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2.その少年、出鼻を挫くその2

半壊した神社を目の前に引き攣った顔で呆然とする少年。咲華はその姿を確認しつつ、半壊した社の中へと足を踏み入れる。中には完全に意識の途絶えた犬神が仰向けに倒れこんでいた。咲華はそれを捕縛用術式で縛り上げ、境内に転がす。

そうして、自分の仕事に一区切りつけると咲華は潮に近づき話しかけた。目下、警戒すべき人物は彼一人のみだ。


「ねぇ、あなた、もしかしてどこかの退魔師?」

「えっ?なにそれ」

「それにしては霊具も持っていないみたいだけど」

「レイグ?」


反応の薄さに咲華の目つきはより凶暴なものへと変わる。

この男は、普通ではない。しかし、敵であってほしくはない、そう思いながら咲華はリズムをつけながら鼻歌交じりに口を開いた。


「煮て食う、焼いて食う?」

「は?なんだそれ……」

「肉の牛丸を知らないということは町民でもない……」


肉の牛丸とは、陰府月町では有名な肉屋である。店頭で流れるその音楽は、この町の人間なら誰もが知っている。

この歌を知らないということ、それはすなわち町民ではないということを表していて……


即座に距離をとり、咲華は武器を構える。

懐から捕縛用術式を取り出し、潮へ狙いをつけた。


「あなた!何者ですか!返答の次第によっては陰府月町自治会特別措置令第5条の2、『超法規的措置による必要十分な拷問の認可』に基づき、拷問用捕縛術式施工後に拷問とは関係ない突然の心臓発作で死んでもらいます」

「おちつけ!なんだそれ人権は無視か!憲法で拷問禁止されてるだろ!」

「だから超法規的措置なのよ、それに私達は自治会だ。憲法が禁止しているのは国家または公務員による拷問やその他身体的苦痛よ」


平気で人を殺めそうな気配を感じ取ったのか、潮は平身低頭、質問に答えることにした。


「わかったよ!おれは彩樫潮!15歳!今年の春から私立六院高校に入学する一年生だ」

「あら、私と同じ学校ね、4月からよろしく」

「えっ、えぇあぁよろしくお願いします」


咲華の言動に釣られるように、潮も形式的な挨拶をすませる。おじぎをされたらおじぎを返すのは礼儀として当然である。しかし、この場ではその行動も非日常を思わせる。


「ってそんなことはどうでもいいのよ!あなたはなんで素手で怪異に触れられるの!」

「流れぶった切ったのはそっちだろ!えっ?いやこれはその、体質というか呪いみたいなもんで……」

「呪い?忌子なの?それとも神子?」

「イミコ?カミコ?よく分からないが、昔からこうなんだ。幽霊とか妖怪とか見えるし、無駄に体力あるし」


しばらく考え込んだ後、もしかして、と咲華は呟きインカムに向けて何かを指示する。

しばらくして空中が漆黒にひび割れ、そのひびから0と1の空間が広がる。空間の中には数多の数列が縦横無尽に行き交い、吸い寄せられるような無限の深淵思い起こさせる。


「なっなんなんだよそれ」

「重層龍脈空間よ、事前に登録しておいた霊具とかを龍脈で繋がっている空間から空間に転送できるのよ」

「なんだそれ……妖怪とかそんなもん以上にわけがわからねぇ……おれからしてみればあんたの方が十分不審者だよ」

「はぁ?私の名前は燈明院咲華、燈明院はこの地に古くから続く六院家の一つであなたなんかよりよっぽど素性は知れてるわよ」


言い終えるや否や0と1の空間から出てきたのは、妖刀『霊切』である。

それを咲華は握ると、自分で抜こうとはせず、潮に差し出した。


「この刀、抜いてみて」

「えっ?自分でやればいいじゃん」


怪訝そうな顔をしながら咲華は柄を握り、鞘から刀を引き抜こうとする。しかし、どれほど力を込めても鍔が鞘から離れることはない。

「ほら、私じゃ無理なのよ、いいから早く」

「ジャムの蓋じゃあるまいて……」


潮は受け取ると、柄を握り静かに刀身を鞘から出す。

するりと抜けた刀身は小刀ではなく、折れた刀。普通の刀が根元から20cmあたりで折れているようだった。

不思議そうにそれを眺める潮を見つめながら、咲華はため息をつく。


「はぁ、つくづくムカつくわね」

「えっ?そんな理不尽なこと言うなよ」

「あなたは今ここで見たことを一般人に話してはいけない、いいわね。特にその刀を抜いたことはこれからここに来る関係者にも口を滑らせないこと!いい!?」

「あっあぁ、分かったよ。それでなんなんだあの化け物とか色々。黙ってるんだから教えてくれよ」

「はぁ、少し長くなるかもしれないわよ」


陰府月町、それがこの町の名前だ。

平安の世、それは大そう高名な陰陽師に師事していた六人の弟子、彼らの実力は折り紙付きのものだった。六人はそれぞれの理由から散り散りになったが、やがて一族を連れこの地に舞い戻った。


そうして、この地を守護するため、六人は六芒星を描くようにそれぞれ陰陽道を師事する院を構え、この町に流れる龍脈を用い強力な結界を張った。


この世ならざるものを退け、町に立ち入らせないこの結界は、六院の血が途絶えぬ限り続いて行くものだった。


しかし、その結界も20年前に突如として崩壊してしまった。以来この町には怪異が現れるようになったのだ、まるで水が易きに流れるかのように。


「そこで組織されたのが陰府月町自治会よ。もともと、私達六院の人間は陰陽道を基礎とした退魔道の修練を積んでいたし、六院の者以外でも六院で退魔道を学んでいた者もいたからね」

「それで、今みたいに犬の化け物も退治できると」

「犬神よ、い・ぬ・が・み。それに退治したのはあなたでしょ」

「それで、さっきから何してるんだ」


咲華は倒れた杉の木の周りと半壊した社の周りに、白色の和釘を打ち込んでいた。それらが全て終わるとお札を取り出し、木の幹と社の柱に貼り付けた。


「みれば分かるわよ、ほらこの囲いの中から出て見なさい」


潮は言われたとおり咲華の元を離れ、釘の囲いの外から社を見上げる。

そこには、完全な社が立っていた。半壊してる様子もなければ傷ひとつない。


「すげぇ……まるでなんにもなかったみたいだ」

「行事毎が無ければ参拝客も少ないし、とりあえずはこれで十分ね」


一息ついて埃をはたいていたところにタコ頭の男が神社へと駆け込んできた。


「おーい!燈明院の嬢ちゃん!ひでぇ音がしたんだが大丈夫か」


咲華と直前まで通話をしていた人物に相違ない。歳のせいかかなり息を切らしている。


「えぇ、問題ないわ。犬神は捕縛しておいたから」

「犬神か、ということは……そこにいる坊っちゃんが憑き主ってわけか」


そう言うと、タコ頭は拳を鳴らしながら厳つい顔で潮へと近づいていく。


「えっちょっ!!違いますって!!」

「あぁ、犯人って奴は必ずしらばっくれるもんだ」

「んなこと言ったら、全員黒になるって!!」

「残念ながらそこの彼は、憑き主ではないわ」

「ん?じゃあ一般人が人払いの中入ってきたのか?」


タコ頭は不思議そうに潮の顔を覗き込む。

そして、しばらくするとデコピンで額を小突いた。


「いてっ」

「ガキがこんな時間にほっつき歩いてんじゃねぇ」

「まぁ、それはそれとして、彼。退魔師としての素質があるかもしれないわよ」

「退魔師!?なんだそれ!そんなのにはならないぞおれは!」


退魔師、この町を魑魅魍魎から守るためにその身を犠牲にして昼夜戦う存在。

どこからどう見てもヒーローである。そして、彩樫潮はヒーローではない。


「こんな坊主が退魔師の素質だぁ?ここらじゃ見かけねぇ顔だし、どうも頼りねぇんだが」

「素手で、怪異に打撃を与えられるって言ったら?」


ヘラヘラとしていたタコ頭の表情が厳格なそれに変わる。そして、潮の手を取り隈なく観察する。


「本当か?神子の力は感じないぞ」

「忌子かもしれない、とにかくただの一般人とは言えないのよ。見られてしまっているし」

「ふむ……おい坊主、明日夜7時に陰府月町自治会所に来い、逃げられると思うなよ」



なぜ脅されてるのだろう、と内心で湧き出た気持ちは口に出さず、静かに頷いた。彼に行く気はさらさらない。


「よし、じゃあ今日は帰っていい。だが、ここで見たこと聞いたことは他言無用だ。いいな?もし喋ったらその時は」

「その時は?」

「その時考える!」


タコ頭はそういうと、帰った帰った、と潮を急かし、潮もそれに促されるように石段を降りる。潮は振り返らなかったが、咲華はその後ろ姿をいつまでも眺めていた。


潮は石段を降りると、一人の男が立っていた。潮は気づかれぬように立ち去ろうとしたが、それは叶わなかった。風貌的に警察官ではない。こんな深夜にスーツを身にまとっている点では、いささか不審ではあるが電灯に照らされ浮かび上がる人相は、穏やかさを感じさせる。


「さて、そこの君。こんな時間にこんなところで何をしているのかな」


男は潮にそう尋ねる。


「ちょっとランニングしてて……」


苦し紛れの言い訳ではあるが、たしかに事実である。


「ランニングかそれはとてもいいことだ。けれど――君は高校生くらいに見えるんだが、違うかい?」

「ええっと……そうです」

「だよね、まぁ警察とか他の先生に見つからなくてよかったね」

「先生?」

「そう、僕は六院高校の教師だよ、知らないのかい?化学と物理を受け持っているんだが」

「すいません、今年から入学なんです」

「あぁ、それなら仕方ないね。僕の名前は八神東理(やがみ とうり)、こんど新入生の担当を受け持つことになったから君ももしかしたら僕のクラスになるかもね」

「えっと、僕は彩樫」


名乗ろうとする潮の目の前に八神は手のひらを向ける。


「いいや、いいよ名乗らなくても今はまだ君は高校生ではないからね。あと2分で4月1日、それまではうちの高校せいじゃないから君を無理矢理どうこうしようとは思ってないよ」

「はぁ、ありがとうございます」

「それじゃ、気をつけて帰ってね。ここら辺は治安はいいけど、僕は他にも見回りがあるんで」


そう言って、八神は潮の前を去った。携帯を開き何処かに連絡を入れているようだ。潮は内心で警察に連絡してるのではと身構えたが、八神の言葉を信じ、走ってアパートに帰ることにした。

教師らしいのからしくないのか、よくわからない人間、それが潮が抱いた印象であった。



早朝、潮はランニングをしに外に出ていた。

潮は東京に居た頃は、親代わりの叔母と毎日欠かさずランニングをしていた。ランニングは叔母との絆なのだ。


叔母は、潮が産まれてすぐこの世を去った両親の代わりに、女手一つで潮を育てていた。潮が中学生になるまで、叔母が本当の母親だとも思っていた。中学卒業まで、自分を世話してくれた叔母は以前独身である。しかし、快活な性格で腕っ節も強い彼女を射止める男などいないようにも思える、というが潮の感想だ。何につけても潮を優先に考え、味方をし、嫌なことひとつないような性格。そんな彼女の涙を、潮は引っ越す当日初めて見ることとなった。


なぜ、そんな叔母の元を離れ、この地に来たのか。

理由は単純である。

彩樫潮は虐められていた。クラスから、学校から、街から、疎まれていた。

だから、その街を出て自分を知る者のいない所にきた。自分のために、叔母のために。


一時間、たっぷりの行程を終えて、潮はアパートへと戻る。

アパートは六院高校が遠方から入学してくる生徒に低価格で貸し与えている。在籍生徒の住所の管理もしやすく、何かあった時の連絡も取りやすい。六院高校の理事長、燈明院直継は建築・不動産の会社を主として持つELグループのトップを務めており、生徒に貸し与えられるアパートというのもELグループ謹製のものである。

ただ現在潮が貸し与えられたアパートは、遠方からの生徒多かったため、学校側が用意したアパートでは足りず、近場の安アパートの部屋を借りたものであり、事情は少し異なる。


極端に言えば、オンボロなのである。築40年、四部屋二階建て、二階へと昇る階段は錆びつき、トタンも色褪せていた。その分、ほぼタダ同然の値段で借りられるため、潮にしてはありがたい次第だ。

潮は二階の203号室に住んでいる。右隣の202号室は子持ちのナース、左隣の204号室は空き部屋だが入居予定があるそうだ。


「引越し屋?」


テレビでよく見る会社のロゴが目立つ中型のトラックがボロアパートの前に止まっていた。

これまた、その会社の作業着を着た若い女性がトラックから荷物を204号室へと運んでいる。レディースプランなのだろう。

両隣が女だと何かと私生活に気を使いそうだと思い落胆する潮は女性作業員に挨拶をし足早に階段を上がる。


わざわざ女性がこんなボロアパートに越してこなくても……と、そう思いながら、扉を開けようとドアノブに手を掛けた時、204号室から一人の少女が現れた。


「あっ」

「あっ」


その少女、月明かりに照らされ煌めいていた昨夜の少女に酷似、否、本人であった。ただ、黒衣の衣装を身に纏ってはおらず、 封院高校の女子制服に身を包んでいる。


「あっあのえっと先日は……」

「どうも、隣に越してきた燈明院咲華です。今は立て込んでいるので、後ほど改めてご挨拶に伺わせて頂きます」

「えっあっ?はい」

「それでは失礼します」


まるで他人行儀に態度で咲華は部屋の中に戻って行った。

潮はただ茫然自失に自室へと戻る。


「あれ?昨日会ったのって偽物?幻想?」


昨日とは全く雰囲気の違う、何処か良家の令嬢を思わせる立ち居振る舞い。


「まぁ、この町で燈明院は名家らしいしな。いや、でもあの感じの子だったらすごくタイプかも」


しばらく休憩し、冷蔵庫から飲み物を取り出そうとしたその時、玄関のチャイムが鳴る。

勇み足で玄関に出ると、目の前には燈明院のご息女がいた。


「あっえっと、おはよう!いやぁ、隣に越して来るなんて思ってもなかったよ」

「はっ?馴れ馴れしいわね……ちょっと疲れたから中に入れてもらえる?まだ部屋に飲み物無いのよ」

「えっ?」

「お邪魔します」

「えっ?」


咲華は靴を脱ぎ、さっさと居間へ踏み込みテーブルの前に腰を下ろした。


「お茶かスポーツドリンクどっちがいい……でしょうか?」

「お茶でいいわよ、お気遣いなく」


コップを用意し、お茶を注ぎながら、潮は思う。既に気を使わせてるんだよなぁ、と


「聞こえてるわよ」

「喋ってないよ!」


何を察したか先手を打たれた潮はお茶をお盆に乗せ、お茶請けに幸せになる魔法の粉がたっぷりかかった米菓を咲華の前に差し出し、自分もコップに注がれたお茶を手に咲華の前に座った。


「さて、まず何からお話しすればいいかしら」


お茶を一口飲んで彼女は藪から棒にそう言った。


「とりあえず、なんでこの地方じゃ名門のお嬢さんがこんなボロアパートに来たんだ?そもそもアパート借りる必要がないだろ?」

「私は燈明院家次代当主なのよ」

「尚更家にいた方がいいんじゃ?」

「逆よ、修行の一環として高校卒業まであの家の敷居を跨いではいけないと言われてるの」

「なんとなくそう言われれば分からなくもないな、だからわざわざこんなボロアパートに来たのか」

「そうよ、高校が主に貸し与えてるアパートがどこのものか知ってる?」

「たしか、ELグループってとこのだったな。セキュリティが凄くて泥棒どころか幽霊すら立ち入らせないって感じのキャッチコピーの」

「ELは、Etarnal Light。日本語で燈明っていうの」

「ってことは……」

「そう、うちの会社なのよ。だから、こんなボロじゃないといけなかったってわけ。まぁ、生活に必要なお金は出してもらっているから、完全に自力ってわけではないけど」


咲華は中学卒業と同時に家を追われた。高校から貸し与えられるアパートは三月下旬にならなければ割り振られないため、それまでの間ビジネスホテルで生活をし、全てのELグループアパートが埋まった段階で越してきたのだ。


「あとこれ、引越しの手土産」

「おぉ、ありがとう」

「老舗雹味庵の芋ようかんよ、他のとことは芋の風味とキメの細かさが段違いなの。燈明院家でも御用達の一品よ」

「なんか、高校生の引越しなのにたいそうなものもらっちゃって悪いな」

「あなたにはこれから多大な迷惑がかかると思うから特別よ」

「えっ?」

「夕方6時にまた来るわ、あなたを自治会所まで連れて行かなければならないから」

「それって本当に行かなきゃダメなのか?」

「仕方ないわよ、あなたがそんな力を持っているんだから。とてもじゃないけど、あなたを普通の一般市民として受け入れることはできないわ、もし、この町に害をなす存在だと判断されれば……」

「追い出されるのか?」

「いえ、危険分子を野放しになんてしないわ。一度町に引き入れてしまった責任があるから、確実に処分させてもらうわ」

「殺されんのかよ!なりたくてこうなったわけじゃないんだぞ!?」


冗談だろと言いたげな潮にたいして、咲華の反応は実に淡白であった。


「なりたくてなったわけじゃない悪霊も怪異たくさんいるわよ。そんな怪異でも人に害が出るなら退治をする、それが私たちの仕事なの、あなたが自分の力を制御できて、町のために働くなら不問でしょうけど」

「それってつまるところ、選択肢が無いんだが」

「そうね、じゃあ、そろそろ戻るわ。荷物の片付けを続けたり、生活用品を買い揃えなきゃならないの。お茶、どうもありがとう助かったわ」


あっさりと返答をし、お茶請けの米菓をひとつつまみながら咲華は立ち上がった。


「おっおう、いや、まて!おれの生死がかかってるんだぞ!もうちょっとなんか言うことないのか!」

「精子が掛かってる?なんてものを女の子に飲ませてんのよ汚らわしい」

「なんで突然そんな発想になるんだよ!お前の心が汚らわしいわ!」

「とにかく自治会で話し合わないとなんにも決まらないわよ、今の私じゃ燈明院家の威光なんて使えないし」


そう捨て台詞を吐き部屋を出て行った咲華の後ろ姿を、潮は絶望の表情で見送ったのだった。

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