05.部員
信吾は、コンビニにアイスを買いに行った。
家を出て、長い坂を登れば、今朝、転落事故があったばかりの溜め池の前を通らなければならない。
裏門から正門へ、中学の敷地を抜ければ近道だが、数日前の事故現場を通る。
溜め息を吐き、近道を通ることにした。
川池他二名が、グラウンドの隅の木陰で休憩している。目が合ったので会釈すると、こちらに来た。
「よっ。見津君。どこ行くん?」
川池が、にこやかに話し掛ける。
「そこのコンビニにアイス買いに行くんです」
「そしたら、別に急ぎやないな。ちょっと話えぇ?」
川池が、急に真面目な声になった。
信吾は何事かと身構える。
「話って何ですか?」
「地蔵盆、中止なったやん。あれ、何でか知らん?」
「貼り紙、理由も何も書いてへんやん」
「俺ら、小学校の向こう側やからか知らんけど、話流れて来ぇへんねや」
サッカー部の三人が、口々に言った。
信吾は、そんなことか、と内心ホッとして日陰に入った。
川池以外は他クラスで、名前もわからない。
「一応、聞きました。母さんからの又聞きなんで、ちょっと間違ってるかも知れませんけど……」
そう前置きし、粟生さんの轢逃げ事件、多数決、今日聞いたばかりの連続事故について語った。
三人は時々相槌を打つ程度で、余計な口を挟まず、神妙に聞いている。
信吾の話が終わると、三人は首を傾げ、顔を見合わせた。
「祖母ちゃんに聞いたことあるんやけど、戦争中は地蔵盆、休みやったらしいで? そん時は、別に何もなかったん違うか?」
「何かあったら、そない言うやろし」
「まぁ、何かあっても、戦争か祟りか、わからんかったんかも知れんけど」
「この辺、店とか学校とかできたん、つい最近やで。十年前まで田んぼと畑ばっかりやってんで? そんな何もないとこで、空襲とかなかったやろし、何かあったらわかるやろ」
サッカー部員は、自分達の話に没頭している。
信吾が、もういいかと思い、小さく手を振ってコンビニへ行こうとすると、呼び止められた。
「あー、待って待って。他、何か聞いてへん?」
「うーん……祟りって言ってるの、一部の人だけで、ウチの母さんと大家さんは、タダの偶然だって言ってますよ。脚立から落ちたのも、鎌で切ったのも、交通事故二件も全部、原因は本人の不注意っぽいですし」
信吾の冷静な意見に、三人は成程と頷いた。
「せやな。爺さんの池ポチャは、どうせブレーキとアクセル間違うたとかやろ。免許返さなあかんレベルでボケてそうやしなぁ」
「ウチの妹が、池ポチャ爺の孫と同じクラスやねんけど、しょっちゅうワケわからんことで、どつかれとぉらしいで。名前忘れて『オイ』とか呼んで、その子が来ぉへんかったら、どついたり、物の名前忘れて『アレよこせ』言うて、その子が『アレて何?』て聞いたら、『アレもわからんのか! アレ言うたらアレやろが!』て、どついたり……」
川池が言うと、背の高いサッカー部員が、妹から聞いたエピソードを語った。
妹、と聞いて、信吾の胸がチクリと痛んだ。
「俺の弟も前、同じクラスなったことあったけど、あの名前は覚えられんで。『鈴蘭』て書いて『みゅげ』て、全くかすりもせんもん」
団子鼻のサッカー部員が、半笑いで言った。
「覚えられんでも普通、どつかんし『スズちゃん』とかテキトーに呼んだらえぇやんか」
「あ、その『スズちゃん』は地雷らしい。その子のオカンがマジ切れすんねんて」
川池が批難混じりに言うと、妹が居る部員は、指で角の形を作り、鬼の真似をした。
「うわー……」
「DQNネーム付ける親言うんは、ホンマ、アレやねんな」
「アレて何?」
「アホ」
「そこは誤魔化しといたれや」
突然のトリオ漫才に、信吾は思わず噴き出した。
「普通に突っ込んだだけやん。転校性、笑いの沸点低いな」
「えっ? 漫才じゃなかったんですか?」
「何でやねん」
川池が、漫才の手振りで信吾にツッコミを入れた。