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地蔵盆  作者: 髙津 央


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04.災厄

 翌朝。

 早速、小中学校の正門と裏門に、地蔵盆中止のお知らせが貼り出された。

 部活で登校した中学生は、がっかりする者も居たが、大半はどうでもよさそうだった。

 二階の窓から、遠目にもはっきり、川池(かわいけ)が、がっかりしているのが見えた。

 信吾は割とどうでもよかった。



 お盆休み、見津(みづ)一家は母方の田舎に帰省した。

 大家の志染(しじみ)さんに帰省土産を持って行くと、まぁ上がって、と客間に通された。

 仏間から線香の香りが漂ってくる。

 「見津さんが()らん間、大変やってんで……」

 大家の老婆が、母と荷物持ち信吾の前に、麦茶を置く。皺だらけの手は震えていた。



 長い坂に沿って、十軒の家が、畑の間に点在している。

 志染さんと店子(たなこ)市場(いちば)さん、突き当りの小野(おの)さんは地蔵盆実行、三軒は中立、四軒が中止の意向を示していた。見津家は、立会人なので投票していない。



 最初は、坂の一番上、溜め池に最も近い木津(きづ)さんだった。

 「何がです?」

 「まぁ、順番に言うから、待ち」

 木津さんの奥さんが、脚立から落ち、入院した。

 家人の話では、背骨と腰の骨を折り、もう自分の足では歩けないだろう、とのことだった。



 お盆休み二日目。

 木津家の隣の三木(みき)さんの若奥さんが、畑の草刈りをしていたところ、誤って鎌を自分の手に当ててしまった。

 傷自体は大きくなかったが、その夜から発熱。翌日になっても高熱が続き、夕方になっても下がらず、意識も混濁してきた。

 三木家のお婆さんは、「藍那(あいな)の奴が、嫁の分際で、このクソ忙しい時期に寝込んでからに。迷惑な」と愚痴を零した。

 それを聞いた小野家のお婆さんが強く勧め、休日診療所に連れて行かせたところ、即入院となった。



 「あら、大変。お二人も!」

 母が驚くと、志染(しじみ)の婆さんは首を横に振った。

 「いいや。もっとや」



 お盆休み三日目。

 一軒飛んで、広野(ひろの)の婆さんも不幸に見舞われた。スーパーの帰り、中学前のバス停で車に跳ねられた。

 命に別条はないが、利き腕を骨折。義歯(いれば)なしの八〇二〇が自慢だったが、前歯が全て折れてしまった。

 悪いことに、運転していた若者は、保険を切らしていた。車は友人の親に借りていた。誰が治療費を払うか、モメていると言う。



 そして今朝。

 志染(しじみ)さんの向かいの押部谷(おしべだに)の爺さんが車で出掛けたところ、ハンドル操作を誤り、坂の上の溜め池に転落した。

 近所の人らに救助され、一命を取り留めたが、肺に水が入っていた為、入院した。



 「まぁ……じゃあ、四人も……」

 「いいや。押部谷さんは、夫婦と長男のヨメの三人で行きよった(いくところだった)から、他の人らと合わして六人や。ほんでもまぁ、まだ皆、命助かっとぉ(たすかっている)から、よかったゎ」

 志染さんが、眉根を寄せる母に言った。その声は、自分に言い聞かせるようでもあった。

 「多数決で、今年はせぇへんて決まったけど、どの(みち)こんなんなってもたら、でけへん(できない)なぁ」

 「そうですねぇ。粟生(あお)さんも入院してらっしゃいますし」

 「せやねぇ。粟生さん入れて七人やもんねぇ。葉多(はた)さんが、お地蔵さんの祟り(ちゃ)うか言うて、怖がってもとぉし……」

 「祟り……ですか?」

 「粟生さんの他は皆、地蔵盆止める言うた人らばっかりやから、お地蔵さん怒ってはるん違うか(おこっていらっしゃるんじゃないか)、言うてねぇ」


 坂の上、溜め池に近い家から、じわじわと不幸に見舞われている。

 信吾は、二人の話で気付いた。だんだん、見津家に近付いている。


 お地蔵さんから、距離も気持ちも離れてんのと、関係あるような、ないような……


 「それで、祟り……でも、入院しちゃったら、お(まつ)りできませんし、お地蔵さんがそんなこと、なさいますかしらねぇ」

 「そない言われたらせやねぇ。ほんなら、タダの偶然やろねぇ」

 志染(しじみ)さんの顔が安堵で明るくなった。

※八〇二〇=八〇二〇運動。「80歳になっても自分の歯を20本以上キープしよう」という、お口の健康キャンペーン。

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