男
「ねぇ、いつまでそこに立ってるつもり?」
男に背中を向けて化粧台へ向かいながら、
女は、部屋の片隅にボーっとたたずむ男に言い放つ。
「あなたね、未練がましく私の部屋に来るけど、
本当に自分の状況分かってるんでしょうね?」
男は、ただ下を向いている。一言も話す気はないようだ。
「そりゃね、私だって……。悲しいわよ、寂しいわよ」
何とも言えない重い空気が漂い、女の目からは光るものが零れる。
小柄な男のすまなそうな様子がより男を小さく見せた。
唇を噛み、顔を上げた女は、メイクの落ちかけた頬をぬぐって、
ファンデーションを塗りなおそうと、コンパクトを手に取った。
「でもね……」
コンパクトの鏡の中に男の寂しげな表情がチラッと写る。
「あなたには今度こそ幸せになって欲しいの。分かるわよね?」
男は、一層深くうな垂れた。返事とも、落胆の表現とも、どちらにもとれる。
「もう、時間切れなのよ。今日。今日で、本当にお別れ」
今度は、はっきりと、男がこくりとうなずいた。
紫色の大げさに見えるケースから、女は真珠のネックレスを出してつけた。
「ほら、もう、私行くわよ。大事な日なんだから、あなたもちゃんとくるのよ」
「まだ……一緒に、いたかった……」
男はようやく低い声でつぶやいた。
「そうね……」
「菜……穂子、愛してる……」
「私だって、愛してたわよ。でも、こんな話は終わりにしなきゃ」
部屋にとどまっていたい様子の男に、女は強い口調で言う。
「こんな時間!先に出かけるわね。今日はあなたの四十九日なんだから……」