天才が原画を描いたんだとでも思わないと残念すぎるなどと考えているうちに、相手は気の毒なほど若い声で話しかけてきました。

「ご購入下さりありがとうございます。お客様は最初のプレイをベリーイージーモードで開始されましたので、本作の特徴を簡単にご説明いたします」

 ああこれは解説キャラかとえむえふ氏が思う間にも、天才しか考えつかない造作の娘は言葉を続けました。

「ごらんのとおり本作は3DタイプのRPGです。プレイヤーの目的は青竜の鱗、白虎の牙、朱雀の羽、玄武の甲の四つを入手することで、期限までに破滅のオーブの力を封印し世界を救うことでございます。なお、すべてのアイテムの出現場所は冒険を開始した時点でランダムに決定されていますので、何度でもプレイを楽しむことができます」

「それはつまり、朱雀や玄武の出る位置もランダムってこと? だったら四方を司る霊獣をわざわざ採用した意味なんか……」

 いいかけたえむえふ氏の言葉は、けれど相手の顔を見たとたん雲散霧消しました。こんなゲームを作る相手に良識も常識も期待するのが間違っていると思い知らせるだけの破壊力を、眼前のものは明らかに備えていましたから。


「せ、せっかくだから、ベリーイージーモードについて訊いていい? やっぱりマップとかが小さくてクリアが簡単ということなのかな」

「それだけではありません。四頭の霊獣も含めたモンスターは全て眠っていますから、わざわざ叩き起こしたりしない限り戦闘も発生しません。このモードに関する限り、経験値ゼロでのクリアが充分可能な作りになっております。じゃまに思われるのでしたら、武器も防具もお持ちになる必要はありません」

「それはまあ結構なことだが、それじゃハードルは期限だけってことかな? これはリアルタイム?」

「いえ、マップを歩く歩数をカウントしております。もっと上のモードではリアルタイム制になりますが」

「期限はどうやって設定されるの?」

「スタート時にプレイヤーに歩数を選んでいただきますが、このモードではマップの升目の総数以下の数値は選べないようになっております。そして不慣れなプレイヤーの無駄足に配慮いたしまして、実際の数値にはさらに余分がランダムに加算される親切設計でございます。ちなみにこの加算される値はプレイの緊張感を削がぬよう、プレイヤーにも隠されております」

「……つまり、よっぽどドジを踏まない限り、マップをくまなく歩いてアイテムを5つ集めさえすればクリアってわけか。こりゃのどかでいいや。お散歩気分だなあ。これでグラフィックがもう少しまともだったらいうことないんだが」

「グラフィックはお客様のモード選択しだいでございます」

「は?」

「上のモードへのモチベーションに配慮いたしまして、難易度につれてグレードアップする仕様になっております」

「……要するに、怠け者は報われないってことかな? 技術力の使い方を間違っているような気もするが……。まあいいや」


 とりあえずマップさえちゃんと歩いてアイテムを集めていけばいいことがわかったえむえふ氏は、左右の長さが違う翼を器用に羽ばたかせて空を飛ぶ小鳥の声に耳を傾けながら、およそ世界を救うなどという大それた設定とはかけ離れた気楽さで歩き始めたのでした。なにしろ左右の足の長さも形も違うので足どり軽くというわけにはいきませんでしたが、いくら文字通りいいかげんを絵に描いたような姿となったとはいえ、その姿さえもまだ神経の大ざっぱさに追いつけてない以上、えむえふ氏が気にするはずもないのでした。


……が!



--------------------



「なんだこれはっ!」

 あげてしまった大声に目の前のまっ赤な鳥の不細工な巨体が身じろぎしたのに気づき、えむえふ氏はあわてて自分の口を抑えました。しかしその大きさの不揃いな両の目は、眠りこけている朱雀の前のものをただまじまじと見つめるばかりでした。


 最初に見つけた「青竜の鱗」は、なんだかスコップの先っぽを青く塗っただけのしろもののような気が確かにしましたし、次に見つけた「玄武の甲」はどう見ても習字に使う硯そっくりの形に見えました。とはいえあまりにひどいデッサンの歪みのせいで、えむえふ氏にもそう断じるだけの確証が持てなかったことは事実でしたし、村人たちもやれ青竜の鱗を持ち帰った勇者だの玄武の甲を手に入れた英雄だのといってくれている以上、偽物などではないのも確かなようでした。

 けれど続いて見つけた「白虎の牙」は、その歪んだ形にもかかわらず、えむえふ氏には縦から見ても横から見ても象牙で作った大きな印鑑(しかも明らかに模造象牙)のようにしか見えませんでした。まっすぐであるべき形がひん曲がっているせいで目の前で大口を開けて寝ていた巨大な虎の牙に似ているといえば似てはいましたが。むろんえむえふ氏とていかに不細工だろうと強大であることに疑いを差し挟む余地などない霊獣に喧嘩を吹っかけるほど分別がないわけではありませんでしたし、その後会った村人についぼやいてしまったときも「そりゃあベリーイージーモードですから」といわれては返す言葉などありませんでした。でも、その胸中に「いくらなんでもこれはひどいんじゃ?」との思いがさすがにわきあがったのもけだし当然のことでした。


 そして、ついにここで見つけた「朱雀の羽根」は……。


 真紅の霊鳥どころか明らかに白色レグホンのものとしか思えぬ白い羽根を赤い染料で塗り固め、羽の軸の部分に小さなビニールパイプで金色の止め針を固定したそれは、えむえふ氏にとっては何十年も昔の小学生時代から秋になるとおなじみのものでした。いくらデッサンが崩れていようと、その特徴それ自体が指し示す正体に議論の余地などありませんでした。

「共同募金の赤い羽根じゃないか……」


 ついに集まった四大霊獣の守護アイテム。ひどすぎるデッサンと正体に由来する当然の結果として単なるガラクタにしか見えぬ品々を手にしたえむえふ氏がにわかに感じたのは、こんなことで本当に帰れるのだろうかという不安でした。確かにクリア条件はいとも容易に成し遂げられつつあり、マップの残りもあと僅か。このままマップを埋めてさえいけば、あとは「破滅のオーブ」を見つけてゲームを無事にクリアできるはずでした。

 けれども、この世界のあまりにもなげやりな作りそれ自体が、元来いいかげんで楽天的なえむえふ氏にさえ不安を感じさせずにおかないのでした。なにかとんでもない足の掬われかたをするんじゃないか。その思いは予感の域などとっくに超え、もはや確信めいたものへとただ変わりゆくばかりでした。そして……。



----------------------------



 ついにマップの最後の地点に辿り着いたえむえふ氏は、予感が現実になった事実を前にただ呆然と立ちつくしていました。


 目の前には黒檀の台座が置かれていました。そして四方にある窪みはえむえふ氏が集めた四大霊獣の守護ガラクタ、もといアイテムに明らかに対応していました。デッサンが狂っているせいで完全に合っていたわけでこそありませんでしたが、四つの品々はでたらめに配置された四大霊獣が本来対応するべきだった方位にいまやきちんと鎮座していました。

 けれど、その四つの品々の中央に置かれなければならぬはずのオーブは見出せないままでした。そしてからっぽの窪みの形が、本来なら丸くなければならないはずのものの歪んだ形状それ自体が、えむえふ氏に絶望的な真相を知らしめたのでした。


「……あの子供のビー玉、あれが破滅のオーブだったなんて! いくらランダム配置だといっても、まさかいきなりスタート地点に最終アイテムが出てくるなんてバカな話が……っ」


 約束された歩数はマップの升目数プラスアルファ。えむえふ氏に残されていたのはスタート地点に取りに行ってさらにここまで戻ってなどこられるはずがないと知りつつも、歩数が尽きるまでただ歩くという選択肢だけでした。そしていいかげんすぎる作りのゲームの罠にまんまと引っかかった己のうかつさを呪う太った中年男がいくらも歩かないうちに、たちまち世界は暗転し、えむえふ氏もろとも虚数空間へ消えてゆきました。からっぽになった仮想空間にはもはや、ひらがな四文字に義理立てしたとおぼしき半角八文字を目一杯使い切ったおなじみの語句が浮かび上がっているばかりでした。



                        GAMEOVER



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