死 ~また~
今回、死という地球上のどんな生物にも起こる事象を考えてみました。
詳しくは後書きに書いてありますので最後までご覧いただけたら幸いです。
「洋一、死ぬとは何か分かるか?」
病に掛かって入院生活を送っている父は唐突にそんな質問をしてきた。
「そんなの分かるわけないだろ。死なんて体験したことないんだからさ」
「そうだろうな。だがな洋一よく聞いてくれ。俺は病気にかかってもう5ヶ月は立つんだ。死は身近に感じるんだよ」
父は青々しく茂る木々を病室の窓から眺め、淡々と話始めた。
「俺が思うに死っていうのは命が無くなることでも、使い物にならなくなることでも無い。たぶん死っていうのはある種の切符なんだよ」
「切符?どうゆうことだ?」
「勉強をして社会というものに出て、そんな生活をしていると疲れるんだよ。そして老いてゆく。そんな生活に神様が疲れも無い平和な所に連れてってくれる。これが死だと思うんだ」
父は空を眺めこんな話をしてくれた。それはまるで、天の上の神に話し掛けているようだった。
「じゃあ死ってのは有難いことなのか?」
「あぁその通りだ。だから俺が死んでも悲しむな。人生が終わったわけでも俺が消えたわけでもないんだ。俺はお前の心の中にいるしな」
「止めてくれよ、それじゃもう会えないみたいじゃねぇかよ」
「ありがとうな。洋一、母さんと世界中を回っていくことにするよ。
…また会おういつか」
「…あぁ、今までありがとう父さん」
これが父との最後の会話になった。
目をつむり、向かえを待つようだった。
一週間後。父と繋がった心拍計が音を鳴らし、向かえが来たのを表していた。父の顔は満足げな表情をしていた。
その表情を見てると流れている涙がピタッと止まり、幸せなやさしい気持ちになった。
「父さん、母さん今は何処に居るんだ?旅行は楽しいかい?」
父が死んでもう5年が経った。
両親が入っている墓石を前に俺は手を合わせた。 両親が側に寄り添っている気がした。
この小説は4月の10日に執筆したものなのですが私は、死というものを一つのものだと思っていました。
この小説で描いた父は、人生を全うし、なにも悔いがないという人でした。
しかし、事故や脳梗塞などで亡くなった方は悔いがないわけないです。
それに亡くなった方は勿論、家族や親戚は悔やみの渦の中に飲み込まれてしまうはずです。
そこで私は、もともとあった『死』というタイトルに『~また~』というものを付けました。この意味は父の最後の言葉である「…また会おう」という言葉から悔いがないという意味で付けました。
最後になりますが、ここまで読んでくれた方ありがとうございました。この小説を『死』というものを考えるキッカケになれば良いなと思いましてお別れとさせて頂きます。
御拝読ありがとうございました。