契り
川辺に佇み、穏やかな風を感じる。青々とした空には、柔らかそうな雲がいくつか浮かんでいる。
「ここは……変わりませんね……」
着物の裾をついと引き、私は手ごろな石に腰を下ろした。
――幾年月を越え、再びここへ戻って来れたことが嬉しい。
どこからやってきたのか、はらりと目の前を横切った桜の花が、まるで祝福してくれているかのように思えた。
風のさざめきを聞こうと、目を瞑る。
すると、この場所で過ごした、鮮やかだった頃の日々が浮かんできた。
『遅れてすみません……!』
――あなたは、いつも遅刻ばかりでしたね。
『そこで綺麗な花を見つけて……。あの、これを……!』
――私の機嫌を取るのもとても上手でした。
『僕と一緒になってもらえませんか』
――あなたの方が年上なのに、あの時はなんだかとても可愛く思えました。
次々と湧き出るように流れる情景は、まるで走馬灯のようだ。
私は、意を決し、最後までその短い夢を見続けることにした。
『君は笑顔の方が美しい』
――最後まで、あなたは笑顔でしたね。
『必ず戻ってくる。美味い飯でも作って待っててくれ』
――ええ、本当に最期まで……。
お国からの手紙は、全て読まずに破り捨てた。
あの人の褒めてくれたこの笑顔を、絶やすわけにはいかないから。頑固者だと言われても仕方がない。
何を思うでもなく虚空を見つめると、自然と言葉が漏れていた。
「あなた……」
誰もいない川辺に独り、私の声は宙を舞う。
「私は……」
出会いも別れも共にした、この場所で。
「もう泣いてもよいのでしょうか……」
心に誓った約束を。
「私は、あなたを心から愛していました……」
静かに散らせた。
無作法だと思いながら、頬に垂れるものを拭うことが出来なかった。
しばらくすると目元も乾き、私はゆらりと立ち上がり、襟を正す。
ここへ来るのは今日で終わりにしよう。誰に言われるまでもなくそう誓った。
頑固者な私の、おそらく最後の誓い。一つ目を破ってしまった私の、決意の誓い。
小さく頷き、川を背に足を踏み出す。
その時、そよ風が頬を撫でた。私は突然のことに信じられず、目を見開いてしまう。
乾いたはずの目元は、再びどうしようもなく潤んでしまっていた。
私はそれでも必死に笑顔を作り、応える。
「私も……幸せでしたよ」
どうしてそう聴こえたのかはわからない。ただ、私の耳には確かに届いた。
――『幸せだったよ』と。
見上げた空は、雲ひとつない青空だった。
たしか、20歳の時に書いたものです。
知人に見せたら、「教科書みたい」と言われました。
短いながらもある程度しっかり終われていると思ったのですが、どうだったでしょうか?




