01.転入
遠くの地方から来た転校生が主人公。
ちょっとした好奇心で、地元の子と一緒に「地域の伝承」と「先輩から伝わる学校の怪談」を調べていると……
シャワシャワシャワ……
何の音かと思ったら、蝉の声だった。
二階の窓のすぐ外、庭木の幹にやたらでかい蝉がいる。透き通った緑の翅はキレイだが、体の大きさに比例して声もでかい。ぶっちゃけ、うるさい。
初めて見る種類だ。改めて、遠くに引越した実感が湧く。
もっとよく見ようと窓を開けたら、逃げてしまった。目で追う。すぐ近くの真新しい建物の壁に止まった。
中学校だ。
朝、ギリギリまで寝られる距離。今は夏休みで、チャイムの音は聞こえない。吹奏楽部のパート練習の音や合唱部の発声練習、グラウンドからは運動部の掛け声が聞こえる。
部屋の片付けは、まだ途中。転勤族だから慣れているし、荷物も少ないが、何度やっても、面倒臭い。
母に呼ばれ、階段を駆け降りた。
八月一日。今日は転入手続きのついでに、担任の先生に挨拶することになっている。
連絡済みだったのか、いかにも「部活の指導中」な恰好の先生が、職員室で待っていた。
書類を提出した後、互いに型どおりの挨拶と当たり障りのない話をして、終了。三人で外へ出た。
「おーい! 川池! ちょっと来ーい!」
北条先生に呼ばれ、サッカー部の一人が走って来た。
ガッツリ日焼けして、汗だく。まだ昼前だが、既にへとへとだった。
「川池、今日はもういいから、転校生を案内してやってくれないか? 二学期から同じクラスになる見津君だ」
「見津信吾です。よろしくお願いします」
「……川池信司です。よろしく」
川池は、乱れた息の下から、辛うじて返事をした。
「じゃあ、私はこれで……川池君、仲良くしてあげて下さいね」
「じゃ、先生も部活に戻る。川池、あんまり無理せんようにな」
「……はい」
母と担任が去り、二人きりになった。
日射しがじりじりと肌を焼く。以前住んでいた所より南だからか、殊更に暑く感じる。
川池は、ユニフォームの肩で汗を拭い、周囲を見回した。
「今、居るとこ、第一グラウンド。あっちが第二グラウンドで、フェンスの向こう側は小学校の校庭。こっち回り込んで、竹藪の手前がテニスコート」
順繰りに指差される方を見て、小さく頷き返す。
フェンスの足許は花壇だ。杖をついた老婆が、小学校との境界に沿って歩いてくる。
見津の視線に気付いたのか、川池が説明する。
「地蔵講の粟生さん。裏門出て短い方の坂、上がってすぐの家の人。あの竹藪、粟生さんとこのやから、ボール入ってもたら、挨拶してから取りに行かな、後で怒られんで」
「へぇー……質問、いいですか?」
「何?」
「ジゾーコーって何ですか?」
川池は、怪訝な顔をしながらも、答えた。
「何て……お地蔵さんを信心しとぉ人らの集まりや。毎月一回、おっきい数珠持って、集団でお経唱えんねん。粟生さんは講の代表の人で、毎日お地蔵さんに花とかお供えに来はるんや」
「学校の敷地にあるんですか?」
「元々お地蔵さんがあったとこに、後から学校が建ったんや。どっちも十年前にできたばっかりやねん」
「へぇー」
川池は、掌で花壇を示した。
「あそこにお堂があるやろ。あれ、お地蔵さん」
花壇と花壇の間に、小さなお堂が見えた。長い歳月、風雨に晒され、すっかり古ぼけている。真新しい校舎とフェンス、花壇に囲まれているが、そこだけ数世紀程、時代が違って見える。
「地蔵盆の日ぃは部活、休みになるで」
「ジゾーボン?」
「手伝ぉたら、お菓子くれるで」
そういうことを聞きたかったのではないが、暑くて面倒になってきたこともあり、そのまま流した。
校舎に入り、当たり障りのない話をしながら、教室の場所などを教えてもらう。
吹奏楽部のパート練習の音が、人気のない廊下に反響している。理科室などの特別教室は、文化系の部が使用中で、夏休みでも、思ったより生徒がいた。
同級生を見つける度に、川池が声を掛け、手短に見津を紹介する。
興味津々で幾つも質問を重ねる子もいれば、部活が忙しいのか、川池の説明に頷くだけの子もいた。
これまでは首都圏を中心に、本州の東半分で転勤と引越しを繰り返していた。この地方は初めてだったが、テレビで漫才をみていたからか、何となく、方言の意味がわかる。
すんなり馴染めそうな気がした。
方言には、少しだけルビを振っています。
ルビ非対応の方は、読みにくくてすみません。
以下は、タイプミスではなく、方言です。他にもありますが、基本形だけ。
○○とぉ=○○している
例:喋っとぉ=喋っている
「っ」は省略しがち。
例:思て=思って
例:買ぉて=買って
形容詞末尾の「い」も省略しがち
例:難し=難しい