神様
教会の中は案外広くて、天井が高かった。
一体何人座れるのかと思うほどの長いベンチのようなものが整然と並んで、その上にはしっとりと厚い埃が積もっている。正面には、不格好な木の塊が鎮座していた。
「見ろよ土竜、神様だ」
「もしかして、あの木でできたやつが?」
「ああ」
目が慣れればその姿が見える。人の形をしていた。
「でも、神様は山の向こうから馬車に乗って来たんだろ?そして、ここに教会を建てたんだろ?木彫りの人形は教会を建てられないよ」
雲は答えずに、ずんずん人形に近づく。僕はなんだか怖かった。人形の背後にある壁の高いところに大きな窓があって、すっかり曇った鈍い光が教会の中をほんのり照らす。今日はよく晴れているから、逆光で人形の姿は黒い塊に見えた。
ごつごつとした表面の荒い質感が、なんとなく伝わる程度。荒いささくれが埃で煌めいている。
「神様はこれを作ったんだ。自分の代わりにこれを崇めさせた」
「でも雲……これはただの人形だよ? 神様なんかじゃないじゃないか。それに山の向こうから来た神様本人がいるんだから、こんなのいらないだろ」
「必要だったんだよ。実際に神様なのは彼だけど、この人形があることで……」
台の上に、人形が立っている。
若者のようにも老人のようにも見える、不思議な顔をしていた。
「みんなは不思議と、神様を受け入れた」
なんだか細くて頼りない肩だった。目は睨むようにベンチの方を見つめている。眉間には荒いシワが深く彫り込まれている。
あまり美しい人形ではない。
「夢はまだあるか?」
人形の足に手を置いて、雲は静かに問いかけた。しいんと静まり返った教会の埃が、その声を吸い取っていく。
「雲……」
「かつてここには神様と夢がいた筈なんだ」
崩れた壁の欠片があちらこちらに散乱している。僕ら二人が入ったくらいじゃ、教会の中を満たす重い空気は動かないらしい。
僕も神様に会ってみたかったのに、もうここにはいないようだ。ずぅっと昔にやって来て教会を建て、消えて、子供の遊び場になって、やがて誰も近寄らなくなってしまった廃墟。
確かにこんなところには、夢なんて居なさそうだけど。
「神様は消えて、夢は何処かへ隠れてしまった。もうここには人形しかない」
「雲は、その夢ってのを探しているの?」
「探しているのは魔法だ」
「じゃあ、魔法を見つけるのに夢が必要なのか? 確かに夢なら、なんだか魔法の力になりそうだ」
本当にそう思うのかと、雲はまたしても僕を睨んだ。軽蔑するような目だった。
「いいか、魔法は実在する。世界を変える」
「それはさっきも聞いたよ」
「実在するんだ。現実のものだ」
雲はとても、とても怒っていた。良く分からない。
「だから、夢を見つけ出して消し去ってしまうんだ。夢は非現実のものだから、邪魔だ」
そうかぁと頷く僕だけど、心の奥で何か刺のようなものが引っかかった。違和感が満たしていく。
「確かなものの為に、不確かなものは消さなきゃいけない……夢なんてものが見えなくなったせいで神様が消えたのなら、もしそうだとしたら」
許せないよ、と雲は言う。絶対に許せないと。
そんなに魔法が欲しいのだろうか。そもそも僕は魔法だなんてそんなもの、信じちゃいないけれど。こんなにも力を込めて求められるものなのか?
僕の中では、魔法なんて非現実のもの。
不確かなものなのに。
「土竜」
怒っていても、いや大抵雲は不機嫌なのだけれど、どんな表情の時だって、瞳は美しい色をしていた。
「魔法を探さなきゃ」
「嫌だと言っても連れていくんだろ」
「当然だ。二人で探すものなのだからな」
そう言って、僕らは人形を見上げる。
神様はいない。
ここにはもう、いない。
「魔法で世界を、変えてやるのだ」
木彫りの人形が生きていたなら、首の後ろをちょっとだけ掻いて、まあ頑張れよと言うのかもしれない。
「行くぞ、土竜」
僕の右手首を掴む雲の手のひらに、ほんの少し、さっきよりも強い力が込められた。