第四話 目覚め
「何で私が生きている・・・?」
バビロンでの酒宴中に急に目眩を起こし、その後ベッドの上で私は死んだはず
恐らく毒でも盛られたのだろう
「このベッドはバビロンのものと模様が違うし、そもそもこんな部屋ではなかったはずだ」
アレクサンドロスは辺りを見回す
すると何やら珍妙な髪型をした黒髪の初老の男が向かいのベッド寝ているのが見える
「こいつは一体・・・?」
アレクサンドロスは自分の置かれた状況を全く掴むことが出来ず、そのまま俯いてしまった
すると手の甲に何かが彫られているが見える
「っ!? これはなんだ!」
手の甲に彫られて描かれていたのは、翼を広げた鳥・・・鷲だろうか?
線は太く、黒い
「・・・どうなってるんだ一体」
寝ている男も手に描かれた鷲も、全く心当たりの無いものであった
だが、私は生きている
バビロンで年半ばで終えることになったと思われたわが我が人生は、まだ続いている
「ゼウス神の御導きなのだろうか・・・」
いや、もしかしたら臣下が私の命を守るために暗殺者の目を遠ざける為にバビロンとは別の場所へ運んだ可能性がある
アレクサンドロスはベッドから身を起こす
現在地を確かめる為に外へ出ることにした
アレクサンドロスは出口を探す
が、どこから出ればいいのか分からない
月光が差す窓に近づいてみるが、何やら透明な板があるようだ
「一体どうやって作られたのか知らんが、こちらからは出れないようだな」
振り替えって、壁に何やら取っ手のようなものが取り付けられているのを見つける
「これは・・・」
アレクサンドロスは取っ手を握り、引いてみる
すると、木の板が動いて部屋から出れるように開いた
「なるほど、これは便利なものだな」
ギリシャやオリエントではこのようなものは無かった
どうやら私は相当遠くへと運ばれてきたようだ
部屋を出て、狭い通路を進む
随分と小さい家だ、宮殿ではないのか
歩くとまたある部屋へと突き当たった
「鍋に釜戸か、ここは調理場のようだな」
これまたギリシャの様式とは大きく異なる
ぜひ、この場で調理されたものを食べてみたいものだ
そう思い調理場を出ると、また先程のような取っ手を見つけた
アレクサンドロスは同じように、取っ手を引く
すると狭い空間から解放され、目の前に開放的な世界が広がる
アレクサンドロスは外へ出る
周辺にも幾つかの家がある
中央には家畜を飼うための牧草地が設けられているようだ
どうやらここは小さな村落のようだ
ふと、顔を上げ夜空を見上げる
「美しい」
故郷のマケドニアと同じ、満天の星空がそこにはあった
しかし明らかにマケドニアとは異なる天があった
白い月はそこになく、代わりにそれよりも一回りほど大きい青い月と、その近くに二回りほど小さい緑の月があった
「これは・・・?」
アレクサンドロスは狼狽する
一体あの青い月はなんだ?
ここが地の果てとでもいうのか?
否
いくらここがマケドニアから離れていたとしても月が別物になっているなどあり得ない
私は東方遠征でメソポタミア、エジプト、ペルシア、そしてインドの地へと歩んできたが、夜空の星座と白い月はどこでもマケドニアと変わらなかったはずだ
よく見てみれば月の色以外にも星の並びがおかしい
私の知っている星座が、一つもそこには無い
「まさか・・・」
ここは地の果てなどではない
ここは
「別の世界だとでも言うのか!?」
アレクサンドロスは夜空に向けて吠える
神に、最高神ゼウスに向かって聞こえるように吠える
「神よ!これがあなたの御導きだと言うのですか!!!」
大声で吠えるが、返事は無い
「お姉ちゃん、何か叫び声が聞こえない?」
「夜盗でもやって来たのかしら・・・」
二階で寝ていたルミナとリュータが目を覚ます
「ったく、誰だか知らんが騒がしいのぅ」
下の階では信長が安眠を妨害されて布団の中でぼやく
「ここまで煩いとずっと寝っぱなしのこやつもさすがに起き・・・・・ん?」
布団から赤毛の男の姿が消えていた
アレクサンドロスは、訳もなく村を歩いた
すると村の外に小高い丘があるのが見えた
アレクサンドロスは、夜空に、少しでも近づこうとでも思ったのか、丘を目指して歩いた
風に靡く草の中を、ウール製の衣服を纏う男が青い月に照らされながら進む
村が遠ざかるのが、見える
やがて丘の上が見えてくる
(アテナイのアクロポリスを思い出すな)
アレクサンドロスは丘の頂上に立つ
再び夜空を見上げる
やはり、そこには美しい光の世界があった
サファイアを太陽にかざしたかのように青く光る美しい月に目を奪われる
エーゲ海の青の美しさも、この月の前では霞んでしまうだろう
アレクサンドロスは自分は一度死んだのだろうと悟り始めていた
バビロンでの暗殺―
父の意思を受け継ぎ世界を征服することだけに努めてきた人生であったが、地の果てを見ることなく敢えなく自分の方が果ててしまった
そんな自分が今、甦り別世界にいる
神の戯れに過ぎないのか
それとも―
「新たなる地で世界に覇を唱えよと仰せられるのか」
もしこれが神のご意志であるのなら、私は再び「征服王」として立ち上がるべきなのだろうか
だが、以前とは違い今の私には王の身分も、百万の軍勢も無い
一体どうやって・・・
アレクサンドロスは目線を下ろし村を見下げる
何の変哲もないこじんまりとした村である
意識を失っていた私を助けてくれたあたり、人の良い村人達なのであろう
村を見つめていると遠くに多くの灯火が揺らめいているのが見える
「何かの祭りか?」
灯火が村へ近づいている
灯火の持ち主は皆黒い鎧に身を包み、黒い馬に跨がっていた―――