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第1話 「校門前の『お嬢』さん」




――僕らの学園高等部には、男子禁制の噂があった。





 唐突だが、僕、御堂貴希(みどうたかき)の家は女系家族だ。

 僕の上には、姉が一人いる。上の世代では、母とその下に叔母が二人。その上は、当然祖母が……とりあえず、確認できるだけの戸籍を見ても、男児が生まれた形跡がない。もっと遡れる家系図なんてものも残っているが、こちらで見ても本気で男児らしい名前が残ってない。

 そういう家系なので、古く名のある家としては、さぞ跡継ぎ問題には頭を悩まされたかと思えば……そうでもなかった。と、いうより、女性が持て囃される生業なのである。

 巫女、というと、神道やらの宗教色が強くとらえられるかもしれないのだが、卜占(ぼくせん)、祓いを職業色濃く扱ってきた家系で、その能力と技術は今も脈々と女性に受け継がれている。

 そう、女性にのみ受け継がれている。



 少し冷えが残る陽気、遅咲きの桜がゆっくりと花散らす中を学生たちが歩いていく。

 今は四月、まだ真新しい学生服を纏った学生が談笑しながら学舎へと続く坂を登っていくのだが、よくよく見てみるとその様子は二種類に分けられる。

 一つは、山の上にある学校のため、急勾配を不慣れに歩く学生。

 もう一つ、その様子を意地悪く、または、同情の色を浮かべ、懐かしいものでも見るような顔で悠々と歩く学生。

 それもそのはず、この学園、小中高と一貫したエスカレーター方式なのだが、高等部が山の頂、中等部が中腹、初等部が麓となっており、今現在、皆が歩いている位置は中等部の学舎を越え、今年、高等部に上がった学生には未知の領域ともいえる道のりにさしかかっていた。


「これは、結構クるものがあるなぁ……」


 我知らず愚痴がこぼれ出た。

 涼しい風の吹く春先だというのに、汗ばんでくる。

 腰には届かないが、背中の半ばまで伸びた髪の毛は風のおかげで暑さを助長するまでには至らないが、もし汗が伝うほどになればほつれる髪が張り付いて、不快になるだろう。

 家で言われて伸ばしているものだが、短く切ってしまいたくなる。なによりも、女性に間違えられるのが一番困る。

 そこまで考えると、ため息がこぼれた。


「貴希でもため息混じりかよ……こりゃ、慣れるまでしんどそうだなぁ」


 同じように坂の先、高等部の学舎を見ながら文句をこぼすのは、僕と同じ初等部からのエスカレーター組であり、なぜかほとんど別のクラスにさえなったことがない友人である高見陽司(たかみようじ)だ。

 先述したように、ウチは非科学なオカルトを扱う家ではあるのだが、その家人をしても「縁ってのは怖い」と言わしめるような腐れ縁である。

 ちなみに、高見は初等部、中等部と運動系のクラブに所属していた。ただし、それぞれ別のスポーツに打ち込んでいたため、高等部はどこのクラブにはいるかわからない。

 そんなこいつが、しんどいとこぼしたのだ、慣れない生徒には本当に憎らしい坂に違いない。


「なんで、この学園はいちいち上に上がるほど物理的にあがっていくんだ? そういや、中等部の時も同じこと愚痴ってなかったか? 俺」


 そうだな、と同意する。

 僕もそれなりに運動はできて、体力もつけているつもりだったが慣れない道のりのせいか少し辛く感じる。

 この学園、何故学年が上がると校舎はより高いところへ上がるのかと言われると、確かに疑問はでる。しかし、高等部だけはその理由が明確なのである。

 そもそもこの学園には高等部しかなく、その校舎は佇まいも昔のままで位置も動かしていない。丘の上ならぬ御山の学校であり、さらに言うなら、その当時は女子校であった。ちなみに、共学化の歴史は二十年足らずと実に浅く、未だその男女比は女生徒の方に比重が傾いている。


「さって、もう一息だ」


 高見が高等部の校門を見て、意気を取り戻しとっとこ先に進んでいった。

 僕も校門が見え始めたのを確認して友人の背を追おうとしたその時、一際強い風が背を押す。

 高見の後を追おうと不安定な姿勢を作った僕は、不意のその風に抵抗できず……


(あ、こける)


 そう思うと同時に、左腕が前に出る。反射的に受け身を取ろうと動いてくれた。

 次に来る接地の衝撃に備えるため、閉じずにいた視界にすっと白と黒のほっそりとしたものが横合いから現れ、僕の腕をとる。同時に、右脇にも圧迫感が現れて支えられた。


「ありがとう」

「どういたしまして」


 胸をなで下ろし反射的にでた感謝の言葉に、帰ってきたのは鈴を鳴らしたような澄んだ女声だった。


「す、すいませんっ、ありがとうございます!」


 頭のどこかで――先に行ったのでありえないことだが――高見が手をさしのべてくれたのだと思っていた僕はギョッとする。


「気をつけないと、危ないよ? 急な坂だから転げ落ちちゃうかも」


 慌てて助けてくれた人を見ると、非現実的なまでに白い肌と美しく長い黒髪の女性だった。白と黒のコントラスト……よく聞く言葉だが、セーラー服を纏ったその人には、実際に白と黒しか無いようにすら思えた。


「あっれ~、お嬢、校門前まで来てるって珍しいね。 おはよ~」

「おはよう」


 後ろから見知らぬ女声が聞こえた。


「って、やば」


 僕はそちらに目を向ける。

 目の前の女性とは違いブレザーの女生徒(ネームプレートに二年とある)が、僕と目が合うと気まずそうに視線を外し、小さく手を目の前の「お嬢」と呼んだ女生徒に振ると何事もなく通り過ぎて行った。

 その様子に少しだけ違和感を感じたが……今の状況に思い至り、


「す、すいません! なにかあの人に勘違いさせてしまったようでっ」


 大慌てで距離を取り、「お嬢」に謝罪する。

 男性と手をつなぎ、立ち尽くしているとなればあまり良い風聞は生まれない。そう思い至ったためである。

 しかし、慌てる僕とは対照的に「お嬢」は小さく微笑み、くるりと踵を返して校門へと向かう。

 ザァッと強い一陣の風が桜吹雪を巻き起こす。

 風が収まった後には、「お嬢」の姿は生徒たちの雑踏の中に消え、目で追うこともできなくなっていた。



 日の光が徐々に暖かみを増してきている。

 初登校の日から既に数日、風に舞うほど豊かだった桜の花びらは既に落ちきり、大きな変化を迎えた学生生活にも徐々に慣れ始めていた。

 まぁ、それで、その数日の間に校舎内の散策も兼ねて「お嬢」と呼ばれていた彼女を捜すとはなしに探していたのだが……


「だから、お前の前提条件がおかしいんだって」


 見つからないなぁ、と呟いてしまったのを高見に聞きとがめられ、先日のことを話したとたんに、これである。

 高見は僕にあてられた机の上に胡座をかくように座り込んで高説をたれてくれている。


「俺らの制服見てみろって、ブレザーだぞ? 当然、女子もだ」


 そういいながら適当な女子を数人指さす。

 高見の言うとおり、皆セーラーではなくブレザーの制服を着ている。それが当然だ、ウチの制服はブレザーなのだ。


(クラス全員が揃うのにはまだ余裕あるなぁ)


 僕らは今、教室で朝のホームルームを待っている状態だ。数日も経つと、それぞれの生徒の行動時間も早くも習慣化されてくる。今いるのは、真面目で、時間厳守をモットーとするようなタイプで各々思うように時間を潰している。そういう、少し早い時間だ。


「というか、だ」


 今度は、僕の鼻面に向けて指を振る。

 スポーツマンらしい、太めの人差し指が左右に揺れる。


「ほとんどが、小中高とエスカレーターのこの学校で、俺らが見慣れてない顔なんてそうそうないだろ?

 なら、高等部からの生徒だろうけど……ブレザーの中でセーラー服きてて、さらに、お前の目にとまるような美人なら、噂の一つもたたねぇほうがおかしい!」


 揺らしていた指で、僕の額を突く。

 痛くはないが響いたので、額を抑えて今の話をもう一度吟味する。


「そうなんだよなぁ……」


 と、いうか、吟味するまでもない。

 この学園、矢絣(やがすり)学園は初等部、中等部、高等部からなるエスカレーター方式の学園だ。

その中でも、僕らは初等部から通っている。というか、そうでない生徒は少ない。

 もちろん、中等部、高等部でも募集はかけられ、編入もあるのだが、珍しいのである。

 固定されたコミュニティーに唐突に新しい要素が入れば、噂の一つも出てこない方がおかしい。

 ちなみに、今年も数人確認されてはいるのだが、お目当ての人物ではなかった。


「どっか、他所の生徒だろ。 おかしいだろ、セーラー服って」

「何度も言わなくてもいい」


 突っ伏す、自分でもおかしいと思っているのだ。

 それを何度も指摘されると、本当に落ち込んでくる。


「おやおや、珍しいね」


 不意に声をかけられる。

 声のする方に顔を向けると、愛嬌のある大きな目をしたショートカットの女生徒が見えた。見覚えは当然ある、初等部からの付き合いがあるというだけではなく、彼女の場合、もう一つ有名なほうでエスカレーター組にはよく知られている。


「なんだ、”噂”の論出か」


 そう、彼女の名前は論出君子(ろんできみこ)だ。

 彼女は”噂”というあだ名を周囲からいただいている。

 とにもかくにも噂好きで、半ば情報屋のような扱いを受けている。事実、彼女は学内だけに限らず、学外にも情報網を敷いている。

 そこまでやっているのだから、新聞部などに入っているのかと思えば、そうではなく、ただただ自分の好奇心に任せて人伝の話を集めているらしい。


「うん、”噂”と呼ばれているからには、やはり、噂という言葉が聞こえてきたら馳せ参じるのが我が使命だと思うんだ」


 芝居がかった口調、それに伴うやはり芝居がかった仕草。

 それらをかわいらしいと感じるのは、どんなに大仰に振る舞っても大きくは見えない、平均よりやや小振りな体格故だろう……と、僕は思っている、声に出していったことはないが。


「で、なにか、セーラー服がどうとか聞こえたんだけど、なにかな? 我らがアイドル御堂君のお眼鏡に適う人がついに現れたのかな? うん、高等部に至るまでコイバナの一つもなかったのだから、やはり、他校の生徒が対象となったのかな?」


 高見は既にげんなりしている。こいつは論出の話し方を好ましくは思っていない。単刀直入な思考と話し方を好むこいつからすれば、論出のそれはわかりにくい上に人を煙に巻こうとしているかのように感じられるそうだ。


「そういうわけじゃないんだけどね、ちょっと、気になるというか……」


 その答えを聞いた二人の反応は実に両極端だった。

 高見は顔を片手で覆い、


「俺しらね」


 とつぶやき、

 論出は、愛嬌のある目を細め、口の端をつり上げるようにして笑みを浮かべる。


「人捜し……いやぁ、それで私に声をかけてくれないというのは、些か落胆を隠せません」


 ここにきて自分の返事のたらなさに気がつく。


「いやいや、だから、人捜しとかそこまでじゃなくて!」


 ふと、周囲の空気が変わったことに気がつく。

 おそるおそる周囲を見回すと、今まですくなからずの喧噪に包まれていた教室が水を打ったように静まりかえっている。間違いなく、今一番騒がしいのは僕を中心とするこの一角だが……皆、視線をこちらには向けていないが、耳を傾けているのだけは伝わる。


「春? 春ですね? 高等部への進学とともに、春を迎えたと」


 論出が詰め寄る。


「近い近い近い!」


 論出の肩を掴み引き離しながら、ことここに至って、初めて僕は現状の拙さに気づく。


「き、君達が面白がるような話じゃなくてっ!

 ちょっと前に、校門前でセーラー服の女生徒に助けられたってだけの話でっ!

 た、確かに綺麗な人だったんだけど、高見とかに聞いてもそんな女生徒聞いたこともないって、それでちょっと気になってるだけでっ!」


 不意に、論出から突っ込んでくる力が抜ける。

 わかってくれたのかと、改めてその顔を見ると鳩が豆鉄砲を食ったよう……というのだろうか? きょとんとした表情をしている。

 その様子に、高見も気づいたのかいぶかしげな表情を浮かべている。


「……校門前って、他所の、学校の、ですか?」


 神妙に、といったところだろうか?

 言葉を選ぶように、論出が一言一言を区切って聞いてくる。


「……いや、この学園の、高等部の」


 論出がやや俯き加減で、自分の鼻を両手で合掌するようにして挟む。

 しばしの沈黙、


「え? ちょっと待ってください、この学園の校門で、セーラー服の女性に助けられた、ですか?」

「ま、ちょっと信じられないだろうけど、そういうこと……ブレザーだったら、言うほどおかしくは感じなかったんだけどね」


 沈黙が落ちる。


(あれ?)


 ここでおかしなことに気がつく。

 教室の空気が、今までの聞き耳を立てているという空気とはまた違っている。

 ごく一部だが、論出と同じような表情を作っている女生徒がいる。しかし、大抵のクラスメイトはそういう女生徒に対しても奇異の目を向けているようだ。


「それ、新入生……ですかね?」


 ここにきて、恐る恐るといった感じで顔をやや傾げるようにして上げる。


「……どうなんだろう……あ、でも」

「でも?」


 論出の表情は、片方の口の端だけが持ちあがったぎこちない笑みになっている。彼女がこんな表情を浮かべるのは珍しいと思いつつ、さっき思い出したことを伝える。


「後ろからきた誰かはわからないけど、二年の先輩が『お嬢』って……」


 その瞬間、論出を含むほんの一握りの女生徒の声が今までの静寂をはじけさせる。

 唐突に響く大音声に、教室中の人間、声を上げた生徒でさえ目を回す。

 あまりのことに、耳が馬鹿になっているのだろう何も聞こえないが、周囲の教室から出てきた生徒も廊下側の窓から教室内をのぞき込みにきているのが見える。


「な……なんなんだ、いったい……」


 高見が足下で頭をたたいている。さっきの大声で平衡感覚を失って机の上からおちたらしい。そんな高見を論出は蹴りどけて僕につかみかかる。


「み、御堂君、貴方!

 女の子だったんですかっ!?」


 その瞬間、シンと静まりかえるのが肌で感じられた。


「え?」


 まず浮かんだ言葉は、「こいつ、何を言っているんだ」だった。

 そりゃそうだろう、僕は確かに極端な女系家族の中で、珍しく産まれた男性で、普通男子が受ける教育よりも、一般的に見て女子が受けるような教育を多く受けているとはいえ、男だという事実が変わる訳じゃない。だけど


「おい、論出!」


 思考が雷管に辿り着き、爆発するように否定の言葉をはじき出すよりも早く、高見が論出の手を取る。


「ちょっ、高見、何怖い顔して……」

「来い」


 必要以上に声を荒げず、しかし、ピシャリと言い放ち論出を教室の外へと連れ出した。

 友人二人が出て行くのを見届けると、フッと体から力が抜けるのを感じた。同時に、僕は高見に感謝する。

 あのままだったら、確実に無様を晒していた。

 僕の家系は、本当に男児が生まれない。

 何度か、僕も疑問に思って家族に聞いたことがある。当然、誰もその問いに関する答えを持ち合わせてはいなかったのだが、それ自体はどうでもいい。自然のことだ、そういうこともあるのだろう、ウチの比率がおかしいとはいえ、偏りのある家系というのは言うほど珍しいものでもない……たぶん。

 でも、問題があるとするならば、女児の育て方に関するノウハウしか一族が持っていないと言うことだ。結局、僕はそういう家で、普通に育てられ、お稽古ごとをこなしてきている。確かに、男がやってもおかしくない部分に限って習ってはいるだけだし、僕自身、最初こそ「やらされて」いたが、少し経つとおもしろみを感じるようになり、最近では文化の深い部分にふれるような感触が楽しく、いやだとはまるで感じていない。

 父も、こういう感性を持つ人なので明らかに男子がいやがるだろうことだけを祖母と母に進言して止めてくれていた、ありがたいことだ。

 唯一、無理強いされていることは、この長く伸びた髪……手入れや扱いの面倒くさいこれだけは、僕の自由が許可されていない。

 僕の体なのに理不尽にしか感じられない。

 だけど、これに関しては理解のある父ですら強固に僕の意見を聞いてはくれない。おそらく、(まじな)い方面のことなのだろう。

 ……などと、もはや関係もないことをとりとめもなく考えていたら、高見と論出が戻ってきた。


「ごめん!」


 論出は勢いよく頭を下げて謝ってくれた。


「いいよ、僕もまだ驚いてただけだし」


 論出に言葉と身振りで謝罪を受け取ったと示し、高見の方に軽く頭を下げる。

 高見は僕が頭を下げたのを見ると、元の位置……僕の机に腰を下ろす。


「で、さ。

 さっきは何であんな結論になったの?」


 そうだ、おかしなものを見たと言って高見のように「おかしい」といったり、僕にはありえないが、お化けや幽霊を見たというなら、普通は気味悪がるだろうに、唐突に僕=女性である。おかしいと思わない方がおかしい。


「……う~ん……」


 論出は一声うなると、僕の隣の席の椅子を引っ張り出して腰を落ち着ける。論での席ではないが、隣の席の主が来るのは、いつも通りならばまだしばらく後である。来たら論出がどけばいいだけなので今注意することもない。


「一つ確認するんだけど、この学園でもっとも有名な噂……というか、実話というか……怪談? ……ごめん、なんて言えばいいか私もわかんないんだけど……それを知ってるってことは、ないよね?」


 僕と高見が顔を合わす。

 該当するような話を聞いた覚えはお互いにないと、それで理解が及ぶ。


「やっぱり、男子の間では流れてないのか、そりゃそうよねぇ……女子の間でも、この話が浸透しきってるのは二年生から……といっても、一年生でも接触がない訳じゃないみたいだから、それこそ、知る知らないは個人差があって当然……」


 論出が一人でぶつぶつと言っている。


「なぁ、論出、どういう話なんだ?」


 その様子に、僕よりも早く高見が突っ込んでいった。こいつは、本当にあやふやな話が苦手で、答えがあるのなら、迷わずそれに手を伸ばすタイプなのだと改めて認識する。


「……うぅん……この話はね、ちょっと分類が難しいんだ」


 そういって、論出は人差し指を立てる。


「まず、これは女子の間では『事実』であり、『現実』である」


 次いで、中指を立てる。


「次に、これは、男子の間では浸透しにくい『噂』であり、『怪談』である」


 はぁ……と、息を零すような声が出た。

 僕自身に能力はなくとも、家業が家業だ、いろんな話を聞いてきたけれど……聞いたことがないパターンだ。いや、聞いてないだけかもしれないけど、かなり珍しいかなり限定的な現象なのだろうか? 男と女でそこまで明確な差がつくというのは考えにくい。

 そこで、ふと思ったことを口に出す。


「え、なに?

 それってもしかして、『男には認識できない』ってことかな?」


 少し考えて、思ったことを口にした。

 口に出してから、ありえないだろ、聞いたこともない。

 そう自分につっこみを入れたのだが、言葉を投げかけられた論出は真剣な表情で一つ、コクンと頷いた。


「そうです、そうとしか考えられないんですよ」

「つってもなぁ……」


 高見が頬を掻いている。

 その声音からは、とても信じられないと言ったような気配が伝わってくる。


「と、いうか……これ、女子の間では怪談でも何でもないんですよ」


 私もまだあったこと無いんだけどね、と前置きをして論出は胸ポケットから手帳を取り出す。


「二年生以上の女子の大半が、『彼女』と接してるんです。

 対して、男子は『彼女』のことを尋ねても全く知らない。知っていても、『聞いた話』にまで落ちます。

 この時点で、そうとしか考えにくい……ちなみに、これはそのまま先生方にも当てはまるんです」


 背筋に冷たいものが走った。

 今、なんて言った?

 「接している」といったのか?


「ちょ、ちょっと待って、『接している』ってどういうこと?

 そんな怪談話の対象が、あってあたりまえみたいになってるってこと?」


 僕の問いに、しかし、論出は、またコクンと一つ頷いて肯定した。


「というか、友人付き合いをしている……ようですね」


 頭が痛くなってきた、なんだそれ……本当か嘘か、わからないけれど、女性に見えて男性に見えない、そんな怪奇現象と友人付き合い? というか、それはなんだ? それがなんで僕の話と……


「……なぁ、その話がなんで僕の話と……」


 論出の表情が、哀れむようなものになっていた。

 予想はついているんでしょ? とでも言いたげな、そんな顔だった。


 パラ……


 論出がページをめくり、記述を確認しているのだろう、指先が紙をなぞる。

 そして、その動作が終わると僕に顔を再び向ける。


「目撃情報……というのもおかしな話だけど、対象の特徴は――見えるなら――すごくわかりやすい。

 まず、長くて綺麗な黒髪でほとんど腰まであるそうです。

 肌は、それこそお話の中に出てきそうなほど綺麗な白い肌。かといって、不健康に見えるかというとそうでもないらしいですね。」


 あの日見たとおりだ。

 僕が特に何も言わず、表情を確認してから論出は情報開示を続ける。


「それと、服装はセーラー服。これもまた、イメージ通りというか……一昔前に学園で採用していた制服で、本人曰く、普通に気に入ってるそうで、なんか、ブレザーのスカートって少し短くて恥ずかしいとか言っているのを聞いたそうなんだけど……」


 どう? と最後に付け加えて、確認をとる。


「見た目はその通りだけど……その……」

「特記事項はさっき言ったとおり、女性にのみ見える。

 通称というか、自称というか……彼女は女性の間で「お嬢」と呼ばれてる。

 『さん』づけとかの尊称は各自自由ってところらしいですね」


 何故か頭にふわぁっとした、形容しがたい不快感が走る。


「……あのさ」


 僕が頭を抱えていると、それまで無言だった高見が声をかけてきた。


「姐さんは、何も言ってなかったのか?」


 姉さん?

 そうだ、そういうものがいるなら……と、そこで思い至る。


「ちょっと待って、御堂君ってお姉さんと違って見えないんでしょ?

 それに、今までに女性にしか見えたためしがない以上、御堂君に注意を促す意味がないんじゃないかな?」


 唇に指を当て、視線は右上、論出が何かを思い出すときにする仕草で推理を披露する。

 あれ?

 こういうオカルトティックなことまで彼女に話したことあったろうか?


「あ、情報の入手手段は秘密。

 だけど、多分、高見が知ってる程度のことは知ってる」


 本当に情報に関しては怖い人だと、思い知った。


「で、もう一つ、御堂君のお姉さん――御堂初音(みどうはつね)さん――の親友やってるそうよ、彼女」


 頭を殴られたような感じがした。

 あれ?

 なんでこんなにショック受けてるんだろうと思ったが、とりあえず、理由の一つにはすぐに思い至った。


「おい、貴希」

「……ん……」


 これって……


「お前、この数日無駄骨だったんじゃね?」


 高見の言うように、ここ数日が徒労に終わっていたと自覚したからだ。

 でも、それ以外にも何かもやもやした感触が新しく生まれたのだが、とりあえず、自覚した部分がとてもとても重くのしかかり、その日一日のことはノートに記入され、確認できる授業内容くらいしか思い出せなかった。

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