第六話 激突
「・・・ダイミョーだかサムライだか知らんが、中々威勢がいい奴だ」
ヴォードが腹に響くような重低音で呟く
「是非とも滾る戦いにさせてくれ」
ヴォードはそう言うと、両腕を前に伸ばす
(魔法か!?)
信長は身構える
ただてさえ先程左腕に炎をくらっていて武器が握れない状態なのだ
右手まで使い物にならなくなっては戦いようが無い
「・・・召具・・・大黒破鎚」
ヴォードがそう呟いた直後、彼の両方の掌に青白く輝く円陣が浮かび上がる
ヴォードは両の掌を静かに合わせる
すると、青白い光の輝きが強さを増した
「これは・・・」
魔法に関する知識が一切無い信長は目の前の光景を黙って見ている他無かった
今近づくのは、危険だ
信長は五歩ほど足を退きヴォードとの距離を稼ぐ
ヴォードの輝く両手が少しずつ離れる
掌が離れるのに合わせ 中心に光が集束していく
光は輝く塊となり掌が離れる方向へと形成されていく
「あやつは一体何を・・・?」
信長が槍の刃をヴォードに向けて身構える
ヴォードが腕を伸ばして掌を限界まで離すと、光の塊は鎚のような形となり形成を終える
青白く輝く大鎚―
ヴォードが大鎚の柄を握る
すると大鎚から青白い光が弾け飛び、月光を反射して黒光りを放つ無骨な黒鎚へと姿を変えた
「ふっ・・・」
ヴォードは黒鎚の頭を上にして掲げる
兜で覆われているせいで表情は読み取れないが、満足げに黒槌を振り回す
「・・・戦鎚か」
信長は苦い声で呟く
あの重厚な戦鎚に対してこちらの細長い槍では分が悪い
それに、あの戦鎚を軽快に振り回すヴォードも恐ろしい
彼の筋肉が異常に発達しているのか、あの戦鎚が見かけに反して軽く出来ているのかは知る由も無いが
「是非も無いわ・・・」
信長は槍を向けながらヴォードとの間合いを詰める
ヴォードも両手で黒槌を担ぎ信長へとゆっくりと歩み寄る
互いの間合いが7歩程の距離にまで迫った時、両者が歩みを止める
「おぬしの武芸を見せてみろ、ぼーどとやら」
信長が鋭い目付きで相手を睨んで言う
「ノブナガと言ったな・・・」
ヴォードが間を空けて息を吸う
「俺を楽しませてみろおおおおおあおおおおおお!!!!!!!!!!!!!!!!」
信長の鼓膜がはち切れん程に、吠える
そして吠え終わらない内にヴォードから仕掛ける
大地を蹴りつけたと思うと、その巨体からは考えられぬ程の速さで信長へと迫る
(っ!? 速い!)
信長は瞬き一つせずに彼の動きを必死で見極める
瞬間、ヴォードが黒鎚を振り上げる
(!!!!!!)
信長は左へと身ごと投げてこれを躱す
直後に黒鎚が地面を叩きつける音がした
衝撃で周辺は揺れ動き、辺りに砂ぼこりが舞う
少しして砂ぼこりが晴れる
黒鎚が打ち付けられた後には直径およそ5メートル、深さにしておよそ1メートル程の小さなクレーターが生じていた
何て破壊力だ
これを一度でもくらえば、身体中の骨など一瞬で全て粉砕しよう
「よくぞ見切ったな」
クレーターの傍で黒鎚を担いだヴォードが信長を称える
「だがそう何度も上手くいくということは無いぞ」
ヴォードが信長へと歩み寄る―
「ふっふっふっふっふ・・・」
信長が息を漏らすように笑う
「これは武田よりも強敵やもしれんのう」
信長の左腕の龍は輝きを強め始めていた―
信長が身を低く屈め、ヴォードを睨み見る
足の裏に自身の全体重を乗せ、強く地面を蹴りとばす
直後、槍をヴォードに向け 全力で駆ける
その勢いを利用し、ヴォードの胸への一閃突きを狙う
「ふんぬっ!!!」
ヴォードが黒鎚を横振りにし信長を狙う
信長は、身を瞬時に屈めてこれをこわす
「何っ!?」
黒鎚が空気を斬る音が上から聞こえる
信長はそのままヴォードの懐へ潜り込む
(もらった!!)
槍を相手の胸に定める
目にも留まらぬ速さで 全力で槍を押し込む
一撃必殺の一閃突き
槍が空気を貫く音が響く
刃は敵の胸を捉えた
カキンッ!
「なっ!?」
信長が手に感じたのは刃が相手の肉を裂く感触ではなく、金属に阻まれて跳ね返される感触であった
「甘かったな」
ヴォードが空気を斬るほどの速さで信長の鳩尾を膝蹴りする
「ぐはっっ!!」
信長は悶絶し、動きを止める
続けてヴォードが右手を信長の胸にむける
「魔風破」
掌から緑色に輝く円陣が現れたと同時に、そこから歪な球の形をした緑の光が放たれた
至近距離で放たれた魔球は瞬時に信長の胸に着弾する
その瞬間、魔球は破裂し巨大な風の塊となった
信長は巨大な風圧を一点に胸に受け、そのまま後方へ飛ばされた
20メートルほど離れた民家の外壁へ激突し、そのまま壁を突き破り家の中へと倒れ込む
「がっ・・・!はっ・・・!」
ヴォードの呪文をもろにくらってしまった信長は立ち上がることが出来ない
目の前のがかすれ、意識が薄れていく
(また、本能寺を繰り返すのか・・・)
信長は抗うようにして目を閉じまいとするが、ついに意識はそこで途絶えた
全身を黒で固めた男が半壊した家へと、舞った砂ぼこりを払いながらゆっくりと近づいていく・・・
「あっけないものだったな」
ヴォードは黒鎚を肩に担ぐ
「まだ微かに息はあるだろうが、これで終わりだ」
辺りに散らばった木片を蹴り飛ばしながら
崩れた外壁を通って家の中へと入る―
ん?
砂ぼこりの向こうに赤い光が揺らめいているのが見えた
あれは・・・・・・龍?―――
「女子供を優先にして前方を走らせろ!俺ら野郎共は後方を走れ!」
真夜中に悲鳴を挙げながら総勢70人程の村人が同じ方向を目指して、それぞれの全力の速度で走る
「ここからテール城まで大体1000ルースだ!みんな諦めないで走るんだ!!」
テール城には領主が周辺を警護するための騎士団の支部がある
帝国兵の数はおよそ30ほどだ、彼らなら対処出来るだろう
「テール城に近づかれる前に人族を殺せ!」
一人が叫ぶと黒馬の駆ける勢いが増した
村人の集団の後ろにいた とある男が焦る
このままでは奴らに追い付かれてしまう
男は息をのみ、覚悟を決める
男は走るのを止め、帝国の集団の方向を向いて対峙する
「俺の娘には指一本触れさせねえ!!!」
叫んだ男は、帝国兵の群れへと走り出す
武器も無ければ魔法も使えない
そんな状態で奴らに勝てるわけが無いことは分かっていた
録な時間稼ぎになるかも怪しい
だが、1秒でもいい。少しでも妻と娘がテール城へと近づけるようになれるなら、ここで死んでもいい
必死に足掻いてみせる
帝国兵の黒馬が迫る
すると男の中で、ほんの直前に捨てたはずの 生への執着心が再び芽生えてきた
もう、二度と 愛する妻と娘を見ることは出来ないのか
帝国兵の槍が 男を目がけて突き進む
「・・・愛してる」
男が呟いた
瞬間、隣で何者かが動くのが見えた
男を貫かんとしていた槍が 動きを止める
「遅いね」
槍が押し戻されて持ち主の喉元を石突が突く
「ぐはっ!」
喉を疲れた帝国兵が体をのけ反って落馬する
「悪いが君にも死んでもらう」
奪われた槍が 乗り手を失った黒馬の頭部を突く
馬は悲鳴を上げて倒れ込み、後ろの黒馬も巻き込まれていく
この人は一体・・・?
呆然として立ち尽くす男に、赤毛の美青年が声をかける
「行きな、ここは俺に任せろ」
槍を持つ手の甲に 鷲の模様が青く浮かび始める―――