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地蔵盆  作者: 髙津 央
13/16

13.住職

 本来ならば、地蔵盆(じぞうぼん)の準備をする日。

 待ち合わせ場所は、中学の正門前だ。

 長身のサッカー部員・鵯越(ひよどりごえ)が、一番に来ていた。信吾は、家が一番近いのに一番乗りでなかったことが、少し恥ずかしくなった。

 熊蝉の大合唱に負けないようにお互い、大声で挨拶する。

 サッカーの国際大会の話で盛り上がっていると、川池と丸山もやって来た。



 地蔵盆を取り仕切る寺は、バス道のずっと北にある。中学の正門前が、バス停の終点だ。ここから北は、自分で行くことになる。

 四人でサッカーの話をしながら、畑の中に民家が点在する道を歩く。

 道は、信吾が思っていたより起伏があった。あっという間にバテてペースが落ちる。


 「谷って、川のとこにあると思ってましたけど、ここも谷なんですね?」

 「ん? あぁ、ずーっと昔、何万年も前に川やって、地面削れて谷ができて、あっちこっち凸凹(でこぼこ)やねん。川は今、一本しか残ってへんけど、谷地形は残っとんやて(のこっているんだって)

「理科で(なろ)たゎ。もうちょい西は、その谷も風化とかで削れて、平野になっとんやで」

 丸山と鵯越(ひよどりごえ)が説明してくれた。

 川池が気遣う。

 「お寺さん、ちっさい山の中やねんけど、大丈夫か?」

 「んー……多分」



 三十分程で寺に着いた。

 作務衣(さむえ)の寺男が、境内の掃除をしている。丸山が緊張した声で、用件を告げた。寺男は、愛想良く応対して奥に引っ込み、住職を連れて戻って来た。

 老いた住職が、本堂に案内してくれた。

 本堂に入ると、すっと汗が引いた。


 「よぉ来たなぁ。今年はあっこの地区、休む言うとったから、心配しとったんや」

 「何か、すんません」

 丸山が謝る。後の三人も、それに(なら)って頭を下げた。

 「あぁ、子供らは悪ない。そんな謝らんでえぇ。大人の都合やさかい。仕方(しゃあ)ないゎ。他の地区は、若い坊主に(まか)してあんねやけど。君らのとこはなぁ……」

 軽い自己紹介の後、老僧は、粟生(あお)さんと同じ目をして語り始めた。



 かつて、この地にあった出来事。

 その家は、子宝に恵まれず、鬱々(うつうつ)と日々を送った。

 姑が(ごう)を煮やしたのか、嫁を「石女(うまずめ)」と(ののし)り始める。嫁を罵って子が授かるなら、誰も苦労はしない。姑は、跡継ぎが産まれぬことを嫁のせいにし、日々の鬱憤(うっぷん)を晴らした。

 夫は、己の母が嫁をいびる姿をただ、見ていた。

 舅も、己の妻の嫁いびりをただ座して見ていた。

 ある日、嫁は近所の者から、子宝が授かる温泉(いでゆ)がある、と教えられた。

 嫁は、子が授かれば、いびられなくなるだろう、と夫にその話をした。

 夫は、何故、お前なんぞの為に遠くへ旅をせねばならん、と行きたがらなかった。

 姑は、畑仕事を怠けたくてそんなことを言うのだ、と嫁を責めた。

 舅は、何も言わなかった。

 しばらくして、別の者が姑に同じ話をしたところ、姑は若夫婦を温泉へ行かせた。

 果たして、十月十日(とつきとおか)経ち、双子の女の子が授かった。

 嫁は、これでいびられなくなる、一度に二人も授かったのだから、きっと褒められるだろう、と大いに喜んだ。

 姑は、双子なんぞ産みおって、この畜生腹(ちくしょうばら)が、と嫁を罵り、女では跡継ぎにならん。要らんもんばっかり産みおってからに。この女腹(おんなばら)が、と嫁を責めた。



 「あの、すみません。質問、いいですか?」

 「ん? 何や?」

 「ウマズメとチクショーバラとオンナバラって何ですか?」

 住職は、話の腰を折られたことに気を悪くする風もなく、答えた。

 「昔の人は、そんな悪口を言いよったんや。石女(うまずめ)は、子供が産まれん女の人。畜生……犬やら猫やらは、一遍(いっぺん)によぉけ子ぉを産むやろ。それで、犬猫と一緒や言うて、馬鹿にしたんや」

 「なんですか、その謎理論……?」

 「犬猫は、一遍に五、六匹産むんやで。牛とかは一頭ずつやし。畜生の種類、何なん?」

 「二人くらいで、畜生呼ばわりて。数、全然足りてへん」

 「人間、割と双子、居るやんなぁ。アホちゃうか」

 男子中学生は、半笑いで昔の人の無知にツッコミを入れた。


 住職が、昔の人をバッサリ斬り捨てた丸山に頷き返し、言い添える。

 「一遍に何人産まれても、それで人の()()しが決まるもんやない。それをとやかく言うて、いびる(モン)が悪い。人として()()の行いや。よぉ覚えとき」

 四人の少年は、神妙に頷いた。


 「女腹は、女の子ばっかり産まれる女の人を馬鹿にした言い方や。昔はそう言う男女差別があったんや」

 「女の子を跡継ぎにせぇへんのは、大人の勝手やん」

 「お婿さんを迎える発想は、なかったんですか? 大昔は女帝も居ましたよね?」

 「思いつかんかったんか、嫁いびりの口実やったんか、そこまでは伝わってへんなぁ」

 住職は、少年達のツッコミや質問に笑顔を返した。

 「子供の性別て、Y染色体のDNAで決まるから、旦那(ダン)さんが男の子か女の子か決める側やん」

 丸山が、すらすら難しい話をした。

 「そうや。マー坊、(むつか)しことよぉ知っとぉなぁ。別に女の人が念力で、おなかの中の子ぉを男か女か決めとぉ訳やない。遺伝や。せやけど、昔の人は何も知らんから、気に入らんことがあったら、何でも嫁さんのせいにしよったんや」

 住職は、遠い目をして麦茶を一口すすり、言った。

差別用語が色々と出てきますが、差別を助長する意図はありません。

昔話の中なので、現代風に言い換えると、その時代の空気感が伝わりにくいので、敢えてそのまま書いています。

もし、現代でリアルにこんなことを言っている人が居たら、激しく時代遅れ。

何百年も過去の時代からタイムスリップしてきた人レベルの時代錯誤ですよ。

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