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地蔵盆  作者: 髙津 央
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02.誘い

 一週間程した昼下がり、粟生(あお)さんが訪ねて来た。

 「そろそろ落ち着いた頃や(おも)てね」

 説明が長なるからと、茄子と胡瓜を山盛りにした笊と回覧板を手に、上がりこむ。母が奥の部屋の襖を閉め、粟生さんをリビングに通した。


 信吾は、奥の部屋で高校野球をみていた。前住んでいた県の代表は、初戦敗退。今はその前に住んでいた県を応援している。

 粟生さんは耳が遠いのか、声が大きかった。襖を閉めていても、テレビの実況よりよく聞こえる。


 どうやら、地蔵盆(じぞうぼん)の話のようだ。


 この辺りの各家から三千円ずつ集めて、お供えと新しい提灯と前掛け、お坊さんと子供達に振る舞うご馳走の食材と花火、お菓子を買う。

 母親達は振る舞いの巻寿司とおはぎを作り、中学生以上の子は、父親達と一緒に祭壇の設置を手伝うことになっている。


 「ここのお地蔵さんは、霊験あらたかで、ホンマに御利益あるからねぇ。お勉強、忙しいか知れんけど、試験のお守りのつもりで、来てくれませんやろか」


 小学生以下は、お坊さんの有難いお話を聞いた後、ごちそうを食べてお菓子をもらって、花火をして解散。

 中高生は、手伝いの後、法話を聞いて、欲しければ、ごちそうとお菓子がもらえる。

 大人達はその後、お坊さんと一緒に巨大な数珠を()りながら、御詠歌(ごえいか)を唱和し、後片付けをして解散……という流れだ。


 母の趣味は、行く先々の伝統行事を楽しむことだ。

 今も、熱心に粟生さんに質問している。

 「あら、巻寿司の具は、全部お野菜なんですか?」

 「仏さんのお祭やからね。精進(しょうじん)もんやないとあかんねや」

 準備は八月二十三日の夜から。

 子供が主役の本番は、二十四日の夕方から、とのことだった。


 「今日日(きょうび)はどこも共稼ぎで忙しいさかい(いそがしいから)、パートやら介護やらなんやら言うて、手伝(てつど)ぉてくれる人が減って困っとったんですゎ。他所から来はった(こられた)ばっかりやのに、有難いこっちゃ」

 粟生さんは、機嫌良く帰って行った。



 中学の裏門から続く長い坂には、家と畑が交互に並ぶ。

 古くからある志染家(しじみけ)離農(りのう)し、畑を潰して、借家三軒と駐車場を作った。見津(みづ)の家は、その借家の真ん中だ。

 三軒の借家以外は、どれも長い歴史が感じられる木造家屋ばかり。重厚な燻瓦の屋根に淡い色の土壁。庭先には、近代的な農機と昔ながらの木製の農具が、仲良く並んでいる。


 成程、こう言う所なら、伝統行事が残っていても不思議はないな……


 それから三日程して、町内会が臨時招集された。

 近所付き合いを大切にする母が出席する。

 会場は、中学の隣の小野(おの)さん宅。この辺りで一番大きい家だ。

 遅くに帰って来た母は、浮かない顔をしていた。夕飯を囲み、父に相談する。


 「粟生(あお)さんが、轢逃げに遭ったんですって」

 「えっ?」

 「粟生さんって、そこの坂の上のお婆さんか? 大丈夫なのか?」

 「えぇ、まぁ、命に別条はないそうよ。お見舞いのお花代、一軒百円ずつ徴収されたわ」

 「それは別に構わんさ。付き合いの内だ」


 あり合わせで急いで作っても、母の料理は美味い。鮭の塩焼き、野菜炒め、冷奴、茄子の味噌汁、ご飯。信吾は両親の話に口を挟まず、せっせと箸を動かした。


 「それでね、今年は地蔵盆を中止にしようかって話が出てるのよ」

 「ジゾーボン?」

 父も初耳らしい。

 母は粟生さんの説明を要約して伝えた。

 「それがね、二十三日と二十四日にあるの」

 「平日か……勤めの大人は忙しいだろうな」

 「そうなのよ。今までは付き合いで手伝ってたけど、ホントはやめたかった、この際だからもうやめようって人と、子供達は楽しみにしてるから、お坊さんに頼んで、規模を縮小してでも続けようって人で、ちょっとモメてるのよ」

 「ふーん……どこにでも、そう言うのあるんだなぁ」


 転勤で色々な地域に住んで来た。

 伝統行事は、近所付き合いのしがらみで敬遠され、少子化で継承されなくなり、忙しさを理由に、ひとつ、またひとつと姿を消してゆく。

 転勤族の見津家は、「他所者だから」という理由で、そもそも、参加させてもらえないことが多かった。酷い所は、楽しい部分には参加させないのに、費用だけ徴収されたことがあった。

 母はそれを残念がっている。

 今回は、ちゃんと誘われていただけに、落胆が大きい。

 「明日また、会合があって、その時に結論を出すんですってよ。まぁ、私は、初めてで何もわからないので、皆さんにお任せしますって言うつもり」

 「あぁ、それが波風立たなくていいな」

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