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泡沫の呪言  作者: 紅雪
3/3

仲秋の晩餐

まだまだ暑い日中とは変わり、肌寒くなる十月初めの夜。

母の笑顔が見たい、母と一緒に出掛けたい、母と一緒にご飯が食べたい、優しくして欲しい、その思いも叶わず彼女は死んだ。






ママは、仕事から帰ってくると冷蔵庫から缶ビールを出して、飲み始めた。

飲みながらパソコンを起動してソファーに座る。

ぐぅ・・・

お腹が鳴る。

お腹が空いた。

学校から帰って来て何も食べてない。

勝手に食べちゃいけないから。

もう、夜も九時が近いのに。

お腹が空いた。


「ママ、お腹空いた。」

「あぁ?その辺にあるもの適当に食べな。」

コントローラを持って、タバコに火を点けたママは、その煙をわたしに吐きながら面倒くさそうに言う。


テーブルの上にカップ麺があった。

お湯を沸かそうと、カップ麺を持って台所に向かおうとする。

「それはあたしんだよ!」

「いたいっ!!!」

飛んで来たコントローラが、手に当たりカップ麺が床に転がった。

「落とすな!カップが破損したらどうすんだ。」

ママは言うと、カップ麺を奪う様に拾い、コントローラも拾ってソファーに戻る。


「ごめーん、残業で遅くなっちゃった。」

ママは、パソコンの中の人とゲームを始めた。

わたしは、冷蔵庫を開けて食べるものがあるか探す。

でも、知っている。

何回も。

何回も。

何回も、、

見ているから。

増えたりしないのも、知っている。

冷蔵庫の中は、調味料と水とビールばっかり。


「あ、お米がちょっとある。」

見つけたわたしは嬉しくなった。

すぐに炊飯器を開けてお釜を取り出す。

いつ食べたかわからない、固まった米粒がお釜の中でカラカラと音を立てた。

「洗わないと。」

流しの前に踏み台を移動させて、スポンジを取る。


いつからかわからないけど、洗剤の容器が空。

水だけで洗う。

冷蔵庫から、カップ半分のお米をお釜に入れて、また流しに移動する。

(シャカシャカ、シャカシャカ。炊き立てのごはん、たのしみ。)

お米を洗って、水を線までいれて、炊飯器へ。

お釜をもちあげ、踏み台から降りて炊飯器へ。

「あ!」

ガシャ!

お米が・・・

降りるときバランスを崩して、お釜を落としちゃった。


「お前!!」

ママがすごい勢いで走ってくると、わたしを左手で抱えた。

「なんであんたは!」

「いだい!!」

おしりがものすごい痛いよ。

「そうやって!」

「あぐっ!」

「面倒ばかり!」

「んぐっ!」

「かけるのよ!!」

「あぁぁぁっ!」


叩き終わったママは、わたしを水浸しの床に投げ捨てた。

「う・・・うあぁぁああああああっ・・・ぁがっ!」

「うるさいんだよ!」

ママの足が、わたしのお腹に飛んできた。

痛い!

苦しい!

「うぇ・・・うあ・・・」

「聞こえなかったのか?」

「う、ひぐ・・・」

グーを振り上げたママが恐くて、わたしは口に力を入れて我慢した。

泣いたら、殴られる。

痛いの、嫌だ。

「ちゃんと掃除しろ。米は一粒も無駄にするなよ。」

「・・・はい。」

返事をすると、ママはゲームをしに戻った。

わたしは、お米をひろってお釜に戻す。

おしりも、お腹も痛い。

痛いよ・・・






黒い泡沫を生み出す死の予兆。

それは毎日、数多の星の如く、地上に散りばめられる。

だが、大半は出来る前に霧散していく。

多くの人間は、泡沫となる前にその思いを消化するのだろう。


黒い泡沫が産み出されそうで散っては、僕は安堵する。

仕事とはいえ、無い方が良いと思っている。

でも、結局は休む間など与えられはしない。

それほどに、人の世は泡沫に溢れかえっている。


小さな、小さな予兆。

泡沫も小さい。

だけど、強く、黒く、暗く、色濃く、稀な程にその気配は膨れ上がっていた。







(はやくご飯できないかな。)

「美菜~。」

私が炊飯器の前で待っていると、ママが呼んでくる。

恐い声じゃない。

「なにママ?」

「お湯沸かして~。」

「うん。」

きっとカップ麺を食べるんだ。

でも、わたしにはもうすぐ炊き立てのご飯ができるから、ちょっとしか羨ましくない。

炊飯器から出ていたお米を炊く匂いが、お腹をきゅーっとしてくる。

楽しみ。


流しに移動して、やかんに水を入れてコンロにおく。

火を点けると、わたしは炊飯器の前に移動する。

あと十分もかからない。

おかずは無いけど楽しみ。


食器棚に移動して、お茶碗とお箸を取って、また炊飯器の前に座る。

もうちょっと。

「美菜~、カップ麺にお湯入れて。」

「うん。」

カップ麺のビニールを取って、蓋を線まであける。

あと入れと書かれたスープを蓋に乗せ、かやくを入れる。

何度もやっているから知っているもん。

準備が出来たら、お湯を入れて蓋をする。

食器棚から箸を取って、カップ麺の上に置いた。


「箸も用意出来ないのか!この役立たずが!」

と言ってほっぺを殴られたことを覚えている。

だから、言われる前に用意した。


「あたしちょっとご飯~。」

ママは言うと、ソファーから立ち上がってテーブルに移動する。

わたしのご飯も、ちょうどできた。

ママと一緒に食べられるかな。

食器棚からしゃもじを持ってきて、炊飯器を開ける。

ふわぁ~て白い湯気が広がった。

良い匂い。

ご飯をお茶碗に入れようとしたら、ママに押し倒され取られた。

ママはご飯をお茶碗に入れる。

「カップ麺じゃ足りないから丁度良かったよ。」

と言って、テーブルに持っていきカップ麺の横に置いた。


「わたしの・・・」

「あぁっ!?」

ママは椅子から立ち上がると、わたしの髪の毛を掴んで上に引っ張る。

吊り上がった眼をわたしに近付けた。

「米は誰が買っている?炊飯器は誰が用意した?米を炊く電気代は誰が払っている?」

「マ、マ・・・」

「だよなぁ。そのあたしが食べる事に何の問題があるんだ?」

「・・・」

「残してやってんだから文句垂れんじゃねぇよ。」

「はい・・・」

わたしが返事をしたところで、掴まれていた髪の毛が投げ捨てる様に離された。


わたしはお釜に残ったご飯を、新しく持ってきたお茶碗に入れる。

ぜんぜんいっぱいにならない。

掌に乗るくらいだけ。


小さく、少なく、ひとくち食べる。

あたたかい。

あまい。

お米の味。

おいしい。


台所にあるお塩をちょっとかける。

おいしい。


あふれる涙が、お茶碗の中に落ちていく。

ご飯が、しょっぱい。

そんなに、お塩、かけてないのに。


すぐに無くなった。

お釜の中を見てももう無い。

ママは、テレビを見ながらまだ食べている。

お腹空いた。




「いつまでそこに座ってんだ。食ったなら片付けて洗いな。」

ぼーっとしていたら、ママに足で蹴倒される。

「はい。」

「ついでにあたしのもな。」

言ってママはゲームの続きをしにソファーに戻った。


お釜にママとわたしのお茶碗と箸を入れて、台所に運ぶ。

お水で洗うしかない。

お茶碗についた、カップ麺の油がぬるぬるして落ちない。

落ちないよ・・・






学校帰り、友達に誘われて公園で遊んで帰った。

真っ暗な家に帰ってもママはまだ仕事から戻ってない。

食べる物もない。


明日は土曜日だからイヤだな。

給食がないもん。

日曜日は家にいたくない。

けど、遊びに行こうとすると怒られる。


今日もママは遅い。

もう、夜も十時を過ぎている。

起きていると怒られる。

でも、寝ていても怒られる。

遅くまで仕事して帰ってきてるのに、何でお前は寝てるんだって。

お腹空いた。

眠い。

でも、我慢。


「ただいま~。」

十時半くらいにママが帰って来た。

お酒飲んでる。

すぐにわかった。

ママは適当に服を脱ぐと、冷蔵庫からビールを出してテーブルに置く。

「美菜、ご飯まだだよね。」

「うん。」

珍しく、ママが聞いてきた。

「これあげる。食べたら寝な。あたしはゲームするからさ。」

ママが笑顔でおにぎりを渡してきた。

コンビニの、めんたいこおにぎり。

おいしいから好き。


ママの笑顔、久しぶり。

ゲームの時はいつもだけど。

わたしに向けられるのはいつも冷たい眼だから。

嬉しい。

「ママ、ありがとう。」

「うん。」

酔っていて機嫌が良いのかな。

それでも、嬉しい。

ソファーに移動するママを見た後、わたしはおにぎりを食べた。

おいしい。

何故か、涙が出て来る。




「起きろ!!」

「!?」

お腹にすごい痛みを感じて目が覚めた。

見上げると、ママがすごく恐い顔をしてた。

「お前っ!昨日の夜あたしが買ってきたおにぎりを食っただろ!!」

「え?・・・ママが、食べていいっっ!!・・・」

お腹が・・・

「言うわけないだろうが!あたしが朝食べようと思って買ったんだよ!!」

「んっ!!」

痛い!

痛い!

痛い!

痛い!

痛いっ!

死んじゃうよっ・・・


ママは何度もわたしのお腹を蹴った。

顔とか、見えるところは気付かれるから、面倒だから殴らないって前に言ってた。

でも、お腹も痛いよ。

変な色になっちゃうし。

痛いよ。


「今すぐ買ってこい。」

「でも、が、こう・・・」

「あたしと学校のどっちが大事なんだ!」

「っ!!」

痛い。

痛い。

痛い。

痛い。

いつもより痛い。

ずっと痛い。


「ここに書いてあるものを買ってこい。」

ママが紙とお金を渡してくる。

いかないと、もっと痛くなるから、行かなきゃ。

でも、なんかふらふらする。

家の中が、ぼんやりしてる。

わたし、まだ眠いのかな?

でも、お腹はすごく痛い。


「美菜、顔色がだいぶ悪いけどなんか病気じゃないだろうね?」

ゆっくりと歩くわたしを、ママが睨んで見下ろす。

恐い。

でも、なんでだろう。

痛いからかな。

うまく、歩けない。

「はぁ・・・はぁ・・・」

「早く行け!」

「は、い・・・」

紙とお金を握って、玄関に向かう。

けど、身体が動いてくれない。

「あ・・・」

わたしは立ってられなく、倒れた。

「誰が寝ろって言ったんだよ!」

家の中の景色が回った。


わたしが最期に聞いたママの言葉は、それだった。






「美菜?美菜!」

台所の前に横たわるわたし。

なんで、わたしはわたしを見ているの?

ママが私の身体をゆさぶっている。

「息してない・・・」


ママはしばらく、立ったままわたしを見下ろしていた。

「面倒かけやがって!」

言うとママはわたしの身体をまた蹴った。


その後すぐに、わたしの身体をひきずって庭に出る。

物置からスコップを取り出すと、庭を掘り始めた。

掘った穴にわたしを投げ入れると、土をかける。


終わると家に入り、台所で手を洗う。

その時、ママのスマホが鳴った。

一瞬びっくりしたママが、スマホを首を傾げて見たあと耳にあてる。

「もしもし・・・あぁ、美菜がいつもお世話になってます。」

わたし?

「はい、連絡が遅れすみません。ちょっと熱を出してしまって。」

「えぇ、今日は学校休みます・・・はい・・・失礼します。」

あ、たぶん先生からだ。


そっか、わたし、もう学校に行けないんだ・・・





「肝臓損傷による出血性ショック。ではないかと。」

突然、そんな事を言われた。

声のした方を見ると、わたしより少し大きな男の子がいた。

「かんぞう?しゅっけつせい?」

「そうですね、よくわかりませんよね。それより・・・」

男の子は、私に顔を近付ると耳のところで、小さな声で話し始めた。








「買って来たよママ。」

ソファーでゲームをしていたママに声をかける。

びっくりしてソファーから跳び上がって、棚にぶつかりながら尻もちをついた。

「美菜?」

「そうだよ。ちゃんと買って来たよ。」

わたしはビニール袋と、買うものが書いた紙、おつりをテーブルに置く。

「あんた誰よ!?」

ママは驚いた顔のまま叫んだ。

そんなに大きな声じゃなくても聞こえるのに。

「やだなママ、美菜の顔を忘れたの?」

「ふざけんな!だって美菜は・・・美菜は・・・」

言って庭の方に目を向ける。

「あたしが殺したからって?」

と言ったら、凄い勢いで振り向いて睨んだ。

「それより、言われたご飯買って来たんだよ。お湯を沸かす?」

「え?えぇ・・・」

「わかった。ちょっと待っててね。」


わたしは袋からカップ麺を取り出すと、台所に向かう。

「どういう・・・こと?」

後ろからママの力無い声が聞こえた。

きっと戸惑っているんだね。

ちゃんとママの世話をしないと。

ここまでわたしを育ててくれたお礼にね。


夜間に水を入れて、蓋をせずに全力で背後に振る。

「あがっ!!」

ガタン!

やかんはママの顎に当たった。

持っていた椅子が落ちて凄い音を立てる。

「また殴ろうとしたでしょ。そんなに焦らなくてもちゃんと準備するから待っててよ。」

涙目で顎を押えながら、ママはまた窓の外に目を向けた。

「また殺す気?心配しなくても、ちゃ~と美菜の身体は土の中だよ。」

「え?・・・」

さっきまで睨んでいたママの眼は、怖いものでも見る様な眼になってわたしに向いていた。


「わたし、いい子じゃなかったんだよね。だから、ママはわたしを殺したんだよね。」

コンロにやかんを置いて火を付けながら言う。

いい子だったら、きっと殺してないよね。

「そ、そうよ。」

「だからね、わたしこれからは頑張ってママのお世話をするね。」

「・・・」


「ほら、椅子に座って待ってて。」

わたしは引き出しからフライパンを出しながら言う。

「そんな事よりあんた!母親を殴ったねぐっ!」

フライパンでママのほっぺを殴った。

「悪い子は、殴っていいんだよね?ママがそうしてたもんね。」

「・・・」

ママは鬼みたいに恐い顔で私を睨んだ。

「早く、テーブルに行って。」

わたしが言うと、ママはわたしから目を離さずにゆっくり下がって椅子に座った。

私はビールを冷蔵庫から取り出すと、テーブルに置く。


「どういう事?」

「ママ、休みの日はビールを飲みながらゲームするでしょ。買って来た枝豆も、一緒に食べるんだよね?」

ママは一瞬、袋に目を向けたがすぐにわたしに戻した。

「あ、お湯沸いた。」

わたしはコンロの火を止め、カップ麺にお湯を入れる。

「もうちょっと待っててね、ママ。」

「み・・・美菜が食べて、いいわよ。」

引きつった様な顔で、ママが笑顔をつくる。

「カップ麺もお湯もママのお金でしょ、わたしは食べれないもん・・・」


「い、いいのよ食べて。あたしが言うんだから・・・あ、そうだ。半分こしようか?」

「ほんと!?一緒に!?」

「え、えぇ。お椀と箸、持ってきてくれる?」

「うん!」

嬉しい。

ママと食べ物半分こ。

最後にしたのは、いつだろう・・・


わたしは食器棚からお椀と箸を持って、テーブルの上に置いた。

「ちょっと待っててね。」

ママがカップ麺から麺をお椀に入れるのを見ながら、向かい側に座る。

「はい。」

「ありがとうママ。」

一緒に食事したのも、いつか思い出せない。

「いただきます。」

わたしはお椀から麺を食べた。


・・・


味、しない。

このカップ麺、何度も何度も食べた。

昔はママと一緒に。

美味しくて大好きだった。

たまに買ってきてくれるのが楽しみだった。

あんなに美味しかったのに、味がしない。

なんでだろう。

「美味しい?」

「うん!」

わたしは笑顔で返事をする。

そうじゃないと、ママに怒られるから。

「良かった。」

言って、ママは笑顔になってビールを手に持った。


「だったらその思い出を持ってもっかい死ね!!」

ママが手に持ったビールをわたしに投げつけた。

フライパンで防ぐ。

ビールは床に落ちてぶしゅーと音を立てて噴き出した。

目の前では上の前歯が欠けたママが、顎を真っ赤にしている。

「ママ、床を汚しちゃダメじゃない。」

わたしは投げたフライパンを拾ってママに笑顔を向ける。

「お掃除、だよね?」

「は、はい・・・」

わたしがフライパンを振り被ると、ママは口から血を流しながらコクコクと頷いた。


ママが掃除している間に、わたしは枝豆と新しいビールをソファーの前のテーブルに置く。

「何、してるの?」

床を拭き終わったママが、わたしを見て聞いてくる。

「ゲームするんでしょ?」

「い、いえ。今日はそんなにやりたくない、かも。」

コツン。

わたしはフライパンの端でテーブルを叩く。

「いつもしてるでしょ。」

コツン。

「わたしの事はほったらかして。」

コツン。

「ママはわたしより。」

コツン。

「ゲームの方が大事だもんね。」

コツン。

「どうして今日はやらないのかな?」

コツン。

「別にわたし、邪魔じゃないよね。」

コツン。

「今までもずっと、そうしてたし。」

コツン。

「どうして?」

コツン。

「ねぇ、ママ。」

コツン。


怖いものを見る様な眼でわたしを見るママに、笑顔を向ける。

わたし、怖くないよ。

「やって、いいの?」

「もちろん。わたし、お片付けとお洗濯するね。」

「え、えぇ。ありがとう、助かるわ。」

そんな言葉、一度も聞いたことない。

今日が、初めて。


お洗濯は、ママがやっているのをずっと見てたからわかる。

洗い物もした。

わたしは、落ち着くとママの後ろからゲームする姿を見る。

「ちょっと、歯が痛くて。」

ゲームの中の人と、話しをしているみたい。

「後で行こうかなって。」

でも、ママはたまに振り返って私を目にすると、すぐに顔を逸らす。

いつもいっぱいしゃべりながらゲームするのに、今日は静か。

あ、わたしが歯を折ったからかな。


「ママ、ビール飲まないの?」

「・・・」

せっかく用意したのに。

「いつも飲みながらするのに。」

「今日はちょっと。」

「ちょっと?」

「気分じゃないのよ。」

「どうして?」

「・・・」


ママは暫く無言のままでいたけど、ビールの蓋を開けていっきに飲んだ。

「これで満足?」

ママが満足かなんて知らない。

わたしは、どうかな?

「ママが楽しまないと、わたしは楽しくないよ?」

新しいビールを冷蔵庫から出して、ママの前に置いて言った。

「・・・」

ママは無言でビールの蓋を開けると口に運ぶ。

「わたし、洗濯物を干して来るね。」

「あ、ありがと。」


洗濯物を干し終わると、三本目のビールを持っていく。

私が笑顔を向けると、二本目を飲み干して三本目の蓋を開けた。

近くのごみ箱は、赤く染まったティッシュだらけになっている。

血が、止まらないのかな。


四本目に入った時には、いつもの調子でゲームをしていた。

やっと、いつものママだ。

わたしを、ほったらかしてゲームをするママ。

わたしは、いつもの光景が見たかったのかな?

楽しそうにしているママが嫌いなわけじゃない。

その楽しさの中に、わたしがいないのが寂しかったんだ。




気付くと、ママは寝ていた。

わたしは、玄関の方に行き、ガムテープを持つとママのところに戻る。

「ちゃんと、お世話するからね。」

足を持ってソファーから引き摺り下ろすと、うつ伏せにする。

両手を後ろで合わせると、ガムテープでぐるぐるする。

次に、足を揃えてぐるぐる。

手と腰も動かない様にぐるぐる。

ガムテープ、無くなった。


ママの財布がある場所は知ってる。

ママのためだもん、許してくれるよね。

私は財布を持つと、買い物に行くことにした。

本当は、ママと一緒に行きたかった。

前は、一緒におでかけしたのに。

最後に行ったのは、いつだろう?


「あ、美菜ちゃん。」

「先生?どうしたんですか?」

玄関を出てすぐに、学校の先生と会った。

「熱が出てるって聞いたから、お見舞いに来たの。」

「大丈夫。今はママが熱を出しちゃって、これからお買い物に行くの。」

「えらいわね。」

先生はそう言ったけど、顔は全然笑ってない。

まわりを気にする様に見た後、しゃがんで恐い顔をした。

「美菜ちゃん、お母さんに苛められたりしていない?」


どういう事?

「どうして、そんな事を聞くの?」

「最近は特に、疲れた顔してたり、身体も細くなっているから心配だったの。」

わたしはいつも通りのつもりだったけど。

「ママはそんな事しないよ。わたしも元気だし。」

「本当に?」

「うん。」

笑顔で返事をすると、先生は少し安心した様な顔をした。

「そう。変な事を聞いてごめんね。」

「ううん。」

「月曜日は学校に来れる?」

「うん。」

「そう。それじゃまた学校でね。」

「はーい。」

ママ、疑われてるんだ。

でも大丈夫。

わたしが守ってあげるからね。





買い物をして帰ると、ママはまだ眠ったままだった。

晩御飯の準備しないと。

わたしは、まだ料理が出来ないから温めたりするだけになっちゃうけど。


「な!何これ!?」

あ、起きた。

「どうしたのママ。」

「美菜!これどういう事よ!?」

「心配しなくても大丈夫だよ、わたしがちゃんとお世話するね。」

「そんな事を聞いてんじゃないわよ!」

ママは身体を動かしながら、床に向かって大きな声を出した。

芋虫みたいにもぞもぞと、少しずつこっちに向かってくる。

「ご飯買って来たの。どれを食べる?」

お弁当、おにぎり、サンドイッチ、カップ麺を持てるだけ買って来た。

冷蔵庫に入れれば、今日じゃなくても食べられるよね。

「あたしの金を勝手に使ったのか!?」

「うん。でもママの分しか買ってないよ?」

「そういう問題じゃない!人の金を勝手に使うのは泥棒だからな!」

そっか。

ダメなんだね。

でも、そうするしかないもん。


「でも、ママがお腹空いちゃうでしょ。」

「お前なんか必要ない!いいからこのテープを外せ!」

くねくね動きながらうるさいママ。

わたしが必要ない?

そんな事ない。

「心配しなくてもいいよママ。ちゃ~んとわたしが食べさせてあげるからね。」

「っ!!」

わたしは笑顔で言っただけなのに、何故かママはわたしの顔をみて恐怖した様な顔になった。

「お口を怪我しているから、カップ麺が食べやすいかな。」

「外せ!!」

「お腹が空いているから怒るんだよね。ちょっと待ってて。」

「人の話しを聞けくそ餓鬼!」


わたしはお湯を沸かし、カップ麺を作る。

その間もママはずっと騒いでいた。

「出来たよ。わたしが食べさせてあげるね。」

「自分で食うから外せ!」

「やだ。ママはすぐに叩くから。」

と言って笑うと、静かにお願いするような顔になる。

「叩かないから。せめて、椅子に座らせて。」

「はい、あ~んして。」

わたしには重くて動かせない。

だから、麺を箸で掴んでママの口に運ぶ。

「熱い!馬鹿か!汁が顔にかかるだろうが!」

言いながらママが凄い暴れる。


「そうか!」

わたしは台所にいくと、ラーメンを食べるときにつかうスプーンを持ってくる。

スプーンに麺を乗せ、ママの口に運んだ。

「これなら大丈夫。」

口に近付けたけど開いてくれない。

「食べないと、元気にならないよ?」

「黙れくそ餓鬼、さっさと外せぇっ!!」

ママは叫びながら、わたしの手に噛みつこうとした。

「悪い子だね、ママ。」

「あぐっ・・・」

わたしはフライパンでママのお尻を叩く。

「悪い事すると、ママはいつもお尻を叩いた。」


「ぐっ・・・」


「うぅっ!」


・・・


「もう・・・もう、やめて、お願い、食べるから。」

何度も何度も叩いていたら、涙目になって言う。

「ほんと!?良かった。」

わたしはまたスプーンに麺を乗せてママの口に運ぶ。

食べてくれた。

良かった。

「次はスープね。」

ママの顔の近くにカップを近付け、スプーンですくって口に運ぶ。

「あ!」

「ぎゃぁぁぁっ・・・」

スプーンが縁に当たって、中身がママの顔に落ちた。

「ふざけんなくそ餓鬼!!ぶっ殺してやる!今すぐテープを外せっ・・・」

騒ぐママの顔を足で踏んだら黙った。

「ママさ、わたしが床にご飯を落とした時こうしたよね。舐めて綺麗にしろって、わたしの顔を踏んだよね?」

わたしはフライパンを持ちながら言った。

「ぇ・・・」

「もったいもんね、ちゃんと食べてね。」

「お願い・・・やめて・・・」

顔や首が赤くなったママは、涙を流しながら言った。

「わたしは、綺麗にしたよ?」

見下ろしながらフライパンを振り上げる。

「・・・」


ズズ・・・


ズズ・・・


やっと、食べてくれた。


たいへん。

ママもわたしの世話で苦労してたんだね。

買い物に行ったり、ママの世話をしていたら眠くなってきちゃった。

疲れたのかな。


わたしは椅子にすわって、テーブルに両手を乗せて、そこに頭を置いてちょっと眠る事にした。





ガタンっ

「いたっ・・・」

何がおきたの?

倒れた椅子と、近くにいたママが目に入る。

すぐにママの足が飛んで来た。

わたしは慌てて起き上がって、ママから離れる。

「ちっ・・・」


わたしが寝ている間に移動してきて、椅子を蹴飛ばし落としたんだ。

「ママ、またわたしを殺そうとしたの?」

わたしは言って、テーブルに置いたフライパンを掴む。

「ち、違うの。トイレに行きたくて。漏れそうなの。お願い。」

「そっか。ずっと行ってないもんね。」

「そうなのよ。お願い、行かせて。」

「信じない。」

「えっ?・・・」

笑顔で返したら、ママが口を開いたまま固まった。

「だって、いつもみたいに大きな声をだせばいいんだよ?椅子を蹴ってわたしを落とす必要ないもん。」

「・・・」

言ったらママがわたしから目を逸らした。


「お願い。トイレに行きたいのは本当なの。」

ママはもう一度わたしを見ると、泣きそうな顔で微笑んだ。

「本当?」

「本当よ。」

「でも、蹴るでしょ?」

「もう、そんな事はしない。ごめんね美菜。」

わたしにもっと力があったら、トイレに座らせられるんだけど。

「うん、わかった。ママを座らせられる力が無いから。」

「ありがとう、美菜。」

ママは笑顔でわたしの名前を呼んでくれる。

ずっとこうだったら良かったのにな。


わたしはママの足にぐるぐるしたテープをはがした。

「っ・・・」

「このくそ餓鬼!ふざけた真似しやがって!!」

足が動くようになったら、蹴り倒された。

「トイレに行く前にまずお前を動けなくしてやる、二度とこんな真似が出来ないようにな!」

言ってママは右足で蹴ってくる。

うん、知ってた。

私はフライパンを、ママの脛目掛けて振った。

「っっがぁぁぁっ!!」

足を押えて転がるママの、右足の足首に両手でフライパンを振り下ろす。

「っっ!!!・・・」

目も口も大きく開いた。

もう一回。

「や、やめてっ!」

「信じないって言ったよね。」

わたしは笑顔で言うと、フライパンを振り下ろした。


だけど、ママが動いた所為で床に傷がついただけになった。

でも、それだけ。

わたしは笑顔で近付く。

「や、やめ・・・」

「トイレ、行かないの?」

「え・・・あぁ、そうね。」

ママは左足で立つと、壁に身体をつけながらゆっくりトイレに向かう。


「あ、開けて。」

トイレの前で止まると、ママは怖いものを見る様な眼をわたしに向けて言った。

「うん。」

「あ、あと、ズボンとパンツ、お、下ろして、欲しい。」

扉を開けると、続けて言って背中を向ける。

「いいよ。」

歩きにくそうにトイレに座るとわたしはその前で待つ。

わたしの方は見ないで、ママはおしっこをした。

終わると、わたしを見て微笑む。

「ふかないよ。」

「せ、せめて洗うだけでも。ボタンを、押して、くれないかな?」

「いいよ。ママのお世話はわたしの仕事だから。」


「ふっ!」

ボタンを押してすぐにフライパンを頭の前に移動させる。

ママの頭突きがフライパンに当たる。

すぐに持っていた取手を下に下ろして、ママが上げて来た膝に突き立てた。

「っ!・・・ふぅ・・・ふぅ・・・」

ママは歯をくいしばって、息を荒げ、わたしを睨んでいた。

「言ったでしょ、信じないって。」

「はぁ・・・はぁ・・・」

「何年も、ママに痛いことされ続けたんだよ?」


ママは何も言わず、ゆっくりと立ち上がると背中を向けた。

「上げて・・・」

わたしはパンツとズボンを上げる。


リビングに戻ると、横たわったママの足をまたテープでぐるぐるした。

トイレに行ってからは、何も言わないし、大人しくなった。





「夜はお弁当ね。」

冷蔵庫から、お弁当を取り出してレンジに入れる。

「美菜は、食べないの?」

「わたしはへーき。」

「・・・」

箸はうまく使えないから、スプーンにご飯とおかずを乗っけてママの口に運ぶ。

大人しく食べてくれた。


ママの膝や足首は青くなっている。

顔や首は真っ赤だ。

「わたしと同じだね、これ。」

と言って、膝の青くなった部分を押す。

「いっ・・・」

顔をしかめたママは、それ以上何も言わなかった。


私は庭に出ると、納屋を開けてロープを取り出す。

それを持って部屋に戻った。

また動くといけないから。

ママの首と柱をロープでつないだ。

その時も、ママは何も言わなかったし、動かなかった。

これで、寝ている時に蹴られない。

あとは、大きい声のママの口をふさぐ。

寝ている間に騒がれないように。

タオルを口から頭に回してしばった。






日曜日、わたしは起きるとママの左足首に椅子の足をぐるぐるした。

ばってんになるように。

「むむ・・・」

「あ、ご飯の時間だよね。」

ママが起きたので、口からタオルを外す。

「美菜、何してるの?」

ママが不安そうに聞いてくる。

「ママがわたしを置いて逃げないようにするの。」

「逃げないわよ・・・もう・・・」

ママはそれだけ言うと、動きもせずに目を閉じた。

「朝は、サンドイッチね。お昼は何か買ってくるから。」

「美菜も何か食べなさい。」

「いい、叩かれたくないから。」

わたしは冷蔵庫に向かいながら言う。

「く・・・」

ママの言う事は、信じない。


冷蔵庫から戻ると、ママは泣いていた。

「どうしたのママ?」

聞いても、ママは答えてくれなかった。

でも、サンドイッチは泣きながら食べてくれた。

またいろいろと買ってこないと。

「ママ、わたし買い物に行ってくるね。」

言いながら、横倒しにした椅子の上に乗る。

椅子の足の一本は、ママの足首の下にぐるぐるしてある。

「なに・・・してるの?」

そんなわたしを、ママは不安な顔で見てくる。

「さっき言ったでしょ、逃げないようにするって。」

「え?い・・・」

わたしは笑顔で答えると、ジャンプした。

「や、あがぁぁぁぁぁぁっっっ!!!」


ママの足に着地すると、変な音がして足首が内側に曲がった。

口、ふさぐの忘れてた。

「ひ・・・いぃ・・・」

目を見開いて、食いしばってうめく。

「次は右足ね。」

「いゃ・・・めて・・・おねが・・・」

わたしが右足を掴むと、ママは頭を凄い振って、涙を飛ばした。

一緒に、おもらしもした。

「ママ、大人になってもおもらしするんだね。」

「や・・・」

「あ、ご飯の他にオムツも必要ね。」

「・・・」

ママは歯を鳴らしながら、泣いているだけだった。


テープは外していたけれど、念のためまた足首をぐるぐるする。

ママのうめきだけが聞こえてくる。

それからわたしはママの財布を持って、買い物に出かけた。





買い物から帰ると、ママはまったく動いてなかった。

わたしに恐怖の目を向けてくるだけ。

ズボンとパンツはハサミで切って、床を拭く。

濡れたママの足やお尻も拭いて、オムツを付けた。

「これでおもらししても安心だね。」


「美菜、もう、やめて・・・」

「どうして?」

静かに、震えながらママは言う。

「もう、美菜に酷い事も、痛い事もしない。許して・・・」

「でも、ママは何年もわたしの世話をしてくれた。わたしもお世話するの。まだまだ足りないよ。」

「お世話って何!?これの何処が世話なのよ!?」

笑顔をつくるわたしに、ママが泣きながら大きな声を出す。


何を言っているの?

ママは自分でやった事、覚えてないの?

ガンッ。

私はママを睨んでフライパンで柱を叩く。

「ひっ・・・」

「わたしに使いたくもないお金を使った。」

ガンッ。


「幼稚園や小学校にも仕方なく行かせた。」

ガンッ。


「カビの生えたパンを食わせた。」

ガンッ。


「買ったの忘れて変な臭いになった肉じゃがを無理矢理口に入れた。」

ガンッ。


「それでお腹を壊したら、お腹を蹴った。」

ガンッ。


「食べ物を落とすと床を舐めさせられた。」

ガンッ。


「友達と遊ぶとお尻を叩かれた。」

ガンッ。


「給食費払って食わせてんだから十分だろって家じゃほとんど食べさせてもらえなかった。」

ガンッ。


「すぐにふとん叩きで毎日のように背中やおしりを叩く。」

ガンッ。


「仕事から帰ってくるなり蹴ったり殴ったりする。」

ガンッ。


「わたしが良い子でいれば、ママは優しくしてくれる?」

コツン。


「でも、違った・・・」

「・・・」

泣いているママを見て、気付いたよ。

「あ、お風呂も入らないとだね。」

あれじゃ、ママがお風呂に入れない。

「え?」

「わたしがキレイにしてあげるね。」

台所に向かってやかんに水を入れコンロに置く。

火を付けてからママのところに戻った。

「水だと冷たいからね。」

「いい、このままでいいから・・・」

「遠慮しないで。」


少し待っているとお湯が沸いた。

わたしはやかんを持ってママの近くに置き、タオルも取りに行く。

「ちょっと、まって・・・」

やかんを持ったわたしに、またママが怯えた。

「なにママ?」

「水・・・水で、いいから・・・」

「ママ、覚えてる?ママが初めてオムライスを作ってくれた時のこと。」

「え・・・?」

「覚えてないんだね。」

「・・・」

ママはわたしから顔を背けた。


「わたしがケチャップを服にこぼしたら、やかんのお湯をかけたの。洗ってやるって。」

「・・・うぅ。」

また、ママが泣いた。

どうして泣くのかな。

「だから、わたしも同じようにキレイにしてあげるね。」

「いや、やめっああああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁっ!!」

お湯をかけたら凄い声を出しながら身体を跳ねさせている。

わたしはママの頭をフライパンで殴った。

「泣いたり、泣き声を出すといつも殴られた。」

「ひっ・・・」

もう一度振り上げると、目をきつく閉じて顔を背けた。

「おととい、わたしにしたから覚えてるよね、ママ。」

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい・・・」


ママの服をハサミで切って、赤くなった身体を拭いてあげた。

裸だと寒いし、毛布を掛ける。


終わってから外を見ると、暗くなっていた。

わたしは冷蔵庫からビールを出すと、ママのところに行く。

「毎日飲んでいるから、飲むでしょ?」

「今日は、飲まない。」

顔を左右に振りながらママは言う。

「わたしね、叩かれたりご飯もらえなかったりしたけど、ママにとっては悪い子だったからだよね。」

「・・・」

「だからママは、わたしをほったらかして、毎日ビールを飲んでゲームをしてたんだよね。」

「・・・」

「今ゲームはさせてあげられないけど、ビールは飲ませられるよ。飲むでしょ?」

わたしはビールの蓋をあける。

変な臭いだと思っていたけど、今は臭いがわからない。

「口、開けて。」

ママは目を瞑ったまま口を開けた。

わたしは缶を傾けてママの口を目掛けて流す。


「ぶっ・・・ごほっ・・・」

ママが咽てビールを吐き散らかす。

顔の周りがびちゃびちゃ。

「もう一本?」

「もう、許して、お願い・・・」

「じゃ、ご飯だね。」

「ごめんなさい、食べられそうに、ないの・・・」

また泣きながらママが言う。

「うん、わかった。」

「あたしの分は、美菜が食べて。」

「食べた翌朝、わたしにしたこと忘れたの?もう信じないから。」

「う、うぅ・・・」

泣き続けるママの口をタオルで縛る。

わたし、疲れたから今日は寝る。





翌朝、ママのスマホが鳴っていることで目が覚めた。

「あ、先生。」

スマホに先生の名前が出てた。

「はい、もしもし。」

「おはようございます。佐藤さんで・・・って、美菜ちゃん?」

「うん。先生、おはようございます。」

「はい、おはようございます。お母さんは?」

「ちょっと今、電話に出れないの。」

「そう。美菜ちゃん、今日も学校に来てないからまだお熱あるのかなって、心配して連絡したの。」

学校。

そうだった、今日は月曜なんだね。

でも、もう行けないから。

「うん、行けない。ずっと・・・」

「え?どうしたの美菜ちゃん。」

「だってわたし、お母さんに殺されて庭に埋められたから。」

「ど・・・」

わたしはそこで電話を切った。


「ママ、ご飯の時間だよ。」

冷蔵庫から、昨日買ったお弁当とサンドイッチ、余っていたおにぎりを出す。

ママの顔からタオルを外す。

「お願い美菜、もう許して・・・」

「まだ三日目だよ。ママは何年、わたしにしたの?」

「うぅ、ごめんなさい・・・ごめんなさい・・・」

「それより、ご飯ね。」

カップ麺も用意して、お湯もわかす。

お弁当はレンジへ入れて温める。

「美菜も、食べるの?」

「食べない。」

「え・・・」


またスマホが鳴った。

知らない名前。

「佐藤さん、出勤してなくて連絡が無かったから電話しました。」

「だれ?」

「え、あれ間違った?佐藤さんじゃない?」

「佐藤だよ。もしかして、ママの会社の人?」

「あ、あぁ。娘さん?」

「うん。」

「ママと代われる?」

「ママね、具合が悪くて電話できないの。」

「え!?電話にも出れないって、そんなに悪いの?」

「うん。悪い。」

「じゃぁちょ・・・」

面倒だから切った。

わたし、ママの仕事のこと知らないし。


また電話が鳴った。

電源を切った。


「夕べ食べなかったからね、いっぱい食べようね、ママ。」

わたしはカップ麺にお湯を入れる。

「そんなに食べれない・・・」

「食べて。」

サンドイッチを口に押し込む。

ハムサンド。

たまごサンド。

ツナサンド。

わたし、こんな贅沢したことないな。


カップ麺できたよ。

「もう、お腹いっぱいなの・・・」

ママは苦しそうに言った。

「わたしも、お腹いっぱいになってみたかった。」

笑顔で言うと、麺を口に運ぶ。

「うっ・・・」

スープも飲ませる。

「も、もう、無理・・・」

「次はお弁当だね。はいからあげ。」

ママが口を閉じて頭を振った。


「言う事をきかない子は、どうなったかな。」

言いながらわたしは、フライパンを持つ。

ママが泣きながら口を開けた。

からあげを入れる。

「う、おぇっっ!」

「はいちゃダメ!」

ママの口をおさえる。

「出したら、それをまた食べるんだよ?」

青ざめた顔をしたママの目は、何かに怯えているようだった。

身体が小刻みに震えていた。


わたしは、ご飯とからあげを交互に口に詰め込んだ。

「ん、んん!!」

ママが顔を真っ赤にして暴れる。

目も真っ赤。

なんか苦しそう。

「どうしたのママ?」

「ん!!!!ん!!!!」

それしか言わない。


少しして、ママが動かなくなった。

「ママ、どうしたの?」

目を見開いたまま、ぜんぜん動かない。

オムツの横から水があふれて来る。

「あ、またおもらしした。せっかくのオムツもだめだったよママ。」







「あれ、ママは?」

「窒息死でしょうね。」

「ちっそくし?」

わたしはとなりに立つお兄ちゃんを見る。

「喉に食事が詰まって、息が出来なくなったんですよ。」

「ママ、死んだの?」

「はい。」

「そっか。わたしと一緒だね。」

と言って笑顔を向けるけど、お兄ちゃん何も言わなかった。


「ママはここに来ないの?」

「はい。来れる人と、来れない人が居るんです。」

「そうなんだ。」

残念。

ママに会えるかと思ったのに。

「では、行きましょうか。」

「何処に?」

「あなたが本来行くべきところです。」

行くべきところ?

死んだら行く場所かな。

「そこだったらママはいる?」

「僕にはわかりません。でも、会えたらいいですね。」

「うん!」

わたしがお兄ちゃんの手を握ると、お兄ちゃんは引っ張って歩き出した。





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