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臆病者の愛国者

【1944年9月15日 パラオ共和国ペリリュー沖 第一海兵師団ジェームズ・ハミルトン軍曹】


海を進む輸送船。星条旗が南方の暖かい風に吹かれてはためいている。


『総員に告ぐ、上陸戦に備えよ』

「第一小隊立て!」


パラオ共和国ペリリュー島へと向かう輸送船の中、甲板の角で腰を下ろしているジェームズは、自分の片脇に置かれているM1ガーランドを手に取る。輸送船の横では、駆逐艦や巡洋艦といった戦闘艦が、岸に向けて艦砲射撃を行っていた。


「ようジェームズ、調子はどうだ?」

「あぁ、快調さ!これから戦えるなんて思うとうずうずするさ」


葉巻を口にくわえてジェームズに話しかけて来たのは、同じ中隊に所属しているブライアンだった。タバコ好きで知られるブライアンは、人柄の良さと指揮能力の高さで小隊長を任されている。ジェームズにとっては頼れる隊長であり、地獄の海兵隊育成課程「ブートキャンプ」を耐え抜いてきた同期の仲間であった。


「お前、本当に好戦的だな」

「戦うだけしか生き方を知らないからな」

「ま、いつものお前らしくて何よりだ。もうすぐ出撃だ、LVTアリゲーターに乗り込むぞ」

「分かった!」


ジェームズは同じ部隊の隊員とともに、甲板から船内へと入る。船内にはすでに数台のLVTが準備されており、海兵隊員たちが尾根に乗り込んでいた。二人は同じ部隊の隊員たちが乗り込むLVTへと向かう。


「出撃だ!」


輸送船のハッチが開き、船内のLVTが一斉に動き出す。水陸両用車両独特のエンジン音が、被弾を考慮した装甲板から伝わってくる。隣の海兵は、手に持つトンプソンサブマシンガンをずっと見つめていた。


「新兵か?」

「そ、そうであります!」

「そうか、大変な任務になると思うが、何より死ぬなよ」

「ご、軍曹。軍曹は、日本人ジャップの事をどう思っていますか?奴らは、化け物じゃありませんか?」

「馬鹿言うな、彼らとて人間だ。親がいて、子がいて、妻がいる。感情だってある、最大の敬意を払って」

「敬意を払って?」

「殺せ。じゃないと、自分や仲間が死ぬことになる。それから」


ジェームズはM1にマガジンをさす。沿岸砲による攻撃からか、砲弾が着弾した波で船が揺らぐ。


「二度と彼らをジャップと呼ぶな」


LVTが海原へと解き放たれる。ペリリュー沖ではすでに、日本軍守備隊とアメリカ海軍との戦闘が始まっており、撃墜された日本の特攻機が水面へと墜落していく。


水しぶきが顔に飛び散る。海岸から無数の銃弾が、LVTに向けて撃たれる。防護板に銃弾がカンカンと甲高い音を立てて弾かれていく。


機銃手ガンナー!撃ちかえせ!」

「了解!」


前方の機銃手が、銃架に備え付けられたM2重機関銃を撃ち放つ。しかし、ほどなくして機銃手は陸から撃たれた銃弾を頭部に受け、絶命してしまう。


「ジェームズ!機銃に着いてくれ!」

「任せろ!新兵、持っててくれ」

「了解!」


M1を新兵に手渡したジェームズは、揺れる車上でバランスをとりながら、機銃へと飛びつく。M2のコッキングレバーを引き、12.7mm弾を薬室へと押し込む。


「撃て!撃ちまくれ!」


ジェームズは銃口を空へと向けて、友軍に突撃してくる特攻機に向けて撃ち放った。銃弾をコックピットに受けた特攻機は、操縦者を失ってフラフラと海面へ墜落していく。


「機雷だ!」

「前方に複数!気をつけろ!」

「くそ!味方がやられた!?」


海岸線に敷き詰められた機雷が爆発し、隣を進んでいた揚陸ボートが吹き飛ぶ。先ほどまで人であった者の破片が、自分たちのLVTまで飛び散ってくる。あまりにも残酷な光景に、新兵が海に向かって嘔吐する。


「ジェームズ!機雷を撃て!」


指示されたように、ジェームズは前方の機雷に向けて銃撃する。すると、銃弾は機雷に命中し、LVTの進路は安全となった。


機雷原を抜けたLVTは、ペリリュー島の砂浜へと到着する。LVTが砂浜に乗り上げてすぐ、車上に乗っていたジェームズ達は砂浜へと飛び降りる。


「進め海兵隊!敵を蹴散らせ!」


砂浜に伏せていた兵士たちが一斉に立ち上がり、内陸に向けて走り始めた。すると、早駆けが始まってすぐに、無数の銃弾がジェームズたちに降り注ぐ。さらに、鉄条網に阻まれた兵士たちは、日本軍守備隊の沿岸陣地へと近づくことが困難だった。


「畜生が!足をやられた!」

「海軍の役立たず!敵陣健在じゃないか!」

「工兵を呼べ!!」


銃撃戦が続く中、鉄条網の解体を行うために工兵が駆け寄ってくる。工兵は工具箱からカッターを取り出し、有刺鉄線を切断する。切り開かれた周囲に、砲弾が着弾する。爆風で砂埃が舞い、石が落ちてくる。


「迫撃砲くるぞぉ!」

「撃ちかえせ!」


M4中戦車シャーマンが、トーチカに向けて砲撃する。その間も、ジェームズ達海兵隊は銃剣をつけたライフルを撃ちながら突撃してくる日本兵と、激しい銃撃戦を行っていた。


「ジェームズ!これを投げろ!」


ブライアンから渡されたのは、煙幕を焚くためのスモークグレネードであった。


「前方に投げろ!」


安全ピンを抜き、レバーを握ったまま投擲する。スモークグレネードは放物線を描き、日本軍のトーチカの前へと落ちる。ボンという音と共に、スモークグレネードから白い煙が吐き出された。


「今だ!」

「手の空いている奴はスモークグレネードを投げろ!」


いたるところで煙が噴き出し、海岸線は白い煙で埋め尽くされた。攻撃が遅滞したのを見計らい、海兵隊員は文字通り死に物狂いで突撃した。


そして、ついに沿岸陣地へとたどり着いた。土嚢を飛び越え、日本兵が隠れている塹壕へと飛び込む。


「ヤァア!!」

「うぐっ!?」


ジェームズの前を走っていた海兵が、敵の銃剣によって胸を突かれてしまう。胸を突かれた海兵は口から血を吐きながらも、左手で銃剣を握り、右手で太もものホルスターから拳銃を引き抜いて撃ち放つ。


引き金を絞り、ボルトを引き、コッキングレバーを動かす。単発で撃たれた弾丸が前方に飛んでいくたびに、火薬のきな臭さと薬莢が落ちる音が重なる。周囲は敵味方入り乱れる死体の山、四肢が健在である遺体は少なく、辺りは赤黒く染まっていた。


先ほどまで自分の近くで突撃していた海兵は、すでに数えれる程しかいない。敵の凶弾に倒れた仲間たちは、誰にも気付かれないまま、祖国から遠く離れた南西諸島の地で眠ることとなる。


ジェームズはキリスト教であると同時に、無神論者でもある。もし、世界に神がいるなら、彼は迷わず死なないことを望むだろう。どうせ死ぬなら、拷問や爆死などではなく、戦死という名誉ある死を選びたいと考えていた。


悲鳴が辺りを埋め尽くす中、コンクリートブロック塀の隅に腰を下ろした。


「ジェームズ、いるか?」

「ブライアンか?ここだ」

「お前さん、よく生き残ったな」

「他は?他の奴らはどうなった?」


それを聞いたブライアンは、首を横に振る。


「そうか、第1波上陸部隊は撤退しただろう。このままじゃ俺らもやられる、何とかしないと」

「なんとかって?」


ブライアンは足元の木でできた蓋を開ける。


「こういう事だ」

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