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雲の上の土竜  作者: Ria
8/12

天秤

「おはよう土竜。なんだか酷い顔色だな」

「ああ、ちょっと嫌な夢をみて」


 珍しいな土竜の癖に、なんて朝っぱらから厳しいことを言う。一方、雲はどうやらとても元気なようで、いつものように少し不機嫌そうに立っていた。息をしているし、多分心臓も動いている。赤いものは流れていない。


「さあ、土竜」

 雲が言う。昨日聞いたのとは、少しばかり重みが違うような気がした。


「魔法を探そう」

 世界を変える。そうだろう?雲。



 またしてもしっかりと僕の手首を掴んで歩いて辿りついたのは、町外れの石畳の先、そよ風で折れてしまいそうな桜の樹が3つ並ぶ家だった。雲の家だ。

「中に入って。見せたいものがある」

「いいの?」

「ああ、いいんだ」


 ここが雲の家だと知っているけれど、本当に住んでいるのか、確かめたことはなかった。家の中に入ったことはおろか、生活しているところを見たことがない。


 小さな、古い家だった。

「ここに入ったことは、誰にも言うなよ」

「どうして?」

「どうしてもだ。いいな」

 雲がそう言うのだから、何かとても重要な理由があるのだろう。僕は頷いて、手を引かれて中に入った。

およそ僕の家と同じような感じがしたけれど、所々に見たことのないようなものがあった。


「雲、これは何?」

 宝石だろうか?棚の上に、水晶で出来ているのか、透き通る人形が置かれている。朝日を受けてキラキラと輝くそれは丁度手に収まるくらいで、女性の形をしている。髪が長くて、ゆったりとした服を着ていて、背中から鳥の羽根が生えている。


「宝石かい?」

「ただの硝子だよ」

「それにしてはあんまりにも透き通ってないかい? それに、羽根が生えている」

「土竜、それは天使だ。神様の使いだよ」

「じゃあこれは、あの山の向こうの世界のものなんだね」


 雲は答えなかった。家の奥に行ってしまう。

 雲を追いかけながら、ここで生活していたのだと実感していた。窓辺には野花が活けてあるし、竈の近くには水がたっぷりと入った瓶がある。


 ここで、生きていたんだ。


 僕と雲が知り合ったのは随分昔のことだったけれど、いつどこでどのように知り合ったのかは覚えていない。いつしかそこにいて、友達だった。雲は賢くて大人しくて、いつも一人で本を読んでいるような子供だった。そんな雲がなんだか珍しくて、五月蝿く付きまとっていたような気がする。


 何より、雲があまりに美しかったから。瞳の色も髪の色も、とてもとても、美しかったのだ。



「こっちだ」

 そう言って、家の奥にあった扉を開けた。


「く、雲」

「捕まえたんだ、英雄だよ」

「泥棒じゃないか!手紙屋さんに言わないと」


 昨日僕を突き飛ばした泥棒が、麻縄でぐるぐる巻にされて倒れていた。怪我はしていないように見えるけど、ぴくりとも動かない。


「さっき言っただろう?ここに入ったことは誰にも言わないようにと。これは秘密だ」

 僕は無言で頷く。

「でも、よく捕まえられたね。雲は力がないのに」

「殴って気絶させたんだ」


 何を使ったのだろう。思いの外物騒だった。

「それにしたって雲、こっそりこいつを捕まえてどうするつもりだったんだい?手紙は取り戻したのかい?」

「ああ。色々、魔法のために必要だったんだ」

「魔法か」

「そうだ」


 僕にとっては泥棒だけれど、雲にとっては英雄なんじゃなかったのか? それをどうして、捕まえて手紙を取り返すなんてことをするのだろう。


 手紙泥棒をゴミでも見るかのような目で見下し、雲はポケットからしわくちゃになった封書を取り出した。

「ほら見ろ、取り返した」


 もう封は切られていて、中の紙が見えていた。見たこともないくらい美しくて滑らかで、透き通るような紙だった。


「中身は見たのかい?」

「ああ、取り返してすぐ、な。さて土竜、僕らは魔法を探さなくてはいけない」

 あろうことか、雲は泥棒の肩を蹴った。

「土竜、土竜……探している魔法とは、どんなものだと思う?」


 脳裏をよぎったのは大きな刃物だった。雲が握っていたあの牛でも解体できそうな刃物が、今にも出て来るんじゃないかとひやひやする。


「世界を変えるもの、だろ」

「そうだ。とても大きな力だ。そいつはいとも簡単に世界を一変させてしまう」


 さあ、土竜。


「選んでくれないだろうか」

 雲は微笑んだ。



 最後に決めるのは、君なんだと。

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