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4.その少年、出鼻を挫くその4

夜道を二人並んで歩くのは潮と咲華である。集会所からの帰り道、手持ち無沙汰の二人はアパートまで道半ばというところにきてようやく口を開いた。


「えーと、とりあえず誰かが聞いてるかもしれない場所じゃあまりペラペラ話せないから」

「あぁ、分かってる。でもとりあえず教えて欲しいんだけど、笹村豆腐店でお前も豆腐買ってるのか?」

「えっ?えぇ、そうね。まぁスーパーで売ってるのより美味しいし、ぼったくられることもないし」

「どこにあるんだ?」

「駅の近くよ、陰府月町商店街の中ね」

「ありがと、これで殺されなくて済みそうだ」


胸を撫で下ろす潮の様子をみて咲華はくすくすと笑った。


「別に豆腐くらいで殺されないわよ、体が壁に叩きつけられた豆腐みたいになるかもしれないけど」

「多分それは世間一般的には殺されたってことになると思うぞ?体がバラバラになっても生きてるとか俺はヒトデかプラナリアか」

「プラナリアはあなたなんかよりもっとつぶらなかわいい瞳してるわよ」


二人がそんなこんなと話しているうちにアパートへと辿り着いた。潮と咲華の部屋以外は明かりがついている。


二人は一度自室へ戻ると、咲華の部屋に集まった。

咲華の部屋は薄暗く電気は豆電球しかついていない。部屋にはまだ段ボールが高くそびえ、なんとかリビングに置いてある白いテーブルの周りだけ座れるスペースが確保されていた。


「とりあえず、忌子とか神子とかまだ説明受けてないし。そもそもお前の手伝いってなにするんだ?」


テーブルの前に座るなり潮は咲華に尋ねた。

とうの咲華は玄関近くの小さな冷蔵庫から緑茶を取り出しテーブルの前に腰を下ろす。


「忌子は、忌まわしい子、忌むべき子。あなたみたいに特殊な能力を持って生まれた人間のことよ。神子もだいたい同じ」

「でも、忌子は悪くて神子はいいみたいなニュアンスだったぞ」

「忌子はその力に溺れた者、力に乗っ取られた者のことを言うのよ、対して神子は力を正しいことに使うの。ただ、忌子がその後善人となることは決してないわ、だから忌子は判明し次第ある施設へと送られその能力を剥離させられるの。神子は品行方正な人間なんだけど思春期に入ると段々感情が薄くなって、15歳から20歳までの間に失踪してしまうっていう特徴があるわ」

「……じゃあおれはどうなんだ?感情は薄くないと思うし、力に溺れてもないし」

「私たちの間では稀人(まれびと)と呼んでいるわ」


そう言って咲華は緑茶を一口飲み、口の渇きを潤す。

その時、咲華の背後、ダンボールの影で何が蠢いた。風などではない。生きた何かが固まった体を解すように動いた。


「おい、なんか今そこで!」


潮は身を後ろへたじろがせながら彼女の背後を指差した。

しかし、咲華はさも当然の如く、驚きすらしない。


「あぁ、式神兼ペットよ」

「おいおい……ペットって禁止だろ?ここだけじゃなくて生徒用アパートは」

「えぇでも、式神は禁止されてないはずよ?」

「そんな揚げ足取りみたいなことを……」

「紹介するわ、ネコ丸きなさい」

「あぁ、なんかインカムにネコ丸って言ってたのはそれだったのか、それにしても安直な名ま……えぇ!?」


ダンボール箱の裏から現れたのは猫ではない。体長2mはあろうかという大きな蛇。

白色の鱗はぬらりと妖しく橙の光を反射している。式神という体ではあるが、素早く出し入れされる舌や鱗の質感は薄暗い中でも本物と全く変わらないものだと分かる。赤い瞳は真っ直ぐ潮を睨みつけ、まるで捕食対象を見つけたような形相である。


「ネコ丸よ、可愛いでしょ」


咲華は手招きでネコ丸を自分の近くへ来させると、ネコ丸の頭を膝の上に乗せ、愛おしそうに頭を撫でる。


「怖いわ!どこにネコ要素があるんだよ」

「呼び出してちょっと目を離した好きに近くの野良猫を丸呑みしてたから、ネコ丸」

「可愛げのかけらもねーなって、ネコはどうしたんだそのネコは!」

「あなた中学校で食物連鎖も習わなかったの?まぁ、と言っても式神だから食事とかいらないし、早急に吐き出させたわよ?そもそもネコ丸のお腹の中って青タヌキロボのポケットの中と同じようなもんだから、野良猫もほぼ無傷だったし」


潮は一安心するも、やはり真紅の眼力に少なからず不安感を覚える。

ネコ丸は自分をまじまじと見つめる潮に対して、敵意の目を向けている。触れようものなら噛みつかんとする勢いだ。


「知らない人が部屋に来たから怖がってたみたい」

「おれも現在進行形で怖いからお互い様だ」

「さて、じゃあ本題の私の手伝いについでだけど」

「だけど?」

「とりあえず自治会に退魔師見習いとして働いてもらうわ」

「いや、それはちょっと……」


潮の願いは平穏なのだ。自分の力を知る者のいない土地で0からちゃんとした学生時代を過ごしたい。そんな願いと対局にあるものが退魔師である。

この世ならざる者をこの世ならざる力を持って成敗し、街を守る。そんなものが平穏であるはずがない。


「はぁ……私の父との契約があるじゃない」

「契約っていうのはな、自由な私人同士が己の意思に従って合意をすることであって、半ば脅迫まがいな文書を送りつけて従わせるようなものじゃないと思うんだが」

「でも、拒否権なんてないでしょう?」

「だからなおさら性質が悪い……」

「そう言えば唯一さん?はあなたの力については理解してるの?」


蛇の頭を撫でながら咲華はそう尋ねた。蛇は目をつむり気持ち良さげに首を上向けている。


「唯一さんは父親の妹でつまり叔母さんだな、おれの育ての親だ。本当の両親はおれが生まれて1、2年くらいで他界したってこれは手紙にもあったな」

「ええっと……ごめんなさい」

「いや、気にすることはないぞ。元々両親についての記憶とか無いし、もう少し物心つくまで暮らしていればそりゃ悲しかったんだろうけどさ。それに物心ついたころにはすでに唯一さんが一生懸命おれのこと育ててくれてたし。むしろ、悲しいっていうより、唯一さんに迷惑かけてるのを謝れって言いたいくらいでさ」

「唯一さんはいい人なのね」

「あぁ、俺の力を知っても他の人間みたいに気味悪がったり、疎んだりなんて全くしなかったし、俺が問題起こしたりいじめられた時も学校に怒鳴り込んだり、どうしようもない時はすぐ転校の手続きとってくれたりで」

「苦労かけてるのね」

「まぁ、これに関してはもう俺だけのせいとも言えない気がするんだけどな」

「本当の両親については何も知らないの?」


潮は記憶を辿るために一口緑茶を飲んだ。記憶、といっても唯一からの話や写真を見た印象だ。潮自身の体のどこにも両親との直接的な記憶は記されていない。


「母親は外国人だったな、写真を見る限り。どこの国かはわからないけど、銀髪で目の色も黒じゃなかったし。父親は普通の人っぽかったな」

「そう、ちょっと楪さんに探りを入れてみるわ。そうしたらあなたの両親のことも分かるかも」

「あぁ、まぁ今更知ったところでって感じもするけど頼むよ」


苦笑いで潮はそう答える。

そんな潮を見て咲華は一度咳払いをし、切り出した。


「本題に戻るけど、あなたはその力で今まで嫌な思いをしてきたのよね」

「あぁ、なくなればいいとも思ってるよ」

「その力を人に疎まれ、虐げられてきた。だからこの街で新たな生活を送ろうとした」

「そうだよ、なのに退魔師なんてのに出会ったせいでそれもおじゃんになりそうだけどな」

「そう、もう平穏な生活は送れない。どうあがいてもその力から、その力を目にした人から逃れなられない」

「誰のせいだよ……」


不快感を露わに潮はぶっきらぼうにそう答える。しかし、咲華はそれに臆しない。


「あなたよ、あなたのせい。あなたがそんな力を持って生まれてきたからよ。あの現場に居合わせ力を使ってしまったのもあなたのせい。全部あなたのせいよ」

「なっ」


咲華は真剣な表情をしていた。人を茶化すような物言いではない。淡々と事実を摘示するような言い方だ。


「人は生まれ落ちた時からある程度の才能や人生が定められているのよ。私は否が応でも燈明院家を継がなければならない。例え死ぬ思いをしてでも、怪異からこの街を守らなければならない。どんなに淋しくても修行期間中は我が家の敷居を跨ぐことを許されない。退魔師の修行に時間を割かれ、友達もできない。これらも私が燈明院家に生まれ落ちたことで最初から決定付けられていたことなの。だけど私はそれを苦とは思ってないわ。こうして退魔師としてあることで、すれ違う知らない人やよくスーパーで顔を合わせる店員の人が、私の手によって救われているかもしれない。

そんなこと考えてると、私に決定付けられた運命も悪くないと思うわ」

「それはお前が名家の家に生まれたから」

「そうよ、でも、あなただってそう違いないじゃない。今までは疎まれていたその力も、退魔師としてなら上手く使うことができる。普通は何年も修行してようやく怪異への打撃法を会得するのに、あなたには最初からそれができる。私たちからしてみれば喉から手が出るほど欲しい力よ。もし、あなたに変わる気があるなら、その忌まわしい力を善行に使おうと思わない?あなたを苦しめてきたもので救える人がいる。それって恵まれてるわよ」


咲華の目は潮へと真っ直ぐ向けられたままだ。しばらくだんまりを決め込んだ潮だったが、その眼差しからは逃れられなかった。


「……わかったよ、わかった。退魔師の見習いにはなる。いいな、あくまでお前を手伝うために見習いという扱いを受けるだけであって、退魔師を目指すために見習いとなったわけではないからな」

「物分りのいい人って私好きよ。それにあなたのその力は恐らく本当に呪いなんかではないわ。父の手紙にも書いてあったじゃない、『そんな禍根を残すはずがない』って」

「でもそれはお前の親父の憶測だろ」

「父は何かを知っているはずよ。禍根を残すはずがないってことは、あなたが生まれる前後に何か大変なことがあったということじゃないかしら」

「そんなのことはなんにも聞いてないがな」

「まぁ、あったとしても話すとは思えないわね」


一通りの確認を終えると、潮は自室へと戻っていった。ネコ丸は扉が完全に閉まるまで潮の背中を睨みつけていた。


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