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地蔵盆  作者: 髙津 央
14/16

14.肥溜

 「(がく)がないと、そう言うことをしがちなんや。君らも、よぉけ(たくさん)勉強して、そんなアホなことで人ぉいじめるような大人にならんように、気ぃ付けるんやで」

 少年達は、黙って頷いた。

 「学がのぉても(なくても)目ぇが明るい人は、物の道理をちゃんと見抜けるんや。そう言う人は、いじめのようなしょうもないことはせぇへん。何かに執着して目ぇが(くら)なっとぉ(モン)が、悪いことすんねん。覚えときや」

 住職は、昔語りを続けた。



 家の者は、要らぬ子だから、と子の世話をしなかった。

 嫁は、畑仕事も掃除炊事洗濯も、全て、従前(じゅうぜん)通りにさせられた。その間、赤子が泣けば、(うるさ)いと責められ、赤子の世話をしていれば、家のことを怠けていると(ののし)られた。

 嫁も赤子も、日に日に弱る。

 近所の者は心配し、意見したが、姑は、あれは怠け者だからそんな風にしているのだ、と取り合わなかった。

 舅も夫も、赤子が泣いても座して見ているだけで、畑仕事以外、何もしない。夫は我が子を一度も抱かず、舅は孫娘に触れもしなかった。


 ある夜、夜泣きが煩い、と嫁と双子の赤子は外へ出された。

 嫁は一人を抱き、一人を背負い、とぼとぼと、畑の中の夜道を歩いた。

 家から遠く離れた畑の道に、四つ辻がある。

 大きな松の木があり、その後ろ、畑の隅に肥溜があった。


 翌朝。

 姑が、孫が二人とも居なくなった、と庄屋に駆け込んだ。

 あんなに疎んでいたのに、居なくなって初めてその可愛さに気付いたか、と庄屋は後に書き残している。

 姑は、嫁が赤子の世話が面倒になって捨てたに相違ない、この怠け者を()らしめて欲しい、と庄屋の前でも嫁を責めた。

 庄屋が嫁に問うたところ、嫁は、知らぬ存ぜぬ、自分は石女(うまずめ)だ、赤子なんぞ産んでおらぬ、子が欲しい、早く子を産みたい、と答えた。

 嫁は、気が()れていた。離縁(りえん)されて実家へ帰され、この件は有耶無耶(うやむや)になった。


 別に家に、三人の兄弟があった。

 長男はボンクラ、年の離れた次男は、まだ五つだったが利発な子で、三男はまだ赤子だった。

 祖父と父は、跡継ぎの長男より利発な次男を(うと)んだ。いつか長男の家督を(おびや)かすに違いない、生意気な子だ、調子に乗らせてはいかん、と幼い次男を些細なことで折檻(せっかん)していた。

 ついに、次男は実の父と祖父の折檻で命を落とした。

 祖母と母に見つかる前に、死骸をこっそり遠くへやった。

 飯時になっても戻らぬ次男を、祖母と母が案じ、探しに出たが、見つからなかった。

 祖父と父は何食わぬ顔で、次男坊は一人で川へ遊びに行った、帰らぬのは、流されたからだろう、と話した。


 また別の家は、怪我が元で歩けなくなった子が、いつの間にか消えていた。

 家人は、傷が元で亡くなったと語った。

 村の者が葬式の話を出すと、あんな穀潰し、()んでせいせいした。葬式なんぞいらん、と突っぱねた。



 「せや、君ら、肥溜て、どんなもんか知っとぉか?」

 「うんことしっこ溜めて肥料にする穴やろ、知ってんで」

 丸山が即答した。

 住職が重ねて問う。

 「どなして肥料にするか、知っとぉか?」

 それには、誰も答えられなかった。

 「屎尿(しにょう)を地面に埋めた大きい壺に溜めて、自然発酵さすんや。何もせんと待つだけ。ちゃんと(こな)れてへん奴を撒いたら、作物枯れてまうねんで。せやから、壺を何個も用意して、時期ずらして溜めて、(こな)れた奴から順繰りに使うんや」

 住職はそれだけ言うと、唐突に昔語りを再開した。



 少し離れた別の家は、お産で嫁が亡くなった。

 その頃、村には幼子二人を連れ、出戻った女が居た。夫が博打(ばくち)で身を持ち崩し、離縁(りえん)してきた。

 まだ乳が出るとは丁度良い、と後添(のちぞ)いに迎え、互いに子連れで夫婦になった。

 一遍(いっぺん)に家族が増え、賑やかになった。

 女房は、自分が腹を痛めていない他人の子にも、分け隔てなく、乳を含ませた。

 最初はよかったが、後がよくなかった。

 ある日、夫は、後添いの連れ子が居なければ、我が子にもっと乳をやれると考えた。

 そもそも、夫にとっては、見ず知らずの博徒(ばくと)の子。あの子二人を家に置いては、後の(わざわい)になるやも知れぬ、と夫の両親も賛成した。

 まず三人は、まだ口の()けぬ上の子を、可愛がるフリで密かにいびった。母は赤子二人の世話に追われていた。

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