罪人
「坊主、目を覚ませ」
目を覚ますんだ。
「お前は雲に騙されていたんだよ。魔法なんて無いし、あいつの語ったことは事実じゃない。この街で生まれ育ったお前ならわかるはずだ、ここはそんな場所じゃない、そうだろ」
確かにそうだ、有り得ない。
「不必要な話に惑わされるなよ」
泥棒はそう言って立ち上がった。
「あの……雲はどこへ行ったんでしょう」
「さあな。俺が知るわけ無いだろ」
それにしてもあいつ、キツく縛りやがってと悪態をついている。
面と向かって見ると、着ているものも見たことがないほど美しかった。
「あなたはあの山の向こうの人?」
「そうだ、俺は向こうから来た」
そう言ってさらさらと美しい髪を掻きあげる。幾重にも羽織った布のなんと繊細なことか。
「手紙を盗みに来たんだ」
雲はどこへ行ってしまったんだろう?飛び出してしまった雲を引き留めようとしたのに、どうしてか出来なかった。
雲。
今、雲と離れてはいけないはずだった。
一人にしてはいけないはずだった。
憎しみと孤独に肩を震わせる君には、僕しかいないはずなのに。
「坊主、魔法なんて信じているのか?」
「雲があるって言ったんだ。それならきっとあるんだろう」
「嘘をついているかもしれないぞ」
「雲は嘘をつかないよ」
「なんであんなやつ、信じられるんだか」
こうしている間にも、雲はどこかへ行ってしまう。
どうして僕は追いかけない?
どうしてなんだろう。
「泥棒さん」
「……その呼び方やめろ」
「じゃあ英雄さん?」
「泥棒でいいや」
「じゃあ泥棒さん、神様の話は嘘なの?」
僕を見つめる泥棒は、朝日を煙たがるように目を細めた。
「嘘だよ。雲が話した残虐な昔話は、あいつが勝手に作り出した妄想だ。あいつは坊主にそれを話して、嘘によって街を嫌いになって欲しかったんだろう」
「……なんでそんなことをするんだ」
「雲はこの街が嫌いだからな」
吐き捨てるように言って、泥棒はそっぽを向く。本当にそうなのか、僕はそっと心の中で保留にした。
「雲を信じるな」
信じちゃいけないと、泥棒は繰り返した。僕は頷きもせずに彼をひたと見つめる。この人が善いのかそうでないのかは、僕には分からない。
「雲はどこへ行ったのだろう」
「俺が知るか」
「そうだよな」
探しに行かなくちゃ。こんなやつ、放っておいて。
友達なのだから。
「行かなきゃ……」
君がこの街を嫌ったとしても、僕をそちらに引きずり込もうとしても、それでもいい。
僕は君を信じなくてはならないのだから。
雲の、たった一人の友として。
「坊主、お前はとんでもない馬鹿だ」
「僕は馬鹿だけど、雲は馬鹿ではないよ」
「雲もお前も馬鹿なんだ、魔法なんて嘘だ」
「何度も言うけれど、雲は嘘をつかない」
信じるものを信じるのが僕のやり方だと、そう思いたいのだ。
飛び出してしまった雲の行方を誰も知らない。もし飛び出したのが僕だったなら、すぐに分かっただろうに……雲は雲だから、どこへ行こうと何をしようと、隣にいなくちゃ分からないことがほとんどだ。
「ここは幸せな街」
背後で泥棒が呟いたのに振り向かず、僕は外へ出た。ぽっきり折れそうな三本の桜の木が並んでいる。風が揺らすけれど、この風は今までに何本の木を揺らしたんだろう?
ああ、雲。僕は君を信じているよ。例えこの街を汚すような話だっていいんだ、嘘をついたりしないと知っているんだから。
きっと全てほんとうだ。神様は僕の街に殺されてしまったんだ。雲はその事実に苦しんでいる。
「雲ー……」
雲の姿はない。
どこへ行ったのだろう?どうしてか、少なくとも北の大樹のところではないような気がした。西か、東か?
「そうだ、悪霊だ」
僕の頭の中に、夢でみた光景が広がる。赤い光を放った魔法使いは、あの刃物で悪霊を消せと言ったのだ。もしかしたら雲は、悪霊を消すために西の広場に行ったのかもしれない。