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地蔵盆  作者: 髙津 央


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07.伝承

 目が覚めた。


 ……救急車。


 六時前だが、外は既に明るく、雀と熊蝉が鳴いている。

 信吾は起き上り、窓を少し開けた。

 サイレンが近付いてくる。

 近所の人達が、長い坂道をぞろぞろ歩いていた。全員、坂の上を見ている。救急車が坂を下りて来た。坂の半ばで停車し、隊員が降りる。

 信吾の家からでは遠すぎて、よく見えなかった。

 ずっと見ていても仕方がないので、二度寝した。


 まさか、また誰かの親が入院……ってコト、ないよな?


 昨日の話を思い出し、うすら寒くなる。

 ややあって、再びサイレンが鳴り、長く尾を引きながら遠ざかって行った。



 今日のおやつは西瓜だ。

 大家の志染(しじみ)さんが、小野さん自家製の西瓜をお裾分けに貰い、更にお裾分けで持ってきた。

 「お持たせですが……」

 「いえいえ、もらいもん、右から左で……」

 母と志染(しじみ)さんが、お互いに頭を下げ合う。

 キンキンに冷やして持って来てくれたが、大き過ぎてウチの冷蔵庫には入らない。切って食べて減らして、何とか押し込んだ。

 志染(しじみ)の婆さんは、今朝の出来事を熱く語った。



 木幡(こばた)さんの旦那さんが、畑と畑の間の斜面を転がり落ちた。

 高さはそうでもないが、農作業用の一輪車に色々満載していたので、それに追い打ちを掛けられた上、最終的に用水路に落ちた。

 何とか自力で這い上がったが、足が折れて歩けない。

 ケータイは家に置いてある。

 必死に叫んだら、隣の畑で作業していた広野さんの若夫婦が、気付いて通報してくれた。



 「それでやね、木幡さんの奥さんが言うには、足だけやのぉて、アバラも折れて、それが肺に刺さって、(えら)いことになっとぉらしいねやゎ。他にもちょっと潰れたとこがあって、よぉ生きて自力で這い上がったもんやゎ」

 「火事場の底力……なんでしょうねぇ」

 「ホンマにねぇ……」

 母も目を丸くした。大惨事だ。

 「あそこ、子供さんは高校生と双子の小学生が居るけど、女の子ばっかりやから、もうお婿さん貰らわななぁ……落ちた旦那(ダン)さんはずっと『男の子ができるまで頑張る』言うてはったけど、もうアカンみたいやしねぇ……」


 それは、夫婦の年齢的な限界なのか、潰れた箇所の問題なのか。


 信吾は、後者のような気がして、震え上がった。

 「木幡さんとこは、別にどっちゃでもえぇ言うてはったのに、これも祟りなんやろか?」

 「さぁ……? お父さんがそんなになって、娘さん達も大変でしょうに……お地蔵様のせいですかしらねぇ?」

 母が首を傾げた。

 地蔵盆をどうするかの採決には、各家から祖母か母親、またはその両方が参加した。

 場所を提供した小野家だけは、一家の大人が全員参加していた。

 これまでに入院したのは、採決で「中止」票を入れた女性と、その家族だ。


 祟りだとしたら、親父さんが、個人的にお地蔵さん、ディスったとか?

 ん? いや、ヤバさが知れ渡ってるお地蔵さん、地元民がディスるか?


 信吾はふと、種をほじくる箸を止め、考えた。

 古くからの住人なら当然、知っているだろう。

 工事中の事故も、開校以来、毎年七人もの保護者が「祟り」に遭っていることも。

 この辺りは、ここ十年程で開発が進んだと聞いた。

 畑がマンションやスーパーやコンビニになり、住人も増えた。

 人が増えれば当然、交通量と事故も増えるだろう。


 何故、毎年七人なのか。

 人選の基準は何なのか。


 地域的な偏りがあるなら、今年はどう見ても、この長い坂だ。ならば、見津(みづ)家も含まれるのではないか。

 考えがそこに到り、信吾は恐る恐る、大家の志染(しじみ)さんに質問した。

 「あの、昨日、学校の子に聞いたんですけど、毎年、小学校と中学校の保護者が合計七人、入院レベルの大怪我とかするって……」

 「ん? あぁ、毎年、誰かしら入院しとぉなぁ」

 「その、過去に入院した人って、どなたか、わかったりしますか?」

 「そんなの聞いてどうすんの。プライバシーとかあるんだから……」

 母に(たしな)められた。

 志染の婆さんは、笑い飛ばした。

 「町内会からお見舞い出したら、帳面に付けてあるし、組の保護者会でお見舞いしたら、PTAの帳面に残っとぉやろ。後で嫁に見てもらうゎ。坊やも、お母ちゃんに何ぞあったら、イヤやもんなぁ」

 「あっ、いや、えっと……はい」

 婆さんに見抜かれ、信吾は赤くなった。

 「お地蔵さんとこはな、学校になる前は『七人子塚(しちにんこづか)』言うとったんや。畑と畑の間に車一台分くらいの道が通っとって、その四つ辻にあったんや」



 昔、供養する者のない子供七人を葬った塚があった、と伝えられている。

 地蔵はその子らの為に建立(こんりゅう)されたと言う。

 志染(しじみ)の婆さんが子供の頃には、既に塚はなく、地蔵堂も今と同様に古ぼけていた。

 少なくとも、志染の婆さんの祖父母が子供の頃には、地蔵堂があったらしい。

 婆さんの祖父母が幼い頃は、地蔵盆には亡くなった子らが七人遊びに来る、と言い伝えがあった。

 それは恐ろしい話としてではなく、子供の無邪気なおとぎ話のようなものだった。

 生者(しょうじゃ)も死者も隔てなく、地蔵菩薩を(まつ)り、子供が楽しむ祭だった。



 「祟りに遭うんが七人言うんは、そっから来とんかいなぁ」

 「えーっと、そこ、ひょっとして、まだ、お墓って言うか、ホ、骨……」

 信吾は震える声で、やっとそれだけ言った。

(えら)いことになっとぉらしいねやゎ=大変なことになっているらしいんですよ

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