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帰宅部の幽霊部員  作者: 猫背次郎
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奇妙な出逢い その2

奇怪な現象は放課後にまで続いていた。


一日の授業が終わり、いつもの部屋に来た少年は億劫になりながらもルーズリーフを一枚、長机に滑らせた。


するとやはり、たちまち文字が浮かび上がった。


『ねえ、なんで一日無視なのー?』


『てか、ここどこなのん?』


「本当によくしゃべるな、お前」


少年はパイプ椅子に腰かけると、自分のリュックから筆記用具と今日出された英語の課題を取り出す。そして絶えずルーズリーフに浮かぶ文字を横目に、それに取りかかった。


『ちょっとー。やっと反応してくれたと思ったらまた無視じゃないっすかー、先輩マジ勘弁っすわー』


「すぐ終わるからちょっと待ってろ」


それから数分、少年は黙々と課題に向かい、ルーズリーフにはぶつぶつと文字が浮かび続けた。


「ふぅ………」


課題を終えた少年が一息つくと、ルーズリーフを自分の目の前に寄せて声をかけた。


「で、何なんだお前」


『もー、レディを待たせちゃダメっしょー? そんなことだからモテないんだよー』


「お前は俺の何を知ってるんだ。あと、俺はそこそこモテるわい」


少年が律儀に応答すると、相手は根本的な疑問をぶつけた。


『ってか今さらだけど全然驚いてなくない? これけっこう奇々怪々だと思うんだけど』


「まあ馴れてるっつーか、なんというか」


『え? 急にノートに文字が浮かび上がってくるとかが日常茶飯事?』


「いや、このケースは初めてだが……。色々な」


少年は霊感が強い。そのためなのか何なのか、物心ついた頃から度々、人外の仕業であろう現象に遭遇してきた。


『へー。そういう人ってホントにいるんだね。例えばどういった体験がおありで?』


「学校だと何ヵ月経っても一定の場所にいる女子生徒とか、最近は、空中浮遊する生徒とか見たな。あと電柱の側にいる白い人影に至っては、お互いに会釈をするレベル」


『それスゴすぎない!?』


「まあ、普通ではないわな」


所謂《見える人》である少年は、見えるが故に少し周りから距離を置かれた経験があった。そして、自らも意識せず、いつの間にか見えることを他人に話さなくなっていった。


『ていうか、やっとちゃんとしゃべってくれてるけど、ここどこよ?』


「ここは……国語科準備室なんだが、放課後の俺のたまり場ってとこだな」


『たまり場って…………不良っすか?』


「不良ちゃうわ。これにもいろんな経緯があったんだよ」


広さは普通教室の三分の一ほどの大きさで、入って両側の壁には検定用の教科書、問題集、素手で開くには勇気のいる古ぼけた全集などがぎっしり詰まった本棚が佇んでおり、部屋の中心に長机が一脚、その両側にパイプ椅子が一脚ずつある。部屋の最奥には、無駄としか言い様のないほぼ一面ガラス張りのような窓があり、その窓を背にして劣化で綿の飛び出たソファが置かれている。部屋にはいくつものダンボールがあり、いつもは物置部屋の様相を呈している。


「ここなら、お前としゃべってても不審がられないだろ」


『おお、なるほど。ノートに向かって一人しゃべってる人とか、明らかにヤバいもんね』


国語科準備室は移動教室棟の二階、廊下隅に位置するため、まず、放課後に生徒が寄り付くことはない。そもそも国語科準備室に用事のある生徒がどれ程いるだろうか。


「ていうか、質問したいのは俺のほうなんだが」


『体重以外のことならなんでもどうぞ』


恐らく女性であろうこの文字の書き主から、少年が得た情報は口の減らないやつということくらいだった。


「お前、幽霊なの?」


『たぶんね。』


「名前は?」


『わかんない。』


「年齢、性別は?」


『永遠の17才、花の女子高生だよん♪』


「………本当だろうな?」


『死んでるから歳とらない(笑)』


「いや、笑えねぇわ」


少年はこの幽霊がほとんどの記憶を失っているらしいことを思いだすと、別角度からのアプローチを試みた。


「俺に会うまで何してた?」


即答しにくかった質問のようで文字の浮かび上がりに時間を要した。


『いつの間にかこの学校にいて、この体で何ができるかをいろいろ試してたら君に気づいてもらえたから、ちょっとお願い事をしようと思った』


「なるほどねー」


少年はいつものことか、と短いため息をつくと、ルーズリーフを持って、昼下がりは一段と陽当たりの良いおんぼろソファに腰を下ろした。


「よくいるらしい、そういうやつ。だいたいほっとけばいつの間にか居なくなってるけど、何か願いを聞いて欲しくって俺に話しかけてくる幽霊やら妖怪やらの魑魅魍魎の類いがな。俺が見えるってことを理解してんのか、してねぇのかわかんねぇけど」


『いるらしいってのは? 君がお願いを聞いてあげてるんでしょ?』


「記憶にないんだ。そういうやつらを助けてるらしいんだが、俺自身にはその記憶がない。成仏するとそいつ関連の記憶が無くなるらしい」


何か腑に落ちないのか少し間を挟んで文字が浮かんだ。


『助けたら記憶がなくなるのに、何で助けてるらしいってことがわかるの? おかしくない?』


「ああ、それは俺が誰かを助けたってことを憶えてるやつがいるから、だな。今日はいないみたいだな」


少年は準備室のあらゆる空間を見渡した。まるで、探している人物が真上真下、どこににいてもおかしくないと言うように。


『それが誰なのかってのはきいていいのかな? ていうか君の名前をまだきいてなかったね』


「そういや、そうだったな。俺は嗣永暁哉(つぐながあきや)、で覚えてるやつってのは《おねーさん》ってやつ。そう呼べと強制されてる」


暁哉はフルネームをルーズリーフの余白に書いてやる。


『お姉さん? あきやんのお姉ちゃんなの?』


「いや、姉弟じゃない。実の姉はいるけど、大学生で一人暮らし。おねーさんは全部平仮名で《おねーさん》な。あと、いきなり何その渾名」


律儀に追っておねーさんと書いてやる暁哉。


『お姉ちゃんじゃないのか。いいでしょ、あきやだから、あきやん。』


「別にいいけどよ………。お前は名前忘れたんだろ? なんて呼べばいい?」


『あきやんの元カノの名前でいいよ』


「趣味悪すぎるわ」


『じゃあ、あきやんのお母さんの学生時代の渾名』


「どのテの性癖だ、それ」


ボケが浮かばず悩んでいるのか、なかなか文字が浮かばなかった。

数十秒後、今まで溜めていた勢いを一息に放つように、一際強い筆致で浮かび上がる。


『世紀末覇者ペンギュラスのぬいぐるみがある!!』


「………は?」


筆跡から並々ならぬ熱意は感じるが、全く耳に覚えのない名詞が暁哉を困惑させた。


『いや、正しくは、ペンギュラスの三人目の妻との娘、六女の聡美のぬいぐるみ!!』


「いや、知らんけども………」


文字に熱意が籠りまくりな幽霊はさらに続ける。


『なに茫然自失になってんの!? 聡美だよ!? ペンギュラス家の八女の中でも絶世の美女と評される聡美のぬいぐるみだよ!? 発売当初から超のつくほどの人気で入手困難だったんだよ!?』


「そんなことは覚えてんのかよ! あとペンギュラスっていう響きからペンギンじゃねえの? なのに美女って、人間なのか?」


尚も興奮を抑えきれないようで少し崩れた文字が浮かび上がる。


『あきやんから見て、右の本棚のダンボールの中!!』


暁哉は素直に確認し、背伸びをして半開きのダンボールを長机に下ろす。かなりの間放置されていたらしく、暁哉は夥しく舞う埃に咳き込んだ。


「よく見つけたなこんなの」


中を覗くと確かに《世紀末覇者ペンギュラス》と大々的に銘打たれた埃被る箱があった。箱からぬいぐるみを取り出すと、経年劣化で少しだけ色褪せてはいるものの、保存状態は良好と思われる、丸々と太って睫毛のエクステがけばけばしいピンク色のペンギンが姿を現した。


「まさか探してほしいものってこれか?」


かなり間を空けて文字が浮かんだ。


『憶えててくれたんだ、探してるものがあるってこと。ありがとう。これの気がするけど、それだけじゃないって感じ。探してほしいものも何なのかはっきり思い出せないんだけど、たぶんひとつじゃないんだと思う』


「そうなのか……」


『そんなことより、もっとダンボール開けてみようよ! もっとお宝が眠ってるかも!!』


「嫌だよ。全部めっちゃ埃被ってるし」


『えー? 開けようよー』


それから少し押し問答が続き、根負けした暁哉が幽霊に強引に促され、嫌々手近のダンボールを開けようとすると、そっと音もなくドアを開けて一人の女子生徒が国語科準備室に入ってきた。


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