剣
声が出ないことに気付いたのは、声を発しようとした時だった。
雲!
僕の手を引く雲は気付いてくれない。
雲! 雲!
「世界を変えるんだ」
雲は気付いてくれない。
辺りは真っ暗だった。僕らの周りには灯り一つ無くて、声は出ないまま。
仕方が無いから諦めて歩く。僕らは一体、どこへ向かっているんだろう?
「土竜……魔法だ、見ろ」
雲が指さした先に、それはあった。
違う。違うよ。
あれは魔法ではない。
あれは……!
「これで世界を変えるんだ。冒険は終わりだ」
雲は大きな刃物を手にした。
やけに大きい。家畜を解体するときに使うような、とても大きな刃物だった。あんなもの、なんであるのだろう。危ないじゃないか。
雲、やめよう。
こんなことはやめよう。
「憎んでいるんだ……全て」
雲は何を憎んでいたのだろう。僕はそれを知ることなど出来ないまま、雲の手を離すことになった。
突然飛んできた彼岸花の色をした光が、雲の腕を貫いたのだ。
雲!
雲の腕から赤い光が溢れている。光の矢は次々と飛んできて、雲の身体を貫いた。腕を、脚を、背中を、頭を。刺さっては消え、雲から代わりに赤いものが流れる。彼岸花の色。
激しい音を立てて刃物が落ちた。後を追うように、雲の華奢な身体が崩れ落ちる。
魔法だ。
この、僕の雲を殺してしまおうとする光こそが。
「どうしよう、雲が……!」
はっとした。声が出るじゃないか。
「雲!」
光の矢なんて気にしている場合ではない。僕は慌てて雲に駆け寄った。まだ身体は温かかったけれど、分かる。もうすぐ冷たくなってしまうのだ。雲が死んでしまう。
ああ、魔法なんて探すんじゃあなかった。雲のわがままに付き合わなきゃあよかった。そうしたらこの美しい友人は、明日も僕の前で微笑んでくれたというのに。
土竜は馬鹿だねなんて、優しい言葉を口にして。
「助からないよ」
僕の後ろから、誰かがそう声を掛けた。振り向こうと思って、やめる。なんだかとても怖かった。きっとそいつが光の矢を出したんだ。雲を殺した。
「あなたは誰?」
「私は私」
「そう、僕は土竜」
「知っているよ」
誰かは笑った。雲から温もりが流れ出てしまう。
「雲は死ぬの?」
「死ぬんだよ」
「どうして殺したんだ?雲は何も、悪いことはしていないじゃないか」
「本当にそうだろうか?」
もう辺りはすっかり赤い水たまりになっていて、雲の美しい髪が、どんどん染まっていくのが分かる。
「雲はただ、魔法を探していただけなのに」
「それだけじゃないんじゃないかと疑ったのは、君だろう?」
そう、疑ったのは僕だ。
なんだか怖かった。魔法って何だ?世界を変えるだなんて、なんだか非日常的で恐ろしい感じがしていた。とんでもないことをしようとしているんじゃないかと不安で仕方がなくて、だからこそ、雲の傍にいなきゃいけないと思ったのに。
雲は死んだ。
魔法によって。いいや、殺したのは僕なのかもしれない。
「うう……う」
僕の口から声が漏れている。涙は出ていないのに、どうしてか声が漏れる。
「ううっ……」
なんだか身体が熱かった。頭の後ろの方がきゅっとして、目の前がチカチカした。僕は雲を抱きしめようとしたのに、何故だろう、身体が言う事を聞かなくて、代わりに大きな刃物を手にしていた。
「それで悪霊を殺すんだ」
後ろの誰かが言う。
「悪霊を消すんだろう?そいつでやれば、出来るよ」
「あなた、誰だ」
「私は私」
「僕は……!」
もう何も考えられないと、そう思った。血が沸騰していると信じた。素早く振り向いて、僕のすぐ後ろに立っていたそいつの肩に、刃物を勢い良く振り下ろす。
ガッ、なんて、硬い感覚が手に伝わる。なんだか太い木に斧を落とした時と似ているなぁと思って、気づく。そいつは笑っていた。赤い光は流れていない。
「私は死なないよ」
「そのようだね。でも、一つ分かったよ」
こんなに硬いんじゃ、力のない雲では倒すなんて、無理だったんだ。あの子は意地っぱりなくせして、錆びた扉も開けられないくらい弱いんだから。
僕は、真っ赤な色の光の矢に胸を貫かれた。後ろに吹き飛ばされ、刃物も手から離れる。雲の死体からも遠ざかる。
そうして、目が覚めた。
朝だ。
魔法を探しに行こう。