くすりのりすく
「ですから貴女は言われた通りお薬を寄こせばいいんですのよ!」
あたしの目の前で先程から喚き散らしているクソガ…いや、
これでもあたしより二歳上とおっしゃる金髪縦ロールお嬢様だけど、
繰り返し繰り返し説明しても分かって下さる気配は微塵もない。
ここは迷宮街の片隅であたしがやっている小さな薬屋の露店である。
あたしは所謂「魔女」であり、ばあちゃんやかあちゃんの指導の下、
様々な魔法薬の製造法を会得し、お墨付きを得て独立した。
普通の薬と異なり、魔法薬は病気や怪我に効果があるものではない。
その代わり、例えば「一定時間ネコの鳴きまねが上手くなる」とか、
「仮病を装っても見破れなくなる」とか、一風変わった効果を持つ。
正直こんな変なものに需要あんの?と自分でも思うんだけど、
店を開いてから割と頻繁にお客さんは訪れて魔法薬を買っていく。
んで今回。
背が低いあたしよりさらに背が低い、ど偉そーなこのお嬢様。
片眼鏡に白い口髭の執事っぽい人を引き連れてあたしの店へ来て、
「胸が大きくなる薬」を寄こせ、金はいくらでも払ってやる、
と先程から大声で繰り返している。
いや露店なのにいいの?乙女のヒミツを大々的にばらしちゃって。
正直巻き込まれているあたしも恥ずかしいんだけど。
なんでも自分がモテないのはどう考えても慎ましい胸が悪い、と。
実家は裕福な伯爵家、自分は美しく聡明で性格も素晴らしいのだが、
求めても得られない胸が邪魔をして縁談が悉く破談になる、と。
胸さえあれば、どんなお相手でも即婚約できるに違いないんだと。
…まあ、胸に夢中になる男性が多いのは確かだろう。
実家が裕福とかは、知らないからまあ置いておくとして。
胸のせいじゃないと思うんだけどなあ。多分。
言うだけあって、顔立ちは整っている。ややキツい印象だけども。
しかし、今十五歳のあたしよりもまだ背が小さい、胸も平坦。
ただ、背が低かったり胸がなかったりは、一部で高評価らしいし。
聡明と自称してるけど、こちらの話を聞かず聡明さには欠ける。
性格は多分自己中心的で偉そうで自分以外は全て下、位思ってそう。
これだけ相手を見下してるなら破談にもなるわなー。
まあ面と向かって指摘しても聞きそうにないけど。
でもまあ、問題なのはそこではなくてですね。
いや話が通じないのも問題ではありますけど。
「何度も言ってますけど、お勧めできないんですよ。
副作用もありますし、使用法を間違えたら大事になります。
あと、一度使えば効果を打ち消す事は出来ませんよ?
それでもいいんですか?」
その時執事が動いた。というかお嬢様に耳打ちした。
「タカビーナお嬢様、魔女殿は推奨しないと言われますが、
しかしお薬自体は確かに存在するという事。
難があるのは使用法のみ。そこさえ違えなければ良いと。
全責任は使用者にあり、と念書をしたためるのはいかがかと」
いやいいの?それで?危険よ?
「…そうね、分かりましたわサバスチャン。
念書と報酬、多少上乗せして買い取りましょう。
聞こえていましたわよね、貴女。
定価の倍出しましょう。全責任はわたくし、と念書も書きます。
さあ、お売りになって!」
堂々巡りにも疲れてきたしなー。
いいか、本人がこう言っているのだし。売りましょう。
つうか、この二人こんな名前だったんだ…。
しかしサバスチャンは惜しい名前だなあ。
◆
使用説明書付きで薬を売り、念書と代金の二倍の金貨をもらった後、
あたしは露店をたたんでなるはやでこの国を出た。
何が起きようが、もう戻る予定はない。
現在は二つ隣の国まで逃げて、そこでまた露店を開いているが、
風の便りにあの国のとある伯爵家の噂話を耳にした。
なんでも、伯爵家とその使用人の方々全てが爆乳化したとか。
件のお嬢様だけでなく、伯爵夫妻、前伯爵夫妻、執事、料理番、
門番、庭師、女中に馬番、果ては番犬に通りすがりの猫まで。
あの豊胸薬は効きすぎるのだ。しかも揮発性が高く蒸発しやすい。
蓋をきつーくきつーく締め直さないと周囲に拡散し続ける。
一滴だけで効果てきめんなのだが、二滴以上使うと悲劇が起こる。
両胸とも自身の頭より膨れ上がって前屈みで歩くようになる。
なお効果には男女の区別はない。もう一度言う、男女の区別はない。
また、身体が全体的にふっくら丸みを帯びて女性っぽくなっていく。
ヒゲとか生えてる人は、みんな細くなって抜ける。
多分あの執事さん、サバスチャンさんと言ったっけ、も、
見た目ロマンスグレーのオネエさんと化している事だろう。
慌てふためいて、薬の売り主を探しているようだがもう知らん。
たとえ見つかっても念書もあるし、そもそも見つからないだろう。
こちらに来て急に背が伸びたし、長かった髪の毛も切って染めた。
ま、お嬢様の望みはかなったのだ。縁談の行方は分からないけど。
作中の名前についてはもう、お気になさらず。




