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地蔵盆  作者: 髙津 央
12/16

12.復帰

 信吾は、当初の予定を変更して、カップのチョコミントアイスを買って帰った。

 玄関に見慣れない履物がある。

 リビングに顔を出すと、地蔵講(じぞうこう)粟生(あお)さんが来ていた。

 「あ、こんにちは。治ったんですね。よかったです」

 「こんにちは。心配掛けてすまんねぇ。そんな大したことあらへんかってん」

 少しやつれた老婆は、照れくさそうに笑って、入院の経緯を語った。



 昼過ぎ、スーパーへ行こうと、横断歩道を渡っていた。

 角を曲がって来たスクーターと接触し、転倒。スクーターは逃走。

 何故か、倒れたまま、起き上れない。

 誰が通報してくれたのか、救急車で病院へ運ばれた。

 怪我は、軽い打撲だけで済んだ。

 動けなくなっていたのは、熱中症が原因だった。



 「喉乾く前に水飲んどけて、センセに怒られましたゎ」

 粟生(あお)さんは、お見舞いのお返しとして、石鹸を持参していた。

 母が石鹸をテーブルの脇に置き、粟生さんのグラスに麦茶を継ぎ足した。


 「事故に遭わんと、畑かどっか、人目につかんとこでコケとったら、そんまま()んでまうとこやったゎ。普通は一日二日、点滴繋がれとったら治るらしいねやけど、ちょっと腎臓弱ってもとったから、(なご)なってもてん。心配さしてごめんねぇ」

 「いえいえ、お怪我が酷くなくて、よかったです」

 母の笑顔につられて、粟生さんも笑った。

 お地蔵さんの祟りではないか、とも噂されていたが、これは逆に、御加護なのかも知れない。

 この地区で大人が入院すると、まず第一に「祟り」を疑われてしまう。

 信吾は、きちんとした親や大人まで、そんな目で見られてしまうことが、気の毒に思えた。


 ……粟生(あお)さんは、ノーカウントだよな。

 脚立、鎌、交通事故、池落ち三人、用水路落ち……で合計七人。

 美術部の言う通りなら、今年の分はこれで終了……ってことか?

 七人までってことは、残り四カ月は何やっても(ばち)当たんないってコト?

 それとも、来年、すぐに発動?


 考えれば考える程、謎が増える。

 「今年は、地蔵盆(じぞうぼん)、中止になってもてんなぁ」

 「えぇ……すみません」

 母が頭を下げると、粟生(あお)さんは両手を振った。

 「なんで見津(みづ)さんが謝んのんな。あんたのせい(ちゃ)うで。みんな、ホンマはもうこんな面倒臭いこと、やりとなかってんなぁ」

 粟生さんは、小さく溜め息を吐き、肩を落とした。


 「子供は、楽しみにしてますよ」

 「せやろか?」

 信吾の言葉に、粟生さんは複雑な顔をした。

 「まぁ、私が生きとぉ間は続けるつもりやけど、大人はみんな忙しいさかいなぁ……今年は中止て決まってもたし……」

 「来年からは、子供……っていうか、中高生がもっと手伝うようにすればいいと思いますよ。やりたい子は、それだけ頑張ってくれると思います」

 差し出がましいと思いつつ、川池達の顔を思い出し、思い切って提案してみた。

 粟生(あお)さんは、(しわ)くちゃの顔を更に皺だらけにして、考え込んだ。


 母から無言の圧力を感じ、信吾は言い添えた。

 「中学の子が何人も、中止になったのがっかりして、すごく気にしてたんです。だから、あの子達に言えば、どんどん手伝ってくれるんじゃないかなって……」

 「……さよか。まだまだ、頼りにされとんやねぇ」

 答えた粟生(あお)さんの顔は、何故か暗かった。



 粟生さんが帰った後で、信吾は、粟生さんの悲しそうな目が気になった。

 地蔵盆を楽しみにして、お地蔵様を頼りにする子が居るのは、そんなに悪いこととは思えない。

 建立の経緯は悲しい出来事のようだが、ずっと昔の話だ。

 図書委員も、昔のことを聞きに行くのは、別に構わないと言っていた。

 もう終わった話だからだろう。

 そんなことを考えていると、なかなか寝付けなかったが、いつの間にか眠っていた。

 気が付くと、朝だった。

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