第09話 鬼灯
──日が暮れた。
街の明かりを遠くに背にして、山抜けの街道を歩く。
背の低い木々が左右に並ぶ、うっすら雑草の生えた未舗装路。
歩くは二人、松明一つ。
ほかに松明……人はなし。
手を繋いでヒビキを歩かせる。
もう関節のこわばりが抜けた様子。
リハビリがてら、少し動かしたほうがいいだろう。
「……おじちゃん」
「……ん? なんだ?」
黒いパーカーを着たヒビキは、まるで赤い顔だけが宙に浮いているよう。
どことなく、鬼灯を思い出させる。
菜緒が好きな花だったな……。
いや、あの丸っこいのは実か?
「どうして、火を持ってるの?」
「どうしてってそりゃあ……暗い夜道は危ないからよ」
「どうして……暗いと危ないの?」
「いや、暗いから危な…………あっ」
ヒビキから松明を遠ざけつつしゃがんで、その瞳を覗き込む。
青い黒目が……昼間より少し大きくなってる。
こいつぁ……もしかして──。
「ヒビキは……闇の中でも、目が見えるのか?」
「おじちゃんは……見えなくなるの?」
「ああ、見えねぇ。だからこうやって火を焚いて、昼間みてぇに明かるくしてる」
「そう……なんだ。ヒトって……夜は見えなくなるんだ……」
心持ち、ヒビキが喋るようになった気がする。
ニカと一緒にいたことで、人間へちょっと気を許せるようになったか。
松明で照らされたヒビキの赤い肌が、闇夜の中で白っぽく輝く。
ふと、自分がいま人ならざる者といるんだと再認識。
背中の般若が、軽く身震い。
立ち上がって背を伸ばし、その震えを抑える──。
「……もう少し歩いたら、寝床を作るか」
軽くヒビキの手を引く。
その体が力なく俺に引っ張られ、上半身が前のめり。
鬼灯の実が、地面へ落ちるかのよう。
とっさに松明を遠ざけ、手を繋いでいたほうの腕で響きを支える。
「おおっと。足……痛くなったか?」
「ううん……。おねえさんがくれた靴あるから……痛く……ない……。この靴……とっても気持ち……いい」
あっちはお姉さんで、こっちはおじさんかい!
まあ向こうのほうが、十ほど若かったからしゃあねぇか。
「痛くはないけど……ねむ……い……。ふあああぁ……」
「……眠いか、そっか。おんぶとだっこ、どっちがいい?」
「ン……おんぶ。おじちゃんの背中……きれいな絵がある……から……」
素人衆が震えあがる般若を、きれい……か。
美的感覚はさすがは鬼の子、というべきか。
「よーし、おんぶだな。よしよし」
えーっと、だとすると……。
両腕を背に回して抱えるから、松明を持つのは……口か?
いやいやできねぇよ。
まあ、片腕で背負えるだけ背負って、寝ついたらだっこに変更だな。
まずはしゃがんで……と。
「ほらよ、来な」
「ン…………」
崩れるように、ヒビキの前面が俺の背中へべったり。
ははっ、もう限界だったんだな。
寝た人間は一気に重くなるから、もうちょい耐えてほしかったが……しゃあねえ。
よおっ……と!
「……おっ。軽い」
なんか……妙に軽いな。
腹いっぱいメシ食わせたから、出会ったときより重いはずだが。
それとも父親の真似っこしてる俺に、力が籠ってるのか──。
……それは、あるな。
こっちの世界へ来てから、たった一人の侠客であることを誇りに、支えに、用心棒稼業で食ってきたけれどよ。
やっぱそれだけじゃあ、男は立たねぇ。
親分なり代紋なり、守るモンがなきゃあ……な。
とりあえず……ま、片手に松明持てそうだ。
さて、歩くか……。
「…………しかし」
やけに軽いぞ、ヒビキ。
全身脱力してて、両腕もだらんと真下に下がってるのに、背中にぴったりひっついてやがる。
安定……って言うよりむしろ、固定って感触。
オーガってのは、そういうバランス感覚が人間より優れてるのかもしれねぇな。
瞳の件しかり。
まさか……鬼の子ってことで、般若が背負うの手伝ってくれてるってこたぁ…………ないよな?