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第2話 「高嶺にいるような『お嬢』さん?」

第02話「高嶺にいるような『お嬢』さん?」





――僕らの通う学園には、女生徒だけの頼れる姉がいた。





 論出君子(ろんできみこ)から、「お嬢」についての情報を伝え聞いてから、即座に僕が彼女を捜しに動いたのかというと、そうではなかった。

 自分自身、知らなかった一面だが、思った以上に打たれ弱かったらしい。

 あれから僕は、自分で何をしていたのかもわからない状態になって、気づくと帰宅。我に返ったのは、ベッドの上で夕食に呼ばれた時だった。


(……うわぁ、髪留め外すまではいつも通りやったみたいだけど、適当に転がったせいでえらいことになってる……)


 髪が長いと、生活の様々なところで不便を感じる。

 慣れていると思っていても、やはり、眠るときや座るときなど、自分の背と何かの間に挟まるような姿勢の時は最悪である。うまく流しておかないと、首を回したときにビンッ引っ張られる感触は全く慣れない。

 特に、今のように横になったときなど置き場所を考慮しなければ最悪だ。身体の下敷きになり、所々縒れて絡んで見れたものじゃなくなる。


「これは、誰かに梳いてもらった方がいいかなぁ」


 まず浮かんだのは姉である御堂初音(みどうはつね)であった。

 姉さんは、自身の髪にはあまり頓着しないが、僕の髪には尋常ではない愛着を寄せているようで、頼めば面倒な櫛入れも根気よく手伝ってくれる。ただ、「尋常ではない」と思える行動に、思いつき、かつ、勝手に髪型をところかまわずいじり出すときがあるのだ。


「……頼んでみようかなぁ、そうすれば、イヤでも時間がとれるんだし」


 そう、「お嬢」についてゆっくり聞く時間がほしかった。

 しかし、彼女の姿を思い出すとゾワリとした悪寒が同時に走る。


「……?」


 あれ? と思う。

 小さな噂好きの友人、論出君子の話を聞いたときにも、よく似た感触が走ったような気がする。それまでは、こんなこと無かった。


「ま、いいや」


 とりあえず、それ以上考えるのをやめる。

 答えが出ないような気がしたからだが、その実、その感触の正体を知るのが怖かったからかもしれない。

 とにかく、僕は一度思考を取り止め、夕食をとりに自室から出た。


 廊下を進み、居間に入ると味噌汁の良い匂いが迎えてくれた。

 我が家の家事は母が取り仕切っており、娘がその助手兼見習いとして供をする。で、今代は女系家族のイレギュラーともいえる男児の僕がいるのだが、結局、僕もその「娘」扱いされ日替わりで供をしている。

 要するに、母さん、御堂静江(みどうしずえ)をメインとして、日替わりで姉さんと僕が手伝うのだ。

 席に着き、家族が揃うのを待つ。


 ボーン、ボーン


 と古い掛け時計が七時を報せる。

 すると、祖母がやってきて座につき、母と姉が食卓に温かい料理を並べる。

 いつも通りの風景だ。


「いただきます」

『いただきます』


 祖母の声に続いてから、箸をつける。

 今日の味付けは、母ではなく姉のようだ。少し、味が濃い。

 一通りの料理に箸をつけてから、姉に声をかける。


「姉さん、ちょっと聞いて良い?」

「うん?」


 しずしずといえるほど上品にではないが、下品にならない程度に食事を勧めていた姉が気を向けてくれる。


「『お嬢』って人、知ってる?」


 単純に切り出した。

 するとどうだろう、姉だけでなく祖母と母もが反応した。

 あれ? と思ったが、すぐに思い直す。

 そういえば、祖母と母も矢絣(やがすり)学園の出身だった。


「母さんとお祖母さんもご存じですか?」


 と、話の水を向けてみる。


「ええ、『お嬢』さんなら、よく知ってますよ」

「私の頃から既にいらっしゃったよ、『お嬢』様は」


 母が、次いで祖母が応える。


「すると、だいぶ古くからいるんですね」


 驚いた、いつからか考えもしてなかったけど、まさか、祖母の時には既に存在していたのか。


「で、『お嬢』がどうかしたのか? まさか、粗相しなかったろうな」

「いや……初登校の日に、校門前で転びそうになったときに助けられてさ」


 簡単に今までの経緯(いきさつ)を説明する。

 その間も、粛々と食事は進み……話し終わって、ふと違和感を感じた。なにか、重大な見落としをしているような、そんな感じがする。


「ま、とりあえず、貴希が失礼なことしてないならいいや。

 『お嬢』もそんな細かいこと気にするようなタイプじゃないし」


 第一印象がどうの、気長に知り合っていけば良いだの……徐々に話題がおかしくなりだしたため、さっきの違和感はするりと抜けていってしまった。


「……ごちそうさま」


 居心地が悪い。

 はっきりとそう感じたため、そそくさと食事を平らげ台所へ食器を下げ、自室へと戻る。


「……髪、梳いてもらうの忘れた……」


 ベッドに転がって、姉に頼もうと思っていたことを思い出したが、再度頼みに行く気にはならなかった。

 なんせ、僕が居間を出たとたんに今まで以上に明るい笑い声が聞こえてきたのだ。戻れば話のつまみにされることは間違いがない。


「……ふぅ」


 いろいろおかしなことが多すぎる。

 結局、考えがまとまらないと思い切り、宿題をして眠る。

 明日、動けば棒にくらい当たるだろう。




 翌日、休み時間――ゆっくりできるように、昼休み時――を使い図書室など目的別教室を高見陽司(たかみようじ)とともに散策してみる。

 新しい校舎と言うことで、僕らの他にも校舎内を探検がてら散策している一年生の生徒をよく見かける。

 さて、以前も紹介したと思うが、高校の校舎は矢絣学園の持つ校舎の中で一番古い。

 見かけからして古く、基本的に木造である。しかも、本校舎と目的別教室を集めた校舎とに分かれている。一応、免震処理はそれぞれ加えられているのだが、表だって、目に見えるようにはされていない。

 なんでも、文化財として名乗りを上げてもおかしくないそうなので、目立って手を入れにくいそうだ。

 ちなみに、図書室や家庭科室、一部文化系が使うような教室は、本校舎に修められている。音楽室、視聴覚室など、少々毛色の違う新しい機材を必要とする教室が別棟に修められているのだが、冬にはきわめて不評だそうだ。

 ちなみに、とりあえずということで、僕らは本校舎側の教室を回っていた。


「ま、家庭科室が一階か……そういや、初等科も中等科も一階だっけ?」

「そうだったな、やっぱり火元だからじゃないか?」


 実際には知らないが、考えられるとしたらそんなところだろう。


「さて、二階は何だっけ?」

「確か……二階は職員室、三階が図書室だったか」


 ちなみに、ここの図書室はえらく広いらしい。郷土史が特に充実しているらしく、家族がえらく押していたのを思い出した。そういえば、三階には他に華道部、茶道部の部室に使っているような小さめの教室が集まっているそうだ。

 さらにいうと、一階には一年の教室が、二階には二年、三階には三年という風に各階が学年ごとに割り振られている。


「じゃ、二階は一旦おいといて、三階に行くか?」

「用事がなければ、近づかない方がいいしなぁ」


 見咎められるようなことはしてないし、困ったものも持ってないけどあまりよりたいと思わないのは、やはり、学生の心理というものだろうか?

 とりあえず、揃って階段を上り踊り場から二階が覗ける位置にはいると見知った人影が二階の廊下を小走りで移動していた。


「あれ? 論出、なんか面白い話でも聞いたのか?」


 高見がその人影、論出君子に声をかける。

 すると、一旦視界を通り過ぎた論出が戻ってきた。


「おぉ、御堂君に高見、二人こそこんなところでどうしたのかな?」

「教室の確認だよ、いくつかの教室は使って知ってるけどまだ覗いてないところもあったから、高見を誘って……」

「あぁ、なら丁度良い」


 論出がポンと柏手を叩く。


「私もちょっと昨日の話で具体的な確証に興味を惹かれて、ちょっと探してみてるんだ」


 本当に、この子は芝居くさい。

 一言一言に、何かしら仕草を挟み相手の反応を見ているようだ。

 事実、会話の間、僕ら二人のどちらかを見ていると言うよりは、一歩引いて二人供を観察しているように視線があまり動かない。

 おそらく、可愛らしい仕草もそういう風に見えるように計算しているのだろう。それが自分に向けられているときは少々きまりが悪い、あまり長く話していたく無いとも感じる。

 だが、この口ぶりからすると、探しているというのはやはり「お嬢」さんのことだろう。


「ふぅん?」


 それなのに、自分でも驚くほど素っ気ない態度になってしまった。

 僕としては、昨日までに結構探し歩いたので、たまたま遭遇する機会を待つしかないと半ば思っていたし、そうそう簡単にあえるものでは無いとも思っていた。


「残念ながら……というか、ちょっと奇妙なんだよね」


 奇妙?


「ここ数日、あまり見られてないみたいなんだ」

「え~っと、やっぱり怪談みたいなものなんだから遭遇する条件があるとか」


 僕は、この手のことに多い解答を出したつもりだったが、論出には先の態度も含めて何か腑に落ちなかったらしい、少し眉根を寄せて視線を合わせてきた。


「いいえ、昨日も言いましたが、『お嬢』は女性にとってはいて当たり前の女生徒……まぁ、この表現が正しいかどうかはわからないけど、毎日、どこかの教室で見ているようなものなんだって」


 そこで、一旦言葉を切る。


「昨日、お姉さんから何か聞き出せなかったんですか?」


 残念ながら、と首を横に振る。


「……高見、御堂君今日なんかおかしくなかった?」

「あ~……うん、おかしいというかなんというか、教室巡りは建前だろうっておもってたんだが、なんか気もそぞろで……」


『捜し物に消極的』


 高見と論出の言葉が重なる。

 そうなると、高見が我が意を得たりと言ったように言葉があふれ出る。


「そうそう、昨日までは結構いろいろ話してたし、その『お嬢』についても一緒に聞いてたんだから、俺と一緒に動いてもこそこそする必要も、遠慮する必要もない、なのにこいつは本当に教室を見て歩いてるって感じで、誰かを捜してるって感じじゃない。もちろん、教室の中を見るんだから、死角ってのは少ないんだから覗くだけでわかるんだが、それでも普通はキョロキョロくらいするだろうに、それもない」

「私は、さっきのやりとりだね。

 興味があるなら、『ふぅん』で終わるはずがない。

 こちらを焦らして、情報を引き出すようなやりとりをするわけでもないし、大きな情報をお姉さんから入手した様子もない。

 なのにあんなに素っ気ないというのは……」


 この二人の組み合わせにしては珍しい口数の多さに、思わず身を引きそうになったとき、揃って視線がこちらを向く。


『おかしい』


 半眼でぴたりと見据えられて、びくっと身体が固まった。

 二人は、僕が何か言うのを待っている。

 おかしいと言われても……いや、やはりおかしいか、よくわからないが、おかしい。


「ごめん、よくわかんないんだ」


 その時、自分自身どういう顔をしていたのかわからないが、二人とも次の句が出てこない。ただ、揃ってため息をつく。


「とりあえず、二階にはいない。

 二年生の教室は見てきたところで、職員室は覗いてないけど彼女もあまり出入りしてるという話は聞かないね」

「じゃ、三階だな。まだ時間大丈夫だよな?」


 ふと、掛け時計を探してしまうが場所が場所だけにそんなものはない。

 すると、論出が左手首に巻かれた時計を見る。


「まだ二十分ほど余裕はあるね」

「決まりだな、三階だ」


 そういうと、高見が僕の腕を掴み階段を駆け上がり出す。


「ちょっ、引っ張るな!」

「なんかしらんが、今のお前はダメな気がする。とりあえず我慢しろ」


 そういって、三階まで引っ張られていく。

 たいした距離でもないし、階段のためか駆け上がる高見を見ても、論出はゆっくりとついてくる。


「さってと」


 三階につくとすぐ近くに図書室のプレートが見える。

 その奥にも教室が見えるのだが、プレートがかかっていなかった。


「じゃ、流石に三年生の教室に顔を出すのもあれだなぁ」

「ま、図書室からかな、妥当に考えるなら」


 論出が追いついてきて、高見の意見に同意する。

 ま、最初の目的通りだから僕も特に異論はない。そう伝えようとしたとき、なにか物音が聞こえた。

 こう、襖を動かすといった感じの軽い音だった。うちが和風で古いだけにとてもなじんだ音なのだ、聞き間違えではないと思う。

 目の前は図書室、窓からちょっと覗いたがそういう音がする感じはしない。

 隣の教室まで覗きに行ってみる。

 二人も少しだけ顔を見合わせた後、ついてくる。

 隣の教室の扉自体は図書室と同じ木戸で動かすとガタガタとなるので、これも違うし、音を聞いたときには開いていた気配もない。

 扉の窓から中をのぞく、中は畳が敷き詰められた和風の教室だった。

 扉のすぐ向こうは三和土(たたき)のように段がつき、他の教室よりも少し床が高い作りになっているのがわかった。


「誰かいるのか?」


 そういって高見が僕の頭を押さえ込むようにして窓からのぞき込む。


「お、奥の襖が開いてる」


 そういって、高見が扉を大きく開ける。

 なんだかんだとこいつは几帳面なところがある。開けっ放しにしている襖を閉じようと思ったのだろう。

 ついでとばかりに、僕も論出もそれに続く……と、襖の前に人がいるのに気がついた。

 襖の奥は部屋ではなく、押し入れになっており、下段には座布団が幾枚も詰まれており、上段には小棚と引き出しが幾つもしつらえられ、いくつかの食器が仕舞われた茶棚のようなものが据えられていた。

 その人は、丁度その茶棚の上部の引き戸から茶菓子をとろうと背伸びをした姿勢で、顔だけこちらに向けている。


『……』


 その人と僕と論出が声も出さずに固まっている中、高見だけが動いている。

 まるで、その人がそこにいることをまるで意に介していないような動きだ。


「たっく、開けっ放しは行儀が悪いだろ」


 高見が襖に手をかける。

 それをきっかけにしたように、僕と論出が声を上げる。


『いたぁっ!?』

「ひゃっ」


 頭の上から足下まで(よく見ると、黒い靴下だった)女性が、小さく悲鳴を上げて飛び退る。

 拍子に、上から袋詰めのお菓子がバサバサと落ちる。


「うぉっ、いきなりなんだ!?」


 高見が僕らの声に驚いたのか、落ちたお菓子に驚いたのかわからない悲鳴を上げる。


「ちょっ、ちょっ、高見、見える? 見えます? そこにいる人見えてます?」

「あ、なに? どこ?」


 論出が高見に飛びつき、必死にせっつく。


「無理よ、その子には見えてないわ。よかったら名前を教えてもらっても良いかしら?」


 バツが悪そうな笑顔を浮かべているその人は、つんのめるように自己紹介を始めようとした論出を一度制し、


「その前に、こちらからするのが礼儀ね」


 そういって、さっきの笑顔とは違う、引き締めた顔に微笑を浮かべた。


「はじめまして、矢絣学園生の『お嬢』です」


 そういって、僕と論出、そして、見えていない高見に頭を下げた。


「彼には見えも聞こえもしてないだろうけど、よかったら伝えてあげて」


 そして、改めてといった感じで、僕に視線を向ける。


「じゃ、じゃあ、私、論出君子です」

「よろしくね、君子ちゃん」

「き、君子”ちゃん”?」


 あら、お嫌?

 そういって、流し目というのだろうか?

 「お嬢」は少し細めた視線を、小首を傾げるようにして論出へとずらした。


「い、いえ、結構です!」

「ありがとう、これからよろしくね」


 なんとなく、このやりとりに見覚えがあった。

 世間に出れば当たり前のようにやられていることなのかもしれないが、ウチの女性陣のやり方に似ているような気がした。気まずいものから目をそらすときの、人の気をそらすやり方にそっくりだ。

 そこまで考えたら、成る程、もしかしたら、さっきの姿、お菓子をとる姿か、ここにいること自体をもみ消したいのではないだろうか?


「あの……」


 とりあえず、声をかけてみようと思った。

 いつもの家族にする調子で、ほんの少しからかうような口調でやってみるのも良いかもしれない。そう考えて、声を出す。


「なぁに? 御堂貴希君」

「……え?」


 間の抜けた声がでた。


「御堂貴希君、御堂初音の弟君だよね?」


 にこにこという表情で話しかけてくる。

 あぁ、なんだ、姉さんから聞いていたのか。


「えぇ、初めまして……じゃないですね、校門前ではありがとうございました」


 でも、なんだろう? 違和感が拭いきれない、それに……


「あの時はちょっと危なかったね、三年坂みたいな話はないけど、気をつけないとね」

「……はい、気をつけます」


 スッと手を差し出された。


「よろしくね」


 そこまで言われて、握手を求められていることに気がついた。

 遅れて手を差し出す。


「よ、よろしくお願いします」


 手を握ろうと思った。

 手を握ろうと、右手を前に出そうとしたが、肘を曲げたところで動かなくなった。


「……?」


 僕自身、訳がわからなくなってきたところで、相手がその手を包むように握手してくれた……のだが、身体がびくりと、おそらく、傍目にわかるほどに震えて硬直した。


「ぁ……」


 小さく、息を漏らして「お嬢」さんを見る。

 少し、残念そうに微笑みを浮かべているのが目についた。


「よろしくね?」

「……はい……」


 返事に被るように、昼休み終了のチャイムが鳴る。


「じゃ、またね~」


 彼女は手を離してひらひらと手を揺らすと、教室を出て行った。

 論出が、小さく声を上げてから後を追おうとしたが既に姿は見えなくなっていたようで、頭を掻きながら戻ってきた。


「……あのさ」


 僕の前で何か言いたそうにしていた論出が、言葉を出そうとしたがその声は高見から発せられた。


「ホントに、いたの?」


 高見が誰とはなしに……といっても、今、彼が尋ねることができるのは僕を含めて二人なのだが、質問を投げかける。


「……はぁ」


 論出が、重い空気をはき出すようにため息を一つついた。

 僕は、握られた手を見つめている。

 耳には入ってきているし、周りはわかるのだが、握られた手と腕が固まったように動かない。


「高見には説明するけど、御堂君には説明してもらうから」


 そう言うと、論出は僕と高見の腕を掴み教室へと引き摺っていく。なすがまま、論出に甘えるようにそのまま引き摺られながら考える。


(なんのことはない……単純に怖かっただけか)


 今までの自分の中の違和感の幾ばくかが、すとんと落ちた。


「結局、夢見てただけかぁ」

「ん? なんか言ったか?」


 小さい呟きに高見が反応するが、僕は答えを返さない。




――放課後。


 小高い山に建つ矢絣学園屋上は学園でだけではなく、地域で最も見晴らしが良い場所なのだが、残念ながら一般生徒には開放されていない。

 その場所のフェンスの向こう側という危険な場所に、セーラー服姿の女生徒が座り込んでいた。

 彼女の名前は「お嬢」といい、長くこの学園に棲まい女生徒に慕われ続けてきた。

 いつも朗らかに笑みを浮かべ、今に至っては長い経験から女生徒や女教師、この学園に縁を持つ女性の相談に乗る頼れる姉、しかし、そんな彼女は今……


「夕焼けが綺麗だから明日もいい天気かなぁ」


 などと呟き黄昏れている。

 彼女の足元、校庭では既にクラブ活動も終わり、残っていた生徒も集団で帰路についているのが見て取れる。


「はぁ……」


 校舎の縁からぶら下げていた足を上げ、体育座りにうつると、そのまま両膝に顔を埋める。彼女の心境を表すような冷たい風が、黒く艶やかな髪とスカートの裾を靡かせていると、ガチャガチャという音が聞こえてきた。


「お~い、『お嬢』いるか~?」


 次には重い扉が開く音がして、微動だにしないで居るお嬢に、入り口の扉から声がかけられる。


「いたいた、お~い、返事しろ……って、上は風が強いな、くそっ」


 二度目の呼びかけで「お嬢」は振り返る。

 彼女の視線の先には、御堂初音(みどうはつね)――昼間にあった御堂貴希の姉で、二年生である――が、肩口よりも少し伸ばした髪を盛大に巻き上げられ悪態をついていた。


「最近見ないからどうしたのかと思ったけどさ、昨日、貴希の奴から話聞いたんでちょっと気になって探してたんだけど……」


 初音はそこで言葉を区切る。

 「お嬢」が珍しく落ち込んでいる様子を見せているからだ。


「どうした? また他所のが来ていじめたか?」


 「お嬢」は首を横に振る。


「じゃあ……え~っと……」


 初音が腕を組んで空を見上げて悩み出すと、「お嬢」は立ち上がり、初音との間にあるフェンスをすり抜けて、彼女の前に立つと手を取り顔の高さまで持ち上げる。

 何事かと初音が注視すると、


「貴希君に、どん引きされちゃった」


 「お嬢」はべそをかきながら告白した。


「……え?」

「今日ね、貴希君がね、昼休みにね……」


 その後、しばらく昼休みの一幕を「お嬢」が説明するのを初音はおとなしく聞いていた。

 聞いた上で、ふと思った。


「あれ? それって、『お嬢』基準ではしたないところ見られたのが問題なの?」

「だって、校門前でもお姉さんぶってみたし、数日間をあけてちょっと会いにくいんだよみたいな演出もしてたのに、いきなりお菓子つまみ食いしてるところだよ?

 絶対、はしたない女の子だと思われた~!」


 子供のような「お嬢」に初音は呆れる。

 というより、貴希以外はほとんど家族ぐるみという付き合いで、それなりに初音も長いのだが、このような「お嬢」の姿は初めて見る。


「いいから、ちょっと落ち着きな。キャラクター崩れてるよ」

「……うん」


 とりあえず、初音はポケットティッシュを出して話していて感極まって出てきた涙を拭ってやる。


「というかだね、怖がられた風だというのは、『お嬢』的にはどうでも良いの?」


 先の説明を聞いていて、初音が気になったのはそこだ。

 握手を求めたときにした貴希の反応は、些か対人としては失礼だ。


(まぁ、ウチの躾の性質上しょうがないんだろうけど……)


 しかし、「お嬢」は、


「それこそしょうがないんじゃない?

 確かに残念は残念だけど、私みたいなのと、いきなり仲良しこよしできる方の人を私は心配するよ?」


 そう言うのである。


(自分の境遇? を、きっちりと認識できてるってのも可哀想かなぁ)


 初音は頭を掻く。


「まぁ、気にしなさんな。

 あいつは、私の弟だからさ、そういう部分での女性の幻想ってのはないさ」


 多分、と心の中で付け加えるが、おそらく、それは本当のところだろうとも思っている。

 初音は、貴希と違い世間一般で言う女らしい部分は少々薄い、それは女性らしい気遣いができないという意味ではないのだが、そういう性分なのだから仕方がないと割り切ってはいる。

 しかし、やはり本人も気にはしているのだ。


「……でも、私には絶対幻滅した~!

 初音と同類だとおもわれた~!」


 なので、流石に初音もこれにはカチンと来た。


「あぁんっ!?

 今何つったコラッ」

「今度は初音が怒る~」


 その日、矢絣学園の放課後は、校舎の騒がしく更けていった。


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