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5.その少年、出鼻を挫くその5

姫川 楪は燈明院 直継の第一秘書である。それは、ELグループ代表としての直継と燈明院家当主としての直継、両方を意味する。

つまり、公私の区別なく楪は直継の隣にいるわけである。

ゆえに直継の判断の真意と理由を最も良く知るであろう人物と考えられている。


そうでなければ、ただの使いできた楪に対して人式もかような疑問を呈することはなかっただろう。


「潮様が何者か、ですか。彼は直継様の数少ないご友人の忘れ形見です」

「つまりは縁故で彼を守ると」

「言い方を変えればそうなります。直継様にとっては我が子も同然でしょう」

「潮君の方が燈明院家現当主のことなど今日まで知らなかったとしてもか」

「愚問です。直継様はなるべくこちら側へ彼を近づけたくなかったので敢えて彼に存在を知らしめなかったに過ぎません。ですが、現に潮様はこの陰府月町に現れ不幸にも貴方方に見つかってしまったのです。それに対して直継様が潮様を守るために何らかの措置を講ずることに何の疑念も挟む余地は無いと思いますが」


楪は紡績機のように淡々と言葉を紡ぐ。

人式にして見ればその姿こそがさらに疑念を浮かばせる要因だった。


「それは建前だろう」

「私には建前も本音もありません。直継様の仰った事をそのまま伝えたに過ぎませんので、それでは失礼します」


楪は一礼をし、自治会を後にした。

彼女見送った扉がしまったところで人式は深くため息を吐く。


「なぁ、人式。あの小僧ってーのはそんなに引っかかる存在なのか?」

「潮君は神子でも忌子でもない、にも関わらず怪異を殴りつけた。しかもただ殴りつけただけじゃ無い、犬神を吹っ飛ばして社を半壊させたんだ、霊具も無しにな」

「ってことはなんだ?超能力者か?」

「怪異なんてのに携わってる身でその意見を否定するつもりは無いが、彼は恐らく超能力者では無い。稀人だ」

「はぁ!?」


その言葉に八丁は驚きを見せる。しかし、驚いているのは八丁一人、他の者は八丁から聞いていた概要で大方のことを察していた。

なぜ、現場にいた本人が気付いていないのかという怪訝そうな顔を皆が向けている。


「稀人ってあれか!?神と同質の存在ってことか!?あいつが!?」

「6000万人に1人、生まれながらにして常世と現世の両方に生きる人間があの子ってことね」


八丁の叫びに答えたのは、谷地村(やちむら) (まどか)

ウェーブのかかった長い黒髪、整った顔立ちにチャームポイントとも言える涙ほくろが右目の右下に一つ。

フレームの厚い赤色の眼鏡は、そこはかとなく妖艶さを醸し出している。

そして、胸が大きい。陰府月町自治会のメンバーの中では一番の巨乳だ。

白いシャツに浮かび上がる陰影は男の視線を釘づけにする。


「それにしてもあんな坊やが稀人なんてねぇ、世の中分からないものね」

「恐らくは我々の憶測で稀人と決めつける分には問題は無いのだろう。燈明院家の当主が認めたとなれば彼は稀人として揺るぎない存在となる」

「そうなれば、あの坊やがさらに面倒なことに巻き込まれるってことね、それは燈明院家の当主の意向では無いと」

「そう言うことだな、まぁ、燈明院家の当主の考えてることは分からん。もっと何か可能性があるかもしれない、が、いまはそう言うことにしとこう」


人式はそれにしても、と一言前置き口を開く。


「明日は別ち世の儀式だろうな」





「わかちよ?」

「えぇ、世を別つって意味で別ち世」


まだ、寒気の残る明け方。街灯もようやく1日の勤めを終えた時間に、燈明院咲華と彩樫潮の二人は鳥居の前にいた。

ここは、陰府月町最古の神社である継世神社であり、二人のいる鳥居から境内に至るには石段を88段登り、更に竹林の中を進むことになる。

二人は境内へと至る道中、ようやく石段を登り終えるところにいた。


「その儀式をしなければ退魔師見習いにはなれないってことか」

「まぁ、そう言うことね」

「ってことは咲華も経験したのか?どんなことするんだよ別ち世の儀式って」

「心臓を小刀で刺されて仮死状態になった後生き返ると触霊能力を手に入れることができるって儀式だけど」


潮は一瞬耳を疑う。物騒では片付けられない言葉が彼女の台詞に入っていた。


「心臓を刺す?仮死?」

「小刀といっても、果物ナイフくらいのだから安心していいと思うけど、それにこの儀式で死んだ人はいないし」

「どう言う原理なんだよ……」

「妖刀の不思議パワー?」

「そんな適当なもんにおれは命を託さなきゃいけないのか!?」

「昔は飛行機がなぜ飛ぶか分からなかったけど飛行機を使っていたし、麻酔が何故効くか分からなかったけども、使っていたじゃない」

「それは今じゃ解明されてるだろ、っていうか俺は霊に触れることが出来るんだからやる意味ないじゃねーか」


矛盾をついたつもりでいた潮だったが、その思いはすぐに消え去った。

言い放った直後に覗いた相手の顔には、意表や図星を突かれた色は無かった。

むしろそこにあったのは、興味や好奇心の色である。


その言葉を待っていたと、言わんばかりの。


潮はその表情におどけつつ、境内に至る最後の鳥居をくぐった。


二人の眼前に広がる石畳に両端には、自治会のメンバーが、そして、本殿の目の前には厳かな衣装を纏った神主であろう白鬚を蓄えた老人が立っていた。


「おい、なんだこれ」

「別世の儀式よ、もっともやりたくないと言うなら、別の手段があるけど」

「じゃあそっちがいいんだけど」


咲華は笑った。望み通りの展開を迎えたような表情で。

そして、潮だけでなく周りの人間たちに語りかけるように口を開いた。


「じゃあ、私と決闘しましょう」

「は?」

「退魔師見習いになるには事実上別世の儀式が必要だけど、それは怪異に対抗する霊力を得るための手段にしか過ぎない。あなたは既に怪異に対抗する力を身につけているわ。だから、別世の儀式を不要、でも、自治会員はそれなりの実力が認められないといけない、だから私と決闘しましょう」


神主は笑っていた。恐らくはこの状況を予測していたのだろう。神主と咲華は旧知の仲である。

神主は知っているのだ、彼女が人一番負けず嫌いであるということを。

自分には抜けなかった霊切を抜き、一般人でありながら怪異に触れられる能力、彼女はそれを超えたいのだ。


「ルールは簡単、相手を戦闘不能若しくは降参させれば勝ち、そしてあなたのやる気を引き出すために特別サービスをしてあげる。私に勝てれば、あなたは私の手伝いなんてしなくていいわよ。一応こちらで見張らせてはもらうけど、あなたが普通にしている限りは、普通の高校生生活を楽しんでくれて構わないわ、私たちはそれを邪魔しない。負けたらその望みは捨ててもらうことになるけど」

「あらあら、お譲ちゃんも考えたわね」


谷地村は片手を頬にあてながらそうつぶやく。

それに八丁は疑問を覚える。


「どういうことだ?万が一お譲が負けたらこっちは貴重な人材を目の前でみすみす逃すことになるんだぞ?」

「咲華ちゃんは勝つつもりなのよ。それに実力を測るための決闘でもし坊やが何もできずに負けたらどうなると思う?」

「んっ?よえーってこったろ」

「そんな弱い奴が自治会に入れると思う?」

「入れるわけねーだろ、責任感と実力が必要なんだ、町のみんなを守るためのな」

「そういうことよ、坊やは自ら手を抜いて自治会に入らないという手段がとれるの、だから咲華ちゃんは勝ったら解放、負けたら入会の条件を付けた。そうすれば勝つために実力を出さざるを得ない、それで負けても実力は十分認められるっていうわけ」

「でも、勝ったら自治会には入らないんだろ?」

「咲華ちゃんは負けないって」


外野の反応を気にせず、二人の間にしばし沈黙が走る。

潮にも思わない所がない、というわけではない。

心臓を刺されるなんて真似は絶対に避けたいが、決闘というのも相手が女となると気が引けるのだろう。


しかし、決めなくてはならない。

といっても、彼にとって選択肢などない。

答えは決闘である。


「勝ったら本当に退魔師にならなくていいんだな?」

「もちろん、まぁちょっとしたことなら手伝ってもらうこともあるかもだけど、退魔師にならなくていいというのは約束するわ。あと手加減なんでしょうとしたら命落とすから」

「分かった、おれは素手か?何か持ってもいいのか?」

「刀でいい?」

「お前はいいのかよ」

「当たらなければどうということはないから」

「……じゃあ頼む」


咲華は耳のインカムの電源を入れ自室にいるネコ丸に通信をする。

しばらくして咲華の目の前には0と1で構成された異空間が現れると、そこから一振の刀が現れた。


「はい、普通の日本刀よ。好きなように使ってくれて構わないから。なんならあげるし」

「いや、遠慮しとくわ、銃刀法違反で捕まりたくないし」


潮は刀を受け取ると、下緒を少し解き紐の先を鍔の穴に通し鞘に固定した。

それは刃は用いないということを意味し、その行為に咲華は顔を曇らせる。


「舐めプ?」

「戦闘不能させたら価値なんだろ?それに俺が勝ってお前が怪我してたら自治会側もいい気分じゃないだろうし」

「まぁいいわ、こっちは手加減しないけど」


先ほどの空間から弓が現れ、咲華はそれを構える。

つがえられたのは鏑矢(かぶらや)

咲華はそれを引き、ほぼ真上へとその矢を放った。


瞬間、鯨が嘶いたが如き反響音が周囲に響く。

空間を歪ませるようなそれは潮の五感を奪った。


咲華が放ったそれは「水破(すいは)」と呼ばれる弓矢である。

その昔、源三位頼政(げんざんみよりまさ)が黒き雷雲に乗って現れた妖怪変化を射落とすために用いた二筋の矢の内の一つである。


咲華の鏑矢による先手、それは開戦の合図だった。


咲華は未だ残っていた異空間から馴染みのトンファーを取り出し、両手に構えると一直線に駆け出す。


当の潮は未だ五感を奪われたまま、辛うじて前は見えど、渦巻く視界では咲華との距離すらうまく把握できない。


咲華は標的まであと数歩のところで、トンファーを手元でくるりと回し、その長辺を潮へと向ける。


あとは顎か鳩尾に一撃。


「悪いけど、これが戦いなの」


放つ言葉はそれきりに、走り込みの勢いを殺すことなく、そのままトンファーの先端を潮の鳩尾にぶち込んだ。


「あがっっ」


女性の力では考えられない威力の打撃、潮は体内の空気を吐き出しながら後方へと数メートル吹き飛ぶ。

あともう少し威力が高ければそのまま石段を転げ落ちていただろう。


「あなたが兄様と同等なんて認めないから」


咲華は潮を見つめそう呟く。その音が咲華本人以外の耳に届くことは無い。


「帝岩のおじいちゃん、終わったわ」


鏑矢の影響を受けなかった者は咲華の他にたった一人しかいなかった。この神社の神主、源帝岩(みなもとのていがん)である。


帝岩のおじいちゃんとは、咲華が昔から呼んでいる名でありこれまでもこれからも変わることは無い。


しかし、咲華の言葉があっても、神主は辞めの合図を出すことはなかった。


咲華は神主の視線の先、石段の方へ注意を向ける。


そこには、一人の男が立っていた。

それは、人体急所に致命的な一撃を受けたはずの、立つどころか意識さえ残っているはずの無い男である。


「いてて……悪いなおれは他のやつよりちょっと頑丈なんだわ……」


腹部を抑えながら、潮はそういった。

周囲の誰もが思った。やはり、この男はただの人間ではなく、稀人のそれだと。

疑惑が確信へと変わる瞬間、再び戦場は動いた。


先手を打ったのは、咲華である。再び直線上にいる潮へと走り加速する。


これで、本気を出せる。咲華は心の中でほくそ笑んだ。相手がただの人間では無いとは思っていたが、常人が二日は昏倒するレベルの打撃を受けてなお立ち上がる相手が目の前に現れたのだ。


なんのために父が開発したか分からない対人戦闘術を試すのに申し分無い相手が目の前にいる。


その事実が咲華の鼓動を昂らせた。


しかして、行動は先ほどと同じ。

ただ、直進しトンファーによる打撃を打ち込む。


対して潮は刀を切り払うように左から右へと振るう。胴体を狙う軌道だ。


全速力で直進する咲華には慣性が働き、避けることはかなわない。

速度を落とし、これを受けるはずだ、と潮は予想する。


が、その期待は外れた。


両者の軌道が重なる瞬間、咲華が直角に潮の左側面へと回避したのである。


刀は咲華の服を掠めるが直撃はしない。

慣性を無視したその動きに潮は動揺隠しきれない。

その隙をつき、咲華は潮の懐へと飛び込む。

振り抜かれた刀を再び咲華にぶつけんと潮は力を入れ直す。すると勢いのままに後ろへと向かっていた刀が制止するや否や一瞬で元の軌道へ戻った。常人では考えられない膂力によるそれは、咲華も予想外の動きである。

側面からの一撃に咲華はトンファーでそれを受ける。


「受けた!?」

「そう何度も物理法則無視できるわけないでしょ!」

「よし、なら、こっちの番だな」


ニヤリと笑う顔を咲華が見上げた瞬間、周囲の景色が急激に加速する。まるで彼女から離れていくように。しかし、景色から離れたのは彼女の方だった。少女のそれとは思えぬ力で潮の膂力を受け止めていた咲華を、潮は彼女を持ち上げるように刀を思い切り振り抜いた。数mというレベルではない、数十メートル、少なくとも神社の境内を囲む杉林の頭を飛び越えて、彼女は潮の膂力により吹き飛んでいったのだ。


潮は彼女が飛んで行った方を見つめ、やり切った顔をすると、神主の方へと振り向いた。


「こんどこそ終わりだ」


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